第92話 《カリウム(K)》

 田舎で暮らすお父さんお母さん、お元気ですか。

 私が警察になるという夢を語った時に応援してくれたお父さん、心配してくれたお母さん。警察学校を好成績で卒業した時は、お二人ともお祝いしてくれましたね。国連支部配属が決まった時は離れ離れになる寂しさを押し殺して、私の背中を押してくれましたね。

 私は今、秘密警察の一員として任務をこなしている最中です。右を見ても左を見ても美男揃いな島で、彼らに取り合われるという、少女漫画が好きな方なら羨むような状況に……。


(……すっごく怖いっ!!)


 ウミヘビ達は一様にお綺麗なんですが、今のクロロホルムとクロールの目付きはその、獣です! 獰猛な猛禽類! 飢えた狼!

 欲に溺れた賊に命を狙われている感覚に陥り、とても夢のようなシチュエーションを楽しめません! 皆さん私に攻撃が当たらないように気を使ってはくれているのですが、間近に武器が接近するのには変わりません。安全が保障されたジェットコースターでも乗れば怖いのと同じように、怖いものは怖いのです!

 しかしパラチオンは器用ですね。私を肩に乗せたまま、私を庇いながら、2人の猛攻を狭い2階廊下の中でいなし続けているのですから。あ、もしかして逆に、足場が限られ攻撃が四方から来ない狭い場所の方が戦いやすい?

 どちらにせよやってる事は達人の格闘家なんですけども。


「おーおー。あったまってっか? パラチオン」


 おや? 先輩、ええとニコチン先輩の声がどこからか聞こえてきました。声のする方向は、真上……?

 そちらを向いたその瞬間、手が、私に向かって真っ直ぐ伸ばされました。


「きゃあっ!」


 ドカッ!

 パラチオンが上から降って来たニコチンの手から逃れる為、石の手摺りを足で壊して障害をなくすと、そのまま1階に落ちる形で移動しました。


「あれだけ面倒臭がっていたというのに、どういう風の吹き回しだ? それともそんなに褒美が欲しいのか!」

「すこーし状況が変わってな。参戦する事にした。さて、パラチオン。俺の接近戦は、レアだぞ?」


 ニコチンもパラチオンの後を追って、1階の広間まで降りてきます。

 そして白衣を脱ぎ捨て、近接戦闘術の構えを取ります。


「よぉく、味わいな!」


 その次の瞬間には、パラチオンの眼前まで迫って蹴りを入れて来ました! パラチオンは腕で防いで胴に当たるのを防ぎましたが、一瞬の気の緩みも許されない速さです!

 ニコチンは男性の中では小柄で、パラチオンとの体格差もなかなかあるのですが、それをカバーする為か遠心力を乗せた回し蹴りを多用してきます! しかも床に手を付いて新体操選手みたく全身で回転したり、頭を狙って跳躍したりと、リーチの差を埋めつつ威力も高めるという、何ともアクロバットな動きです!


「クハッ! 勝ちを取る為にドーピングをしたかニコチン!」

「でけぇハンデ付けてるお前ぇ相手に、ドーピングなんざ必要ねぇよ!」


 何より1つ1つの動きがめちゃくちゃ速い! 間近で見ているのに何が何やら!

 パラチオンは今のところ全て片腕で防ぎ切っていますが、体は後退しています。

 ニコチンの猛攻に押されて、いるのです。


「あぁ、いいな! もっと、だ。もっと! もっともっともっと! 俺様の渇きを満たせ!!」


 ニコチン先輩は1回目の試合の時、転移された場所から一歩分しか、手摺りに乗った一歩分しか動かず後は不動のまま、パラチオンを銃撃をしていました。

 なので中距離または遠距離が得意分野で近距離は苦手なのかな、なんて予想をしていたのですが、この方、接近戦もすっごく強い!


