第10話 希望の旅人
シュリを置いて行った3人は歩く。シュリは腐っても鬼人であり戦闘部族。気絶しても常人よりも起きるのは早いし殺気にも敏感である。
万一の事は起こらないだろう。
「んで着いた訳だけどさ?本当にここだよね?」
3人はシラユリの町に到着した。しかし町の周辺をぐるっと囲み黒い炎が上がっている。
「ふむ…噂になってる魔法とはこれか…」
「そうにゃんねぇ…よく見ると看板にもシラユリって書いてるし間違いないにゃん。」
「ねぇヴラムの魔法でこの炎消せないの?あの冷気ならこの炎消せると思うんだけど…」
「フン…確かに出来なくはないがそれをすればコレを仕掛けた術者が不審に思う可能性があるであろう。んな事になったらソイツが何するかわからん。下手すれば中の奴らを焼き殺すかもしれんぞ?
いずれにせよ、相手がどんな奴か分からん以上下手な事はせん方が良かろう。」
「じゃあどうするにゃん?」
するとヴラムが翼を出した。
「まぁ…いい。俺が飛んで中に入れば問題なかろう?」
「私たちも行く?」
「いい…一人で行く。」
するとハチが…
「いや…吾輩かエーデルちゃんを連れてった方がいいにゃん。」
「は?一人で平気だぞ?」
「だって君が一人で行くと多分またキツい事言って喧嘩になって話が進まなくなるにゃん。
潤滑油が必要にゃん。」
ハチの意見にヴラムも流石に思うところがあったらしくうっと言葉を詰まらせた。
「確かに…なら私も行くよ。もし怪我してる人がいたら私の魔法で治せるもん。」
「ハァ…仕方ないか…」
するとヴラムがエーデルを俵担ぎしていく。
「ちょ!持ち方酷くない!ねえ!」
「五月蝿い…ちっ重…」
「乙女に失礼でしょーが!こんのデリカシー無しの馬鹿野郎!」
ヴラムの言葉に憤慨するエーデル。そんなエーデルを無視してそのまま飛んでいくヴラム。
「気をつけるにゃんよ〜」
ハチは二人に向けてエールを送り、二人を待ってる間シュリを置いてきた方向を見つめる。
ヴラムとエーデルは町の中に入った。すると町の人達は何事かと見にきた。
「えっと…貴方方は?」
「私はエーデルと申します。こっちが私の仲間のヴラム。一緒に旅してるんです。…所で何があったのですか?あの黒い炎は一体…」
降り立った二人の元に一人の中年女性が話しかけてきた。その目には警戒心が宿っている。
エーデルはヴラムがいらん事言う前に自己紹介と今の状況について質問した。
「…この町は今危機的な状況なんです。…一人の勇者の…あの女のせいで…」
女はギリっと歯軋りしてる。そしてエーデルは出てきた勇者という単語に目を見開いた。
「ゆ…勇者って…どう言う事ですか!?」
「実はつい最近、この町に"ラキナ"という女がやってきたのです。その女は勇者でした。
確か…左手の甲に赤黒い禍々しい花紋様がある女です。
その女がある日この町の周辺に炎の魔法をかけたのです。町の男達や腕の立つ人々がラキナに抗議を行いました。
しかし…」
女は暗い顔でそう語り続きを話す。
「あの女は町の子供を人質に取ったんです。子供に魔法で出した黒い気持ち悪い炎を近づけて
"焼き殺されたくなかったら町の大人の男全員自分の捕虜になれ。さもなくばこのガキ以外の女子供を全員焼き殺す"って…
その後男達は家族を救う為に全員捕虜になりました。そしてラキナのいるクロユリの森へ行ってしまい戻ってきません。
連れ戻したくても森周辺にも同じ様に黒い炎が上がっていて入れないのです。
警備隊もいるにはいますが…それももし他の支部に応援を要請したり、炎を消したら捕虜も殺すと脅されて…何も出来ない状態です。
私達が何をしたって言うんですか!何もしてない…唯普通に生活してただけなのに!」
「ひどい…」
女は悔しさと怒りで涙をボロボロ流してる。
女の夫もまたラキナの捕虜になってしまったのである。
あまりに理不尽に起こった出来事。エーデルもラキナに怒りを燃やした。
「フン…どうでもいいが…あのババアに会う為にはクロユリの森に入るのは避けられんな。」
ヴラムの放った言葉に含まれたどうでもいいと言う言葉を耳にした女はキッとヴラムを睨みつけてヴラムの襟を掴んだ。
「どうでもいい!?そりゃあアンタにとってはどうでもいいかもしれないわよ!
