第5話



「まなみ、お茶が入ったよ」


 いつものように、つぐみは紅茶の入ったポットを庭のテーブルに置きます。


「まなみ!?」


「はーい、今行く」


 遠くから、まなみの声が聞こえてきます。そして、傍らにあの子鹿を従えて、まなみが森の中から出てきました。


「もう。いつまで経っても子供のまんまなんだから」


「だっていいじゃない。お姉ちゃんだってこの前遊んでたんだから」


 いつもこの姉妹で交わされている、本当にいつもの会話です。


 あの後、自宅に運んだ子鹿を二人は丁寧に介抱しました。幸い怪我はなかったものの、やはり狭いところに長い間閉じこめられた恐怖で、すっかり脅えきっていたのでした。


 二人の家族も、この珍しいお客さんを大切にしていたので、数日後には子鹿の方もすっかり元気になりました。


「そろそろ、森に帰しても大丈夫だよね」


 つぐみはその晩、夕ご飯の席で話しました。


「そうね。いつまでもここにいたら、帰れなくなってしまうから。いいでしょうまなみ?」


 お母さんも時期が来たと思っていたのでしょう。反対はしませんでした。


 でも、まなみは元気がありません。この数日間、まなみは一番面倒を見続けていました。元気になって一緒に遊べるようになったのは、本当に楽しかったのです。


「まなみ、いつだって遊べるよ。それにいつもお母さんが心配そうに来てるんだもの。帰してあげなくちゃ」


 つぐみは、いつもはゆったりとした性格をしていますが、こういう時はしっかりと意見を言います。そして、まなみはこんなお姉さんのそばで育ってきているので、どちらかというと甘えっ子という部分が残っていました。


 つぐみはそんな妹の様子を見ると、少し気の毒に思っていました。でも、森で生きる動物たちにとって、このまま長くここに置いておくことはできない相談なのです。


「分かったよ。明日の朝早く連れていこう」


 この親子の寝床を知っているまなみは、ようやく答えました。




 次の日の朝、二人はいつもよりずっと早く起きました。なぜなら、まなみが言うには、この親子は朝がすごく早いので、その後はどこにいるのか分からなくなってしまうと言ったからでした。


 まだ空が白んで間もない頃、二人は懐中電灯を持って森に入りました。


「こんな時間に入って大丈夫かな…」


「お姉ちゃん怖いの? この子を連れているから大丈夫だよ」


 まなみは一緒に歩いている子鹿を見ます。


「鹿ってね、森の中ではまず他の動物は襲ってこないんだよ。この辺は熊もいないから。でも、子供だからなぁ。早く急ごう」


 まなみが急ごうとしたとき、つぐみは森の奧で何かが動くのを見つけました。


「まなみ、奧に何かいる」


「どれ?」


 彼女の顔も緊張します。こんな朝早い時間ですから、普通はまだ寝静まっていてもおかしくはないのです。


 二人が、そこで立ち止まるのをよそに、子鹿は影が動いた方に進んでいきます。


「ダメだよ、勝手に行っちゃ危ないよ」


「まなみ、違うよ…」


 つぐみが妹の袖をそっと引っ張ります。


「なんだ。迎えに来てたんだ」


 影の正体は、いつものお母さん鹿でした。


「もう、あんな所に閉じこめられちゃダメだよ」


 子鹿が帰ったのを見届けると、二人はまた道を引き返しました。


「また遊びに来てくれるといいね」


「安心だって分かってくれたら、来てくれるよ」


「あ、学校の時間大丈夫かな?」


 腕時計をしているわけではないので、時間は分かりませんが、森の中が明るくなっていることを見ると、二人の朝ご飯の時間はなさそうです。


 そして、その日から、二人の家の庭には、今まで森の奧でしか会えなかった友達がたくさんやってくるようになったのでした。



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