二章第11話 エルフ少女と魔族少年

 静寂に包まれた砂漠。夜の帳が下り、月や星が瞬く光景は神秘的である。そんな砂漠を小さなエルフの少女が花を抱えて歩いている。

 薄着で歩いてるが気温が低い夜の砂漠には堪えるらしく震えている。

 それでも彼女はせっせと歩く。

 「待ってて…待っててね!お兄ちゃん!」


 ベルの義両親…ドラゴニアとマープルはベルがショックを受けると思い捨てられたなどと言えず、友人のエルフに預かったとだけ聞かされて育った。

 箱の中にまだ赤ん坊だったベルが入れられた状態で見つかった。見つけたのはベルが兄として慕うレイギスという竜人である。


 ベルは近所の子供からは

 "竜人の子なのに鱗もないし口も小さい!耳もとんがってておかしい!"

 "お前は捨て子で拾われてきたんだ!"

 と心無い言葉をよく浴びせられた。けどそんな時に助けてくれるのがレイギスだ。


 そしていじめっ子を追い払うと泣いてるベルの頭を優しく、ベルとは全然違う尖った爪と鱗の生えた手で撫でる。そして言うのだ。

 『ベルは間違いなく俺の妹だし、父さんと母さんの子だ。胸を張っていいんだ!』

 そう言って笑いかけてくれるのだ。


 兄は昔から正義感が強く聖竜騎士団に入るのも納得だった。兄はもし入れなければ、漁師や船乗りになりたいと言っていた。兄は海が大好きだ。兄の輝く青い鱗もまるで海の様で綺麗だったしかっこいいと思っていた。

 兄はお金を貯めていつかベルを連れて海の向こうを見せてあげたいのだと言っていたし、いつか一緒に行こうと約束してくれた。


 けどその約束は果たされる事はなかった。

 ベルは兄が大好きだ。兄が亡くなったのはごく最近の出来事。まるで昨日のようだ。

 「お兄ちゃん…」

 ベルは兄の事を思い出してポロポロと涙を流し立ち止まった。

 するとベルの周りが急に暗くなった。大きな影だ。


 ベルは恐る恐る上を向くとそこには大きな口を開けた"サンドワーム"がベルを狙って上から見下ろしていた。

 サンドワームは目がなく、大きなミミズのような見た目だ。視力はないもののツルツルの肌で風を敏感に感知して周囲の状況を把握する能力を持つ。砂漠に生息して砂の中で獲物を狙っている。その擬態能力は高く獲物を丸ごと捕食して骨も残さない。"砂漠の暗殺者"と称され恐れられている。


 「い…いや…」

 ベルは腰を抜かしてしまい逃げたくても逃げられない。

 「お父さん…お母さんごめんなさい…。ヴラムさん。約束守らなくてごめんなさい…」

 ベルは涙を流して謝罪の言葉を口にする。サンドワームは唾液を流し、ベルをロックオンする。

 そしてサンドワームがとうとうベルに向かってくる。ベルは恐怖で目を閉じた。


 しかしサンドワームは捕食に失敗した。ベルはてっきり食べられると思っていたが何かに抱き抱えられ、ふわふわと浮いてる感覚に襲われている。ベルは恐る恐る目を開けた。

 そこにいたのは翼を生やしたヴラムである。

 間一髪でヴラムがベルをキャッチして助けてくれたのだ。

 「ち!手間をかけさせるな!馬鹿者!」

 「ヴラムさん!」


 ベルは安心感から大粒の涙を流してヴラムの服を掴みぎゅっとくっつく。ヴラムはそんな彼女を無理に剥がそうとはしなかった。

 「はぁ…説教は後だ。今はアイツをどうにかする。」

 キシャァァァア!


