第91話 乙女奪還試合、開始!
「ぼくが、行くっ!」
試合開始早々、一番槍を名乗り出たのはええと、そうクロロホルムです! 昔、麻酔に使われていたという毒ですね!
ご褒美が貰える話にわかりやすく釣られています! 柔らかな雰囲気をしていてあまり覇気は感じない方ですが、流石はウミヘビめちゃくちゃ足が早い! 脚力強い! 私たちの居る2階までひとっ飛びで跳躍してきました!
「小娘、大人しくしていろよ?」
「はい?」
わっ、わわわっ!
パラチオンに抱えられたかと思ったら、左肩に座らせられてしまいました! そしてパラチオンは左腕で私の膝を支えています。
め、目線が高い! 不安定で怖い!
でもここはウミヘビを観察出来る特等席! 私は恐怖を押してパラチオンの頭部に手を添えました。落ちないように。髪は引っ張っては駄目ですから、変に力を入れないよう気を付けます。
「さぁ、お前の槍は俺様を貫けるかな?」
「舐めないで、くれないっ!?」
わ、わぁっ! 目にも止まらぬ槍捌き!
2階に着地したクロロホルムは無駄のない動きで、槍の穂先を正確にパラチオンに向け突き刺そうとしてきます! 右手で穂先を弾かれても何度も何度も、攻撃を続けます!
「抜け駆けたぁ頂けねぇな。俺も混ぜろや!」
ひょ、ひょえええっ! クロロホルムと顔立ちが似た、えっとクロール! も後方からやって来ました!
前からは槍! 後ろからは鎖ナイフの猛攻です! 私に当たらないよう加減はしているようですが、パラチオンは片手が塞がっている中でどう対処を!?
「いいぞ! いいぞ! 俺様は、来るもの拒まずだ!」
するとパラチオンは片足でクロロホルムの槍の柄を踏み付け、クロロホルムの攻撃を一旦止めると、向かって来た鎖ナイフを素手で掴みました! うわっ! 鎖を掴んだ手が焼けて、いえ溶けて? います! い、痛そう。
でもパラチオンは構わず鎖を引っ張って、クロールが踏ん張りに入った所でいきなり手を離しました!
「はぁっ!?」
いきなり鎖を離され、自身の武器を奪われまいと踏ん張る力だけが残ったクロールは、切り替えが追い付かずバランスを崩してしまいます! 端的に言うと尻もちをつきました!
そこでパラチオンは踏みつけていた槍を掴み、元々槍を持っていたクロロホルムごと持ち上げて、クロールに投擲してしまいます! えええ!?
「嘘ぉっ!?」
「おま、ふざけ……! ぐぇっ!」
そうしてお二人は折り重なった形で、廊下に叩き付けられてしまったのでした。
◇
激戦が繰り広げられている2階の真下、1階の壁際ではニコチンが両腕を組んで壁に寄りかかっていた。
1回目の試合で疲労したのもあり、病み上がりで体力が戻っていないのもあり。挙げ句に今回の試合ルールでは、抽射器が飛び道具であるニコチンは不利だ。パラチオンごとクリスを蜂の巣にしかねず、パラチオンのみを撃てたとしても彼の近場に居るウミヘビが漁夫の利を狙ってくるのが目に見えている。
ある程度、距離を取った方が効果的なニコチンの抽射器では『奪還』は厳しい。ウミヘビ全員を穴だらけにし競争相手を消せば可能にはなるが、そこまで力を注いでまで欲しい物もない。
よって、完全にやる気を消失していた。
「ニコチン先輩は行かないんスか?」
気になったタリウムが声をかけると、ニコチンは大きな溜め息を吐いて「おー」と覇気のない声で肯定した。
「面倒臭ぇ。タバコ吸いてぇ」
「アンタもやる気出しなさいな」
サボっているニコチンの元へ来た水銀が激励をする。
「アンタ自身は褒美がいらなくとも、アセトアルデヒドの欲しい物を強請るのとかでもいいじゃない」
「あいつが欲しいのは、物より外の土産話だ。報酬にゃなり得ね……」
「例えば、旅行とかね」
直後、ニコチンの真紅の瞳が見開かれる。
タリウムも銀白色の目を瞬いて、水銀の言葉を疑った。ウミヘビは人工島アバトンからは遠征や潜入調査など、任務に赴く時以外、出れる事はない。クスシの信頼を得られなかったり、任務に向かない毒素や性格を持っているウミヘビは一生、島外の地を踏む日は来ない。
それが常識の筈だった。
「え……っ!? 出来るんスか!? 水銀さんの権限で!?」
「所長がいれば一発オーケー。そうでなくともちょっとゴネれば行けるわよ。クスシ同伴とかの条件は付くでしょうけど。……ボクの利用方法、わかったかしら?」
「……。チッ」
ニコチンはゴキゴキと腕を回して肩を鳴らし、壁から離れて広間まで歩き始める。
「ちょいと、気張るか」
そして一っ飛びで2階へ向かってしまった。
上手いことニコチンのやる気を引き出せた水銀はほくそ笑み、次いで辺りを見回す。試合に参加している1人のウミヘビの姿が、先程からずっと見当たらない。
「そう言えばカリウムどこに行ったのよ」
「流石に
「臆病ねぇ」
「けど今回の試合ルールだとカリウムも不利っスよ。あいつの毒素って、周り盛大に巻き込みますからね」
「だからって不参加は頂けないわ。タリウムを活躍させるのにカリウムって便利なんだから」
「え、俺?」
「この試合の主役はアンタよ。ア・ン・タ」
水銀は人差し指でタリウムの額をチョンとつついた後、カリウムに聞こえるようにと神殿全体に声を響かせた。
「カリウム〜! アンタには特別なご褒美を用意してあるから、タリウムの援護なさいな〜! タリウムを勝たせたらあげるわ〜!」
幾ら声を張り上げても返事も気配もしない。カリウムは試合が終わるまで身を隠す気満々である。
すると水銀は意地の悪い笑みを浮かべ、こう言った。
「
ピリッ
空気がひり付く気配を感じる。間違いなくカリウムが反応している。ネグラに居る間、ほとんど一緒に行動しているタリウムにはそれがわかった。
気配に敏感な水銀も気付いているだろう、意地の悪い笑みを深めている。
(この人、何企んでいるんだか……)
妙な策を巡らせているらしき水銀を前に、タリウムはよからぬ事に巻き込まれる予感がして、と言うか既に巻き込まれている事に、一つ溜め息を吐いたのだった。
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