「おいニコチン! 獲物横取りすんな!」

「争奪戦に横取りも何もねぇよ。吠えている暇あるなら、出し抜いてみせろ」

「ハッ! 上等だっ!!」


 ニコチン先輩に続きクロールも1階の広間に降りてきて、鎖ナイフ片手に戦闘へ参戦します!

 あれ? でもクロロホルムは降りて来ないんですね。彼はこちらの様子を伺ってはいますが、2階に居るままです。


「ご褒美は欲しいけど、ぼくがあの乱闘に入ったらお姉さんに怪我させちゃうよねぇ……」


 あ、凄くお優しいこと呟いていらっしゃる。あの方いい人だ。


「スタミナ馬鹿も流石に息が上がってきたか? 燃費の悪い動きしてっからだ!」

「この程度、息切れに入らない!」


 クロロホルムの鎖ナイフに捕まらないように、ニコチンの攻撃が当たらないように、と立ち回っていくと、パラチオンは段々と壁際に追い込まれていきます。

 今はまだ壁まで距離がありますが、このままでは私が捕えられるのも時間の問題でしょうか? その時は壁や石柱を壊したりと撹乱したりするのでしょうか?


「あーもう! イヤじゃん! 無理じゃん! ヤケじゃん!」


 その時、私の思考をかき乱すように、上から大声が響きました!

 タリウムさん……じゃないっ。カリウムの声です! そっくりな声なので間違えてしまいました。カリウムは天井にある天窓(古代神殿がモチーフなので、ガラスは張られていません)から顔を出し、2階までぴょいっと降りてきました。今までずっと屋根の上に隠れていらっしゃったようです。


「水銀さまっ! 本当の本当に教えてくれるんですよね!?」

「ボクはこんな事でホラ吹くような小物じゃないわよ」

「……っ! 絶対ですからね〜っ!?」


 水銀さんに何かを確認した彼は、白衣の下のウエストポーチに手を突っ込むと沢山の、ダーツの矢? ですかね。それを取り出します!

 矢の先は丸っこくて、的に当たっても刺さらなそう。そんな矢をカリウムは天井に壁に床に石柱にと、あらゆる場所に投げました!

 玩具みたいな見た目なのに、ちゃんと刺さるようです。けど人には当てないのですね。


「あ、おい待てカリウム!」

「え、本気っ!?」

「おーおー。やる気かあいつ」

「クハッ。これはまたぁ、番狂せだな」


 しかしそれを見たウミヘビ達が一応に騒めき始めました(パラチオンはにやついていますが)! えっ、直接攻撃されていないのにどうしてです!?

 するとカリウムはダーツの矢がなくなった右手を前に出すと、パチンッと軽快な音の指パッチンを鳴らします。


「爆っ! 散っ!!」


 その直後、色んな所に投げられたダーツの矢の全てが、爆発しました。

 そして激しく立ち込める白い煙と共に、神殿の崩落が始まったのです――!




 ▼△▼

補足

カリウム(K)

別名、ポタシウム

カリウムという名の由来は「植物の灰」を意味するアラビア語から。

人体必須元素のうちの一つで、不足すると脱力したり食欲がなくなったり、筋力が低下したり麻痺したりと様々な症状を引き起こす。

逆に過剰摂取すると不整脈を誘発し、単体に触れれば火傷を起こす、日本だと劇物に指定されている立派な毒。


カリウムの単体は金属として存在するが、水に非常に反応しやすく、空気にさらせば燃えるわ白煙をあげるわ水素爆発するわで、とてもそのまま保存は出来ないので、通常は石油または石油に類する液体の中にしまい込まれている。

この性質を利用して乾燥剤として扱われる事も。


外見について

瞳の色はカリウムの単体金属の色である銀白色。淡紫の髪色は炎色反応から。

あと水に浮くほど金属の中では比重がとても「軽い」のも特徴なんで、口調や性格にチャラさというか、軽薄さを入れた。

彼の体重も実は軽めで、滞空時間が長い裏設定がある。

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