 獲物を横取りされたサンドワームは興奮して上空を飛んでいるヴラムに向かいググッと体を伸ばして追いかけようとする。

 サンドワームはその巨大な体と口から象を丸呑みできる。体長も個体差はあるが最低でも50mは必ず超えるくらいは長い。

 今対峙してるサンドワームは倍以上に長く大物だ。


 「貴様と遊んでる暇はないのだ!"氷剣乱舞アイシクル・レイン"」

 ヴラムが魔法を発動するとヴラムの真上に巨大な水色の魔法陣が出現した。そしてその魔法陣から氷柱が幾つも現れて魔法陣を中心にし輪のように並ぶ。

 そして並び終わった氷柱が一斉に鋭い方をサンドワームに向け、そして一斉にサンドワームに飛び掛かる。


 幾つもの氷柱が猛スピードでサンドワームに迫り次々とその体に刺さっていく。サンドワームの断末魔が聞こえる。

 次第にその衝撃から砂煙が上がり始めた。


 そして全ての氷柱が刺さると砂煙が晴れた。

 サンドワームはピクピクと動くが至る所に氷柱が刺さりそこから紫色の体液を流している。

 そして次第に動きが無くなり絶命した。


 グロテスクな光景の為にヴラムはベルの頭を押さえてその光景を見せない様にしながら都へと飛んでいく。寒さを凌ぐ為にマントでベルを包んだ状態にして運んでいく。


 すると途中でヴラムの仲間達が走っているのを発見してヴラムは降り立った。

 「あ!ヴラム!ベルちゃん見つかった?」

 「ああ…」

 エーデルの言葉にヴラムはサッとベルの姿を見せた。エーデルや他の三人も安心している。


 「ありがとうございましたヴラムさん。」

 「でも見つかって良かったよ!」

 ベルがお辞儀してお礼を言うとエーデルは良かった良かったと笑顔だ。だが


 「良かった?何が良かっただ!」

 ヴラムが怒鳴り声をあげた。その声にベルや他のメンバーはぴくりと肩を震わせた。

 ヴラムはツカツカと歩きベルの肩を掴んでしゃがみ込んだ。そして


 「俺は言ったよな!?一人で行くと危ないから必ず他の奴らと行動しろって!!お前が兄貴の為に行ったことは分かるよ!けどなぁ!?

 お前の親父もお袋も心配してたんだぞ!もし俺が間に合わなかったらお前死んでたんだぞ!

 何だ?そんなにお前は死にたかったのか!?」

 ヴラムは般若のような険しい顔でベルを叱る。口調も興奮してか何時もと違う口調だ。

 いつもの芝居がかった偉そうな口調ではない。何処にでもいる少年のような口調である。


 怒られたベルはそれにびっくりしてまた泣き出した。

 「ごめんなさい…私」

 「謝んのは俺じゃねーだろ!俺じゃなくてお前の親父とお袋に言え!」

 ベルはしゃくり上げながらコクコクとうなづく。するとマギリカが


 「ベルちゃん?ヴラムはベルちゃんの事考えてこうやって怒ってるのよ?だからもうこんな無茶な事しちゃダメ。

 お父さんもお母さんも心配するし…もしベルちゃんが死んで天国に行ったら、天国にいるお兄ちゃんに嫌われるわよ?それでもいいの?」

 「…いやです…」

 「そうね。だから約束して。2度と無茶はしない事。」

 「はい。分かりました。」

 マギリカに優しく諭されたベルは約束を交わした。マギリカはそれを見て満足げに


 「はい!終わり!ヴラムも怖い顔は終わり!」

 マギリカがパンパンと手を叩いて締める。ヴラムは眉間に皺を寄せた凶悪な顔だが、それ以上は何も言わなかった。

 ベルは少しおどおどしながらヴラムを見ている。その視線に気づいたヴラムがベルに視線を送るとベルはびくりと震えた。

 ヴラムはハァとため息を吐いて、自分のマントを取る。そしてベルの肩に掛けてぐるぐると巻いた。


 「此処で凍えられて風邪を引かれては目覚めが悪いからな。これでも羽織れ。」

 ベルに視線を合わせながら優しめな声で語りかける。そして頭をポンポンと撫でた。

 ベルはその撫で方が何処となく兄と似てるような気がして安心し、擦り寄ってくる。

 そんなベルにヴラムは一瞬呆気に取られながらもふっと控えめな笑みを浮かべている。


 一方ヴラムのそんな笑みやベルに対して本気で向き合うヴラムにエーデルはなぜか胸がきゅーっと締め付けられるような感覚を覚えた。

 「(まただ…何だろこれ…)」

 エーデルは首を傾げながら自身の胸に手を当てている。

 