けど私達の大切な家族が捕虜にされてるの!それに今この状況で私達だっていつ殺されるか分からないのよ!
どうでもいいとか…私たちの前で言わないで頂戴!」
女はヴラムに思いの丈を全てぶつける。しかしヴラムは涼しい顔をしている。
「ハァ…五月蝿い女だ。だが俺達にも事情がある。クロユリの森の中に住む奇妙なババアに会うというな。
しかしそれには森の周辺に発動されてる黒い炎が邪魔だ。あとついでにそこにいるクソ勇者と捕虜になってる男ども。
クソ勇者は俺に面倒くさい町の入り方をさせた罰として叩き潰す。
男どもはまぁ…面倒くさいからこの町にでも押し込んでやろう。
人間BBQなど気持ち悪いしこの炎をついでに消してやった上でな。」
ヴラムは嫌味な笑みでそう答える。その言葉に女は目を点にしている。エーデルはクスクスと笑いながら
「ふふ…安心して下さい。つまりこう言う事ですよ!
"俺たちでラキナを倒してこの町も捕虜の人達も救い出してみせるぜ!"
そう言うことだよね!?いひゃい…」
エーデルのあながち間違ってない翻訳にヴラムはイラっとしてエーデルの頬を軽く抓る。
「…助けて…くれるんですか?…私達を助けてくれるんですか!?」
「助ける?勘違いするな。俺は唯そのラキナとか言う奴のせいでこの町に数歩歩けば入れる所を無駄に飛ばされたのだぞ?
それがムカつくから倍にして返すだけだ。」
ヴラムの素直ではない返し。しかし結果的にラキナを倒して男達や自分たちを助けてくれる。そう受け止められた女は涙をポロポロ流している。
現れた希望に女は目に輝きを取り戻し始めた。するとそれを側で聞いてた他の住人も集まりだし、ヴラムとエーデルに懇願し始めた。
「お願いします!私の夫を助けてください!」
「ワシの孫と息子を救ってくだされ!」
「パパを助けて」
集まる願い。よく分からない見ず知らずの旅人だと分かっていてももう道がないのだ。
勇者騎士団を頼ろうにも相手の要求のせいで頼ることも出来ない。なんならシラユリ支部の建物周辺にも炎に囲まれて身動きが取れない状態である。
そんな絶望感の中に現れた旅人は正に住人にとっては希望の光。そんな思いを受けるヴラムとエーデルは
「任せてください!それに…同じ勇者として…なんでこんな事するのかも気になるし許せないから…」
「別に貴様らの願いなど興味はない。だがラキナとか言う奴はムカつくからお灸を据えてやろう。」
同じ勇者であり、大きな町と森、騎士団支部を同時に長時間炎で囲む魔力を持つ優秀な能力を持つラキナ。
エーデルが欲しくて仕方ない魔法の才能を持ちながら人を苦しめる使い方をするラキナに怒りが湧いた。
ヴラムはヴラムであくまでも自分がムカつくからと主張を変えない。
住人達は二人の言葉に更に目を輝かせていく。そして歓声を上げた。
「ちっ…五月蝿い連中だな…小娘。こんな五月蝿いとこにずっと居たくない。
さっさとラキナを潰すぞ。」
「もう言い方!まぁ…いいか…。よし!早速出発しよ!そして男の人たちを取り戻そう!」
ヴラムはまたもエーデルを雑に担いで飛んでいく。後ろからは声援が聞こえてくる。エーデルはヴラムに担がれて後ろを向いてるのでその声に手を振って笑顔で答える。
「おかえりにゃん!どうだったにゃ?」
「ああ…それg「ヴラムしゃまぁぁぁあ!!」」
「グエエエエ!」
「「ヴラムゥゥゥゥ!!」」
待っていたハチにエーデルが説明しようとする。しかしそこに割って入った者がいた。
