第90話 乙女の試合参入!

「い、い、生贄っ!?」


 物騒なお願いをされてしまい、私はつい震え上がってしまいます!


「水銀さん、一体何を言い出すんだ」

『この調子だとパラチオンは五日五晩暴れ狂うでしょうから、壁にぶち当たらせて頭を冷やさせようと思ったのよ。具体的に言うとお嬢さんをパラチオンの護衛対象にするわ』

『護衛? 俺様が?』


 水銀さんの言葉に、パラチオンが不思議そうに首を傾げます。


『人間を守るのがどういう事か。理解出来ない限りは遠征なんて夢のまた夢と考えなさいな』

『守る? 軟弱な人間を? 何の為に?』

『アンタねぇ、遠征先では人間の為に働かされるからに決まっているでしょう。菌床があるからって現場を更地にすればいい訳じゃないのよ?』


 確かに水銀さんの言う通り、パラチオンを災害現場に投入したらハリケーンの通過跡のような光景が残りそうです。それでは爆弾を投下した時と、被害の大きさが変わりありません。


『ま、自信がないなら辞退して自室に戻りなさいな。ボクはどちらでもいいわ』

『……クハハッ! 面白い。小娘1人、壊さなければいいんだな?』

『怖がらすのもNG。いいわね?』

『注文の多い……。が、わかった』


 パラチオンは水銀さんに煽られると、あっさり言う事を聞きます。もしかして、根っこが単純?

 しかしこれで話は纏まらず、フリーデンさんが慌てて止めに入ります。


「待て待て水銀! ちょっと待て! 警察とはいえ部外者を巻き込めないって! 生贄作戦なら偽物デコイか、俺達が代わりに入るから!」

『それだと緊張感が足りないでしょう? クスシはアイギスがいる以上、本人の意思無視して出てきたりするのだし』

「そうだとしても危ないだろ色々と!」

『あらぁ? このままパラチオンが【檻】から飛び出してもいいのかしら? あいつの事だからネグラ内どころか、鉄柵壊して外で暴れかねないわよ』

「そ、れは俺がどうにか止めるから……っ!」

「あのっ!」


 私は再び挙手をして、フリーデンさんに自分の意見を申し立てます!


「私、行きます! 仮想空間の中に、入らせてください!」

「えぇ〜っ!?」

「クリスさん、考え直した方がいい。今見て貰った通り、ウミヘビの試合は血吹雪や四肢が飛ぶ過激な物だ。間近で見れば精神に負担がかかる」

「私は警察です! 人のご遺体も、……感染者のご遺体も、見慣れています! 機密区間であるネグラに入れさせて貰ったお礼も込めて、私にお手伝い出来る事はさせてください!」


 私はフリーデンさんとモーズさんに思ってもいない事を、力強く言いました。これはお礼などではありません……いえちょっと感謝はしてますが、ともかく!

 ウミヘビの戦闘を間近で観察出来る絶好の機会! 逃したくありません!


『お嬢さんが乗り気なんだからいいじゃない。空いている卵型機器カプセルに入ってこっち来なさいな』

「は、はいっ!」

「おいおいマジかよ〜。後でユストゥスさんの雷落ちるだろこれぇ」

「だ、大丈夫なのか?」

『なるべく早く終わらせるから、それで勘弁して頂戴』


 水銀さんには何かしら勝算があるようです。詳しく聞きたいですがパラチオンに聞かせる訳にはいかないので、私はフリーデンさんに操作を教わりつつ卵型機器カプセルの椅子に座り、仮想空間へ意識を飛ばします!

 いざ! ウミヘビ達の元へ!


 ***


「よぅ、小娘」


 ひぇ。

 仮想空間に着いて早々、パラチオンの側に転移した私は彼に見下ろされ震え上がってしまいました。背丈は水銀さんとあまり変わらないのですが、威圧感が別物です。四白眼に凝視されるってこんなに怖いんですね?

 あと画面越しだとわかりませんでしたが、身体が全体的に大きい。肩幅は広いし筋肉質。体積が私とまるで違う……。


「それで? 俺様はこの小娘を抱えていればいいのか?」

「アンタは彼女を水晶玉のように丁寧に扱いなさいな。移動が楽だからって髪や足を掴んで投げるなんて御法度よ。アンタの力じゃ怪我じゃ済まないでしょうし」

「水晶玉か。実際、俺様からしたら人間は割れ物と同じか」


 頑丈なウミヘビの身体に素手で穴を空けられるパラチオンの力。銃や鋭利なナイフと変わらない脅威。

 それを思い出してしまい、私はちょっと仮想空間に入れさせて貰った事を後悔しました。


「ルールは、そうねぇ。ボク達の誰かがお嬢さんをアンタの手中から奪えばアンタの負け。力不足に打ちひしがれなさいな」

「俺様の勝利条件は考えているのか?」

「それって必要? アンタがお嬢さんを抱えている間は、ずーっと付き合ってあげるわよ。アンタが飽きるまでね」

「……へぇ、いいではないか」


 はわわわ、口角を上げるパラチオンの顔怖い。

 あ、他のウミヘビからどよめきと勝手に決めるなブーイングが上がっています。けど水銀さんは全く聞く耳を持っていません。これが強者の余裕という奴ですかね?


「フリーデン、神殿を修復してくれる? 流石にボロボロだから」

『いいけど、本当に手短に終わるのか? パラチオンやる気満々で怖いんだけど?』

「終わるわよ。ボクが何度あのお子ちゃまに付き合ってあげていると思っているの。嫌でもあやし方を覚えたわ」

『それならまぁ、任せるけど。いざとなったら強制終了するからな〜?』

「わかっているわ」


 水銀さんはそこで訓練室のフリーデンさんと繋がる小窓を消しました。

 その後、石柱は折れ屋根裏が割れ床は亀裂の入っていない所の方が少ない神殿は、水銀さんの指示通り瞬く間に元の姿へ戻ります。

 これで舞台は整った、という奴でしょうか?


「いい? 他の子達もお嬢さんを傷付ける真似は禁止よ? お客様なんだから丁重に扱いなさいな」

「水銀お前ぇ、尽く俺達を無視して話を進めやがって……!」

「そう怒らなくていいじゃない、ニコチン。普通にパラチオンに付き合っていたら5日は拘束されるんだから。寧ろ時短方法を用意したボクに感謝して欲しいくらいだわ」


 水銀さんが不満でいっぱいそうなニコチンを宥めて、銀色の細剣を手に持ちます。


「それでもやる気が出ない、っていうなら仕方ないわね。真っ先にお嬢さんを奪還出来た奴には、褒美をくれるようクスシに掛け合ってあげるわよ。が」


 あ、またウミヘビ達がどよめいています。今度は困惑ではなく、歓喜のどよめき。

 立場が上っぽい水銀さんの言葉には、重みがあるようです。


「さぁ、お姫様奪還試合ゲーム。開始しましょ」

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