 「でも無事に保護できたしアギトに戻るにゃん。ドラゴニアさんやマープルさんも心配してるにゃん。」

 「そうだな。ベル?疲れただろ。おぶっていくぞ?」

 ハチが一度戻るべきと提案するとシュリは砂漠を歩き沢山泣いたベルをおぶろうとするがベルは俯いている。


 「あ…あの…皆さんにお願いがあるんです。」

 「ん?お願い?」

 ベルの小さな呟きにエーデルが優しく問いかける。ベルは顔を上げて

 「私は…私はどうしてもお兄ちゃんに会いたいです。お願いします!力を貸してください!それに実は今回のゾンビ事件で少し期待してる事があるんです。」

 「ゾンビ事件に?けどそのせいで大慰霊祭のお墓参りは中止になったんじゃないの?」

 エーデルは首を傾げる。他のメンバーも少し戸惑っている。


 「ゾンビ…もしかしたらそれは戦士の墓にいるお兄ちゃん達…亡くなった聖竜騎士団の方々かと思うんです。」

 確かに酒場にいるカップルも似たような考察をしていた。

 「だから…今なら動いてるお兄ちゃんにまた会えるかなって…それにもしゾンビ事件がこのままだとその内騎士団の人達に討伐されるかもって思ったら、早くその謎を解きたいと思って」


 ベルの声が徐々に小さくなっていく。ベルは何も中止になったから暴走しただけではない。

 ゾンビと言えば動く死者。もしそのゾンビの正体が兄ならばまたあの頃のように少しの時間でも遊んだり話したりできるかもしれない。

 そんな希望を抱いてしまったのだ。


 するとヴラムは

 「駄目だ。」

 「ちょっ!」

 キッパリと言い放った。そんなヴラムにエーデルは眉間に皺を寄せている。危険なのはわかるが言い方が厳しい。ベルはまた泣きそうな顔になる。

 いつものヴラムなら子供の泣き顔に弱く動くかもしれない。しかし今回は違う。


 「何故中止になったのか分かってるのか?危険だからだ。そんな場所に行ってお前は何ができる。」

 「…」

 「…ふぅ…」

 ヴラムの厳しい視線にも一切目を離さないベル。そこには確かに強固な意志が宿っていた。

 

 「…どうしても行くなら親の許可をとれ。」

 「え?」

 「当たり前だ。親の許可なしに貴様を連れて行って怪我させたら訴えられるのは俺たちだ。

 但し…2度と一人で勝手な行動しない。俺や他の奴らと必ず行動する。これが条件だ。」

 ヴラムがガシガシと頭を掻きながらそう言うとベルの目が輝き出した。

 「良いんですか!?」

 「親の許可をとってからだ!取れたとしても今度は約束を守れるか!?」

 「はい!守ります!絶対に守ります!」


 するとベルはヴラムに抱きついた。

 「うわ!」

 「ヴラムさん!ありがとう御座います!」

 「離せ!馬鹿者!」

 ベルはムギュッと抱きついて離れない。ヴラムは照れながらも何とか離そうとする。

 そんな様子を他のメンバーはニヤニヤと見ている。


 「あーうざい!兎も角一旦戻るぞ!」

 「はい!頑張りますよ!」

 ベルは今度はヴラムの手を握り始めた。ヴラムはビクッと体を揺らしたが特に振り払わずそのまま手を握ってアギトまで戻った。

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