■13:中立
僕は午後の授業中に、数学だったのだが、歴史の教科書も机の上において、手で触れた。僕の知らない現代社会は、斜め上を行っていた。未だに夢を見ていると言われるほうが信用できる。
「おかえりなさいませ」
放課後、茨木が扉を開けてくれた車に乗り込む。後部座席を勧められるのだが、僕は助手席を望んだ。特に今日は、茨木に聞きたい事もあったからだ。
「ねぇ茨木、聞いて良い?」
「なんなりと。少し、自発性が身についてこられたようで、私はなくほど嬉しいです」
わざとらしい嘆くような声に、僕は咽せた。しかしすぐに気を取り直す。
「え、えっとね、ルブルム型パーソナリティ障害と、アルボス型パーソナリティ障害は、具体的にはどう違うの?」
僕が頭の中の質問リストから尋ねると、茨木が驚いたように息を呑んだ。
「――ルブルム型は、コスモス部分……ESPと呼ばれるような超感覚知覚側の精神病質の特質です。アルボス型は、ムーブ……PKと呼ばれたような物理動作操作側の特質です」
頷きながら、僕は続けた。
「じゃあさ、今、この世界にはSからEランクくらいがあると聞いたんだけど――歴史の教科書に載っていたコースフェルトの1から5の分類と、AとSの上位分類は、どう当てはまるの?」
「SとAは分類のそのままです。BからEまでに、1から5までが再分類されております。よって、SとAの間にも絶対的な壁が存在します。ただしそれは、AとBの間に横たわる溝ほどではありません」
そうなんだと思いながら、僕は腕を組んだ。
「学校が社会の縮図としてさ――学校での中立というのは、どちらかに与するまでの間の立ち位置意外にも意味はある?」
「――世界貴族使用人連盟が、世界貴族の皆様に望む事の一つとして、相互監視による武力阻止の他、Sランク同士の戦い時の仲裁も一つの望みですし――起こってしまった場合の人類文明の記録保持も望まれています。世界規模の戦禍が訪れた時に備えての、情報等の保持、文明の継承、後続文明への危機警鐘等が挙げられます」
「情報の保持……」
「特に科学知識の保持が望ましいです――何事も起こらずとも……世界にF型表現者が広まれば、不要になる科学は多いですから」
それが――僕に求められている事柄なのだろうか?
漠然とそう考えた。
その後は、車内では特に会話が無かった。考えてみると、珍しい事だった。
さて、部屋に戻って、僕は椅子に背を預けて考えた。
今更だが――仮に、これが僕の妄想ではなく、真実だとしたならば、である。
茨木の話が真実ならば、どうやら僕には『なんでもできる』らしいのだ。
そして僕に望まれているのは、『科学知識の保持』『文明の維持――人類の存続(?)』であるのだろう。そこで、僕は試しにやってみることにしたのだ。後者は具体案が浮かばなかったが、前者は精一杯考えた。
知識や技術の継承ならば、第一に『それらが記されている情報源を保存する事』であり、第二に『その技術を伝達できるように覚えること』じゃないのかなと思ったのだ。
コースフェルト衝層圏というのはいまいちよく分からないが、直感的に、僕が『内側』だと感じている部分の事じゃないかと理解した。そこで、その部分に、『扉』をイメージし、『鍵』を作ったのだ。その鍵を指せば、その空間に繋がる想像をしたのだ。すると気づけば、私の手の中には、想像通りの鍵があった。古典的な形の鍵だ。
それから壁に手を当て扉をイメージしたら、すぐにそれが正面に現れた。園の武に鍵を指すと、想像通りの部屋に出た。そこは、僕の考えでは、『全てのものが劣化しない』『ページを捲ることは可能だが、時間経過もしない』というような、特異な場所である。そこに僕は、『世界中の書物』が収集されるように意識した。
論文や新聞、個人の日記なども例外じゃない。そして、ネット上で閲覧できるデータの検索用に、難題もパソコンやタブレットを設置し、デジタル化されているものに関しては、最適な閲覧媒体を用意した。中には、文章に限らず写真集や映像・動画・音楽を含むものも、再生機器を含めて収納した。日本に限らず、世界中である。
様々な言語で記述されている。石版や絵巻もある。これまで私は、学校で習った英語すら読めなかったのに、意識してみたら、内容が頭に見たり触れたり聞いたりすれば入ってくるようになった。場合によっては触れるだけで、全情報が中に入ってきた。本当に不思議な感覚だ。そして、今後も増加するたびに、新しいものが勝手に追加されていくようにし、検索用のシステムも用意した。
これで、科学知識は十分だろうか?
最初はそう考えたが、継承・伝達と考えた時に、不安になった。例えば江戸時代にとばされた時に、コンセントもない環境で、電源が切れたパソコンを提示しても無意味だとか、色々だ。時代時代の知識や技術があるのだと、ふと思った。そこで、第二の鍵と空間を作り、そこに、世界各国のあらゆる博物館や民俗学資料館に展示されている初期の器具から、最新機器、果ては個人が用いる銃や軍が用いる爆弾、戦闘機、民間の飛行機や衛星まで収集した。部品もそろえた。すりこぎ気だとか餅つき臼だとか、古い道具もそろえた。
続いて、第三の部屋を作り医薬品をそろえた。例えば手術の練習用の器具も個々だ。ありとあらゆる薬もある。劣化もしない。第四の部屋には、色々考えた末、僕は種子や動物の遺伝子を残すことにした。僕は、実のところ、鼠と鳥が大嫌いだ。けれど、なるべく我慢して収集した。蛾とか蟻とか蛆虫も大の苦手だが、保存することにした。
単細胞生物も含めて、現在確認されている生物は、雌雄がいる場合は最低一体ずつ、出来うる限り集団で保存したのである。第五の部屋は、少々迷ったが、食物を保存した。調味料や、調理積みのものも多い。野菜類は第四の部屋に植物種子と一緒に入れ、食肉類もそうしたが、人工的な食物やお菓子は、こちらに保存することにした。第六の部屋は、芸術作品や美術品として、折角お金があるからと、落札できるものはそうした(この時は代わりに黒周さんにオークションに行ってもらった)。
他の品々は、美術館が崩壊し失われそうになった段階で転移するようにした。転移というのは、僕の中では、自動的に移動することである。稀覯書の位置もこちらにした。粘土板も迷ったが、一部はこちらで、一部は第一の空間だ。他には民族衣装や楽器類もここにした。楽譜は、第一空間にある。音源もそうだ。宝石類や装飾具もここに集めた。
第七の部屋は無秩序で、その他の分類の品を適度に収集した。民芸品や玩具などだ。目についたものもここに入れてある。第八の部屋は私物庫として、自分用の服や化粧品等々を入れておいた。
試した所、複製も出来るようだったから、各一個や二個ずつ収集した。そして僕が生きている限り、収集は続けるようにしてある。劣化する心配はないし、空間は無限大に設定してあるし、だけど欲しい物をすぐに取り出したり、検索できるシステムも完備しておいた。これだけあれば、文明についての知識や技術、文化や情報は、在る程度は継承できるんじゃないのかなぁ。そう願っている。
さて、第九の部屋は、研究用の部屋とした。よく分からないが、フォンス能力と言われる超能力について、ちょっと調べようと思ったのだ。第十の部屋は、その力の練習部屋としてある。そして十一の部屋は、完全なる休憩室とした。十二番目の部屋は、予備室である。これだけあれば、今後の人生も何とかなる気がした。十二個の鍵さえあれば、いつでも移動できるからだ。
この日僕は、中立派の意義を考えながら、眠りに就いたのだった。
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