放置されたシュリである。
シュリは泣きながらヴラムに突進して、ギュうううと抱きしめる。
ヴラムの体からボキ…やらバキ…といった明らかに聞こえてはならない音が聞こえる。
怪力の鬼人族に全力で抱きしめられればひとたまりもない。
ヴラムは泡を吹き始め白目を剥き元々血色の悪い顔が更に青くなっている。なんなら目の前に渡るべきではない川の向こうで知らないジジババに手招きされてる映像が見えるし、走馬灯も見えていた。
「シュリィィ!やめて!離して!」
「ヴラムが死んでしまうにゃん!もうなんか瀕死の状態にゃ!」
「え!?ヴラムさまぁ!申し訳ありません!」
シュリはエーデルとハチの必死の説得で我に帰る。尊敬する主に置いてかれたショックと、命を懸けて守ると誓ったのに離れてしまった自分への怒りがシュリを暴走させ悲しきモンスターに変えたのである。
「うう…俺は俺はなんと言う事を!俺の力は守るべき者まで破壊してしまうのか!」
「悲しきモンスターみたいな葛藤やめるにゃん。」
「"光の
エーデルが回復魔法を掛けるとヴラムの顔の血色が元に戻った。そして目を開けた。
「あれ?さっきまで俺を川の向こうで手招きしてたジジイとババアはどこへ行ったのだ?」
「何処にもいないにゃん。あと知らない人についていっちゃダメにゃんよ?」
「何だと?ガキじゃあるまいし…」
「いや多分それ…ガチでヤバい奴だから…」
臨死体験したヴラム。そんなヴラムが心配でならないハチとエーデル。するとシュリがスライディング土下座をし始めた。
「申し訳ありませんでしたヴラム様!このシュリ…まさか我が主を殺し掛けるなんて…腹を切ってお詫び致します!」
「せんでいいわ。生きとるしな…」
「く…なんて慈悲深いんだ!我が主は…」
「んな事より町の中で聞いた話を共有するから静かにしろ。」
ヴラムを殺しかけたと言う事実がショックのシュリはどこから出したのか小太刀を持ち腹を切ろうとする。
しかしヴラムに止められ、感動したのか嬉し泣きし出している。
そんなシュリを無視してヴラムとエーデルは町での事を話した。
「成程にゃん。しかし…勇者が関連してたとは驚きにゃんね?」
「うん…なんかショックだよ。同じ勇者がまさか犯罪を起こすなんて…」
「フン…強い力を持った者はその力に溺れて悪事を働く。そんな事珍しくもない。
恐らく貴様は勇者という存在を本当の英雄同様に善人と思ってるだろうが、現代では唯の魔法が使えるびっくり人間が勇者と呼ばれる時代だぞ?」
確かに近代では魔法さえ使えれば人間皆勇者と呼ばれる。
そんな勇者の中には何の力もない人間達や魔力の持たない鬼人などの種族を下に見る者も居るのが真実だ。
「つまりは力を使う人次第ってわけか…」
「そう言う事だ。分かったらそういう勇者なら善人という固定概念など捨てる事だな。」
そう言ってそっぽを向くヴラム。向いた方向はクロユリの森がある方角だ。
ヴラムはさっさと歩いて行ってしまった。
「あ!お待ち下さい。ヴラム様!」
「ふぅ…エーデルちゃん?あの子の言う事は気にしなくていいにゃんよ?」
「あぁ…うん。分かってるよ?」
先を行くヴラムの背中を追う3人。
「(勇者か…)」
エーデルは改めて勇者とは何なのかと一人考えていた。
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