第15話 森の主

  「ヴラム…ヴラム…」

 エーデルはポタポタと涙を流す。ヴラムの頭を膝に乗せて何度も名前を呼んだ。ヴラムの顔にエーデルの涙が落ちていく。するとヴラムは少しだけ目を開けた。


 「は…まるで俺が死ぬ直前みたいだな…」

 「ヴラム!良かった…目開けてくれた…ごめん…ごめんね…私がもっと強かったら…こんな事にならなかった…ごめんなさい…」

 エーデルは何度もヴラムに謝罪した。しかしヴラムは


 「…謝るな…うざい。それよりも…魔力回復に集中しろ…。そして回復したら俺の背中を治せ。分かったな…」

 ヴラムは痛みに耐えながら苦しそうな表情でエーデルを不器用な言葉で励まそうとする。それはエーデルにも伝わっていて、


 「うん…約束する。だからヴラムも休んで…」

 エーデルは涙目だが、優しい表情でヴラムの頭を撫でる。

 「は…子供扱いするな…」

 ヴラムの悪態にエーデルはふふと優しく笑う。そんな優しい雰囲気をぶち壊す声が響いた。


 

 「アッハッハ!♡なーにイチャついてんのよ!そんなに仲良くしたいならあの世で仲良くしてればいいじゃない!」

 ラキナだ。しかしその顔は余裕で満ち溢れている。


 「ラキナ…!」

 エーデルはヴラムを守るように抱きしめながらラキナを睨みつける。

 「おー怖い怖い♡でもアンタ魔力切れ起こしてんでしょ?んでそっちの魔族は私の魔法モロに受けてダメージ受けてるし!

 ぜーんぜん怖くないわよ♡だから安心して焼け死になさい!


 "死滅黒星アトミック・ルイーナ"♡」


 ラキナが手を上に上げる。掌に巨大な森を覆うレベルの魔法陣が出現した。そしてそこから巨大な…前に出してた黒太陽の何倍も大きな黒い炎の球を出現させた。もし落とされたら森どころかシラユリの街も巻き込まれる。


 「なんで…なんでよ…今まで見てきた勇者とレベルが違いすぎる!こんなの…」

 エーデルはガタガタと震える。恐らく勇者騎士団でも勝てる者などいない…そう思う程に圧倒的な魔力。だが…


 「ヴラムだけは…ヴラムだけは守る!」

 「!小娘何を!」

 エーデルは少し回復した魔力を使い切りヴラムの周りのみに小さいバリアを張る。そして涙を流して笑顔でヴラムに語る。


 「ヴラム?私の我儘に付き合ってくれてありがとね?私が死んじゃっても忘れないでね?

 シュリとハチにもよろしく…それと


 ヴラムに会えて本当に良かった。ごめんね。火傷治せないや…」

 ヴラムは目を見開いた。そのエーデルの死を覚悟した顔が…かつて自分の為に死を選んだ大事な人の表情とあまりにも被っていて。


 何よりもヴラムは意地悪な事を言っても、きっと未来のエーデルは勇者騎士団の鎧を纏い立派な勇者になるとそう予測していた。

 誰よりも優しくておせっかいで明るいその癖して泣き虫な勇者。


 「ダメだ…やめろ…やめろ!エーデル!」

 「ふふ…私の名前…やっと呼んでくれたね。ありがとうヴラム。私の…大切な友達。」

 悲痛な顔でエーデルを思いとどまらせようとするヴラム。魔法を発動しようにも痛みで集中できずうまく発動できない。

 そんなヴラムに尚も笑顔を向けるエーデル。


 「話は終わり!?なら死になさい!」

 ラキナは手を振り下ろした。だが





 「"魔女のコールドロン"」

 ラキナの魔法が何やら透明な膜で覆われて落下が防がれた。そして膜は収縮して炎の球が消滅した。

 

 その謎の現象に驚きの顔で上を見上げるラキナ。そしていつまで経っても衝撃が来ない事に疑問を感じて上を見るエーデル。ヴラムはただ一人ほくそ笑んだ。


 「私の森でなーにドンパチしてんのよ?ってやだ!私の家燃えてるじゃないの!」

 上空には竹箒に横座りしている女性が浮かんでいた。


 女性はスリットやスケ素材が使われている露出のあるセクシーなローブを着ており、足には黒いヒール。頭に唾の広いとんがり帽子を被っている。

 髪の毛はふわふわとボリュームのある銀色のロングヘア。顔立ちはキツい系だが、アメジストのような紫の瞳が輝く美女である。


 その女性はプンプンと怒っている様子だ。



 


 「全く…貴様はいつもいつも遅いな…マギリカよ。」

 「あ!やっほーヴラム!やーん♡可愛い女の子に膝枕されちゃってぇ♡このこの♡」

 ヴラムはニヤリと笑っている。マギリカもヴラムに気づいたのか手を振って人懐こい笑みでヴラムに話しかけている。


 エーデルはただポカーンとしていた。一方ラキナは…


 「ありえないありえないありえないありえない」

 顔を真っ白にして真顔で何度も壊れた人形のように呟く。頭も真っ白だ。


 ふわふわ浮いてたマギリカはヴラムとエーデルの近くに着地した。

 「さーて、私はどの子をやっつければいいのかしらん?」

 「相変わらず…ノリが軽い…そこにいる赤髪の女だ。」

 「了解!んー?なんか変な魔力ねあの子。まぁいっか!よーしヴラムの為にお姉さん頑張っちゃうわよ!」


 その途端マギリカは体の周りにオーラのように魔力を張り巡らせた。

 それに当てられたラキナはひっと引き攣った顔をする。

 「ねぇ?覚悟はできてるかしら。お嬢さん。」

 マギリカはスッと目を細めてラキナを睨みつける。するとラキナは腰を抜かしてガクガクと震え出した。


 「い…いや…ご…ごめんなざい!ごめんなさい!」

 ラキナは号泣しながら懇願した。マギリカに対して本能で感じたのだ。本気で戦えば自分はこの女に殺されると。

 エーデルがラキナに抱いた感情と同じ。


 ラキナはその時両手を組み祈るかのように

 「助けて…私を助けてください!主様!」

 すると突如ラキナの背後に黒い渦が出現した。するとそこから何やら不気味な手のようなものが出現してラキナを引き摺りこんだ。


 ラキナはその途端恍惚の表情に変わった。

 「嗚呼♡主様♡」

 そしてそのままラキナ黒い渦に飲み込まれた。ラキナを飲み込んだ渦はスッと消えていった。


 「何…あれ…」

 エーデルはその光景を青ざめながら見つめていた。ヴラムは何も言わずにラキナの消えた空間を睨みつける。するとマギリカがエーデルとヴラムに駆け寄る。


 「ほらほら〜♡なーにしけた顔してるのよ。お二人さん!ささ!私の家も燃えちゃったし取り敢えず町に戻りましょ!」

 「あ…はい。あ!その前に!

 "光のルクス・ヒール"!」

 エーデルはヴラムに回復魔法をかけた。背中の傷は綺麗に治った。


 「ふん…礼は言わんぞ。」

 「ハイハイそうですかい。んもぉ…私の涙返しなさいよ!」

 「知らん。勝手に泣いたのは貴様だろ。」

 ギャイギャイといつもの調子で戯れるヴラムとエーデル。その顔はどこか嬉しそうである。


 そんな二人をクスクスと微笑ましく見ているマギリカ。


 3人は穏やかで賑やかな空気を纏い町へと戻った。

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