第10話
学校では、特別変わったこともなく、全体の終業式が行われた後、ホームルームの時間になりました。
「春名さんはこの後どうなるんですか?」
都会での中学の春休みともなれば、受験の話が出て、先生も口を酸っぱくして勉強しなさいなどと言うのでしょう。でも、ここではそんな雰囲気とは無縁で、先生ものんびりしています。そして、やはり最後に出た質問はこれでした。
「まだ決まってないそうだな?」
「はい、まだ決まってません」
「どうだ、ここの暮らしは慣れたかなぁ?」
彼女は頷きました。実際問題、さおりの身体はここの気候にずいぶんと慣れてしまったようでした。このまままたゴミゴミした場所に引っ越すなど、さおり自身としては考えたくもありませんでした。
「とにかく来週、病院で検査があるんです。その時の結果次第です。結果が分かったら必ずお知らせします」
ホームルームが終わり、クラスのみんなは、口々に彼女を励まして教室を出ていきました。
ぽつんと残って荷物を整理しているさおりを、自分たちの席でまなみとつぐみは複雑な気持ちで見つめていました。
「さおりちゃん、ちょっと寄り道してかえろ」
「うん。いいよ」
三人はもうすっかり人影も少なくなった校庭を抜けて、学校裏の川の土手を歩いていくことにしました。
「明日から、またしばらく寂しくなっちゃうね……。せっかく仲良くなれたのに……」
「そうですね。まなみちゃん元気出してください。私の方が辛くなるよ……」
春休みが近づくにつれて、いつもの彼女ならお休みを楽しみに元気になっていくのですけれど、今回は違いました。今日という日が来るのを一番嫌がっていました。
「さおりちゃん、私、結局釣り教えてもらえなかったなぁ……」
「そうだね。もうすぐ釣りも出来る季節になるのにね……。すぐに覚えるから、今度来たときに教えてあげるよ」
河原を歩きながら、いつもよりゆっくりとバス停に向かいました。本当はもっと話したいこともたくさんあるのに、いざその時になってみると、思いだけが募ってしまって言葉にならなくなってしまったのでした。
そんな状態なので、逆にいつものおしゃべりしながらよりも早く駅に着いてしまいました。バスは1時間に1本。本当はもう1本遅いバスに乗るつもりだったのですが、どうやら前のバスに間に合ってしまいそうです。
ただ、このまま帰るのは嫌だったのですが、幸か不幸か、その日は給食がなかったので、三人はまなみたちのお家に帰って、そこでお昼にすることにしました。
家に帰っても、二人の両親は働きに行ってしまっているので誰もいません。
「寂しくないですか?」
さおりは三人だけのリビングとキッチンを見回しました。今はおじいさんのお家にお母さんと二人で身を寄せているさおりですが、お家に帰ればお父さんも待っていて、親子三人の仲のいい家族だったのです。
「もう慣れちゃった。最初のうちはそう思った時もあったけどね。でも一人じゃなかったから……」
「逆に、誰もいないから動物さんたちとも仲良くなれたと思うよ」
そんな話をしながら、いつの間にか、時計はお昼をちょうど指していました。
三人ともお料理をするのは嫌いでないので、まなみがパスタ用のクリームスープを煮込んでいる間につぐみがオーブンでバケットを焼き、さおりがお手伝いがてらサラダを作ったりと、ちょっとした豪華なメニューが出来上がってしましました。
「私たち三人で食べるにはちょっと贅沢だね」
お互いに顔を見合わせて苦笑しますが、他に呼ぶ人もいません。
「それじゃ、さおりちゃんが無事に春休みまで過ごせたことで乾杯しましょ」
「さおりちゃん、本当によかったねぇ。最初はどうなるか心配で仕方なかったよ」
「そうですね。私自身もこんなに変わるとは思ってませんでした。なんだか逆に明日からの事を思うと、すごく嫌なんです」
さおりは、窓の外を見ながら、遠い目をしました。明日からはしばらくこの景色ともお別れしなければなりません。
「でも、お家に一度戻るのだから、また知り合いがたくさんいるところに行けるんだよね……。なんかうらやましいな…」
「でも私、きっとあちらに戻ったら、またきっと動けない体に戻っちゃう気がするんです。それだったら、戻らない方がいい気もしています……」
さおりにしてみれば、自宅に戻ることは、また環境が悪いところに戻ることになって、病院に通い続けなければならない生活が戻ってきてしまいます。せっかく森の中を自由に走り回れるようになったさおりには、もう病院のベッドの上の寝たきり生活は何を犠牲にしても嫌でした。
「お家に帰りたくないって、わたしって変ですよね……」
「またいつでも遊びにおいでよ。わたしたちはずっとここにいるつもりだから」
「そう、ですよね……。あれ? どうしたんだろう……」
うなずいたさおりは、突然ぽろぽろと涙を流し始めてしまいました。
「こんなことって…、わたし泣かないって決めたのに……」
「さおりちゃん、また一緒に遊ぼうね……」
まなみがそっと声をかけて、長い髪の毛をなでると、さおりはこらえきれなくなったように、まなみに抱きつき、声を上げて泣き出してしまいました。
「なによ、泣きたいのは私だって同じなんだから……」
まなみは自分がつられてしまうのをなんとか我慢していたのです。ところがさおりが急に泣き出してしまったので、ついに彼女の涙の栓がゆるんでしまったのでした。
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