第3話
森の中は、上から陽の光も射し込んで、下も平らなので、初めて入ったつぐみも安心して歩ける道でした。
「どう? これなら危なくないでしょう?」
「うん、いつもこんな所で遊んでいるのね」
そんな二人の前を、鹿の親子が急ぎ足で進みます。所々で振り向いて、他が追いつくのを待っていてくれました。
「ねぇ、何がおかしいの?」
つぐみは、さっきから不思議でたまりません。
「あのお母さんには、子鹿が二頭いるの。でも一頭しかいない。それに、滅多にあんなに外まで出てこないんだから、何かあったとしか思えないの」
さすが、いつも森の中で遊んでいるまなみです。
「まなみ、この先ってどうなってるの?」
「この先は、ちょっと道が悪くなって、その先は小さい川だよ。本当にちっちゃいから、知ってる人は少ないけどね」
大分森の奥深く入ってきたらしく、辺りも薄暗くはなっていますが、細い獣道が奥へ奥へと続いています。
「お姉ちゃん、そろそろ足元が悪くなってくるから気を付けてね」
まなみの言うとおり、川が近いこともあるのでしょう。あちらこちらに、小さな流れが出来ています。昨日まで雨が降っていたこともあって、道がぬかるんでいるところもあります。
「あれ? あそこ変だよ」
突然まなみは足を早めると、少し先の、道が見えなくなっている所まで走ります。
「うーん、そうだったの?」
まなみは、お母さん鹿に頷きました。
「どうしたのまなみ?」
ようやく追いついたつぐみは、思わずうなってしまいました。
本当ならそこから先も、同じような道があったのでしょう。でも、今はそれが見当たりません。多分土砂崩れでもあったのでしょう。小さい崖になってしまっていて、これではそう簡単に向こう側には行けそうもありません。
つぐみはそこで納得してしまいましたが、妹のまなみは、まだ何かを探しています。
「まなみ、どうしたの?」
「おかしいの。絶対何かあるはずなの」
まなみの様子に、つぐみもさっき言われたことを思い出しました。そう、もう一頭の子鹿のことです。
「この位の崖なら、ふつうの動物さんたちなら何でもないはず。でも、見あたらないって事は何かあったんだと思うよ。もっとよく探して」
その時、お母さん鹿が崖の下に降りて、小さな穴のところで二人を見上げます。
「あそこだよきっと。でも、この崖、今の格好じゃ……。お姉ちゃん、ちょっと待っていて」
「え? ちょっと待ってまなみ。わたしは?」
つぐみは、走りだそうとする妹の手をつかんで聞きました。
「お姉ちゃんはここにいてあげて。何かあったら教えて。多分戻ってくるまでは大丈夫だと思うけど……」
「うん。早く戻ってあげて」
まなみはうなずくと、森の中を、今度は家に向かって走り出しました。
「もうちょっと待っていてね。すぐにまなみ戻ってくるから」
つぐみが言うと、お母さん鹿はその小さな穴のところにうずくまりました。
「そっか、そこに閉じこめられちゃったのね。穴を掘るのは出来ないだろうから…」
つぐみも本当はそこに行きたいのですが、低いとは言え崖になってしまっていて、今の自分の格好ではとても降りられそうにありません。それに、運動神経だけで言えば、つぐみよりもまなみの方が上でした。まなみが見ていないところで自分がもしケガをしてしまったら、そっちの方で迷惑をかけてしまいます。
しばらくすると、まなみが戻ってきました。庭においてあったガーデニング用の一輪車を持ち出したのでしょう。その荷台には、お父さんが使う道具箱と、シャベルと、短く折りたたんだ梯子が載っていました。
「こんなの持ってきたの? 言ってくれれば手伝ったのに。それに…」
まなみはさっきと違って、学校の体操着を着ていました。今日は金曜日です。土曜、日曜は学校がお休みなので、持って帰ってきたものに着替えてきたのです。
「これならいくら汚れても大丈夫だよ。早く助けてあげよう」
まなみは、まず縮めてあった梯子を伸ばします。
「本当はこの格好だからもう要らないんだけど、お姉ちゃんも来るでしょう?」
「うん、行く」
つぐみも妹の後に続いて、梯子を下りました。
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