0-5 二日目 初仕事
一瞬バタバタこそしたが、その後はアクシデントなく職場へ向かった。行きしなにトイレへ寄り、鏡の前で髪と表情だけ整えた。メイクは自然な仕上がりのまま崩れていない。
よしよし、憂いは限りなく少ないぞ。つい先ほど再会した
土日もしっかり勉強した。もうヘマはしないはず。
大丈夫。私なら、やれる!
「よし!」
気合と共に胸の横で両の拳を握り、肘を腰辺りまで引いた。
母から学んだ、不安な時にやる「気合のおまじない」だ。
精一杯、頑張るぞ!
「おはようございます!」
元気よく出勤した
先日予告された通り、オオカミ区長なる
そこには、初対面となる、細身で日焼けしたような顔色の男性も――
「
「いや、入社月は同じだから同期ですよ! もー!」
力強くて熱い、だが痛みは一切ない固い握手をしながら簡単に自己紹介した。この短時間のやり取りだけで、
その後の本日の業務に関する
それにしても、自治をしているなら「管理」などという言わば拘束行為は本当に必要なのだろうか? ――ふと、そんなことを思った。通勤中に思いがけず
が、その疑問をぶつける前に移動開始となる。
指示されるまま、公用車である黒のプリウスの助手席に乗ると、
「免許は持っているか?」上司はパワースイッチを押し、車のエンジンを起動させながら質問する。
頭の中では、ボタン一つでエンジンが点くことに驚いていた。
田舎者の感動などつゆ知らず、
「そうか」イケオジはミラーの角度調整を済ませると、時計で時間を確認する。「今後は一人で特別保護対象個体の上層部と話すことがあるかも知れない。その時は、誰かに送り迎えを頼むように」
「はい。わかりました」
ペーパードライバーはドライバーにあらず、ということか。仕方ない。時間ができた頃に運転の練習をしておこう。
出張所を出てから、公用車は大通りを南下した。他に車両は一台もない。
赤信号で止まったタイミングで、
「オオカミ区長は、どんなヒトなんでしょうか」
「区長は特別保護対象個体だ」
「あぁ、そうでした。……どんな、
「冷静な性格だ。頭も悪くないし、会話する上で何ら問題はない」
「普通の人間と変わらないってことですか?」
「そうだな」
「へぇ~」返事をしたのは、後ろの
助手席の女が「では、なんでき帳面にヒトと
「オオカミは、
「へぇ」新人は素直に驚いた。
「
新キャラ登場だ。
「オオワシにオオカミ、どちらも強そうですね」と
「力が強いのは確かだ。だが冷静な個体だから安心したまえ」
が、上司の反応はこちらの認識とはかみ合わないものだった。
「はぁ……」
「安心と言うのは、どういう意味でしょうか」今回は、胸で湧いた疑問がすぐ口をついて出た。
上司は前を向いたまま、こともなげに回答する。「そのままの意味だ。危険はない、ということだよ」
「そうだ。特別保護対象個体は、すべて危険であると理解しなさい」上司は少し険のある言い方をした。
すかさず、後ろから「う~ん」と、悩むと言うより気を引こうとするような声が響く。「野生のクマみたいなイメージかな」
問い掛ける風の語尾だったが、
一時期テレビやネットで頻繁に見かけた愛きょうのあるケモミミと、時折ある地方で人里へ降りてくる恐ろしいケモノとは、どうしても合致しなかった。
あるいは、
答の見えない疑問は、心の片隅に陰を落とした。
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