■12:歴史


 ガラガラガラと扉が開いたのその時だった。どうせ僕には関係ないと思って俯いたままエビフライを眺めていたのだが、すぐに僕は声を上げることになった。


「おはよう! 琉唯くん」


 扉の所で大きな声で僕の名を呼び、教室に入ってきたのは、蓮くんだった。


「一緒に食べよう」

「え、あ」


 派閥ごとに別れていたため、無人になっていた僕の横の席に、堂々と蓮くんが座った、元々の持ち主である菅原くんとは、なお本日に至るまで、一言も話をしたことがない。菅原くんは、教室の右側で、学ランの人々と食事をしている。だが彼が蓮くんに目くじらを立てることはなかった。


「いやぁ、これまで俺もぼっち飯だったから、嬉しくて嬉しくて!」


 相変わらずテンションが高すぎる蓮くんを、僕はポカーンとしながら見た。

 続いて――彼が持参した重箱を一瞥した。お花見でも、会社員時代の経験を思い出す限り、今はオードブルのデリバリーだ……こんな時代錯誤の漆塗りの高級重箱なんで、お正月に高級料亭からお取り寄せしても見ない気がした。


「良かったらどうぞ!」

「ありがとうございます」


 僕は真面目に頷いた。蓋が開き重箱が広がると、尋常ではなく美味しそうな食べ物が視界に入ったからである。なにこれ。一段目がいなり寿司しか入っていないが、二段目と三段目のオカズしか入っていない方は、非常に美味しそうだ。


「ちょっとは学校に慣れた?」

「え? 何それ嫌味?」


 茨木に言われたことを思い出し、僕は率直に聞き返した。すると蓮くんが吹き出した。


「いやいやいや、普通の心配心です。まだみたいだなぁ」

「うん。僕、慣れる日が来る自信が無いんだけど……」

「どちらかに入れば、即日で友達というか――『きゃーっ、隅州様』みたいな華族派閥か、『琉唯くんっ、素敵!』みたいなファンが出来ると思うけどな」

「それマ?」

「これマ」


 僕は遠慮なく蓮くんからエビカツを頂戴しながら、少し考えた。


「あのさ、友達はどうやったら出来る?」

「俺達もう友達じゃんっ!」

「いやもっとこう、テンション普通な感じで」

「おい!」


 蓮くんが咽せた。だって事実なのだから仕方がない。人を見た目で判断するのはよくないかもしれないが、この学校は制服での見た目区別が著しい。そうであるのだから、茶色のブレザーを華麗に着崩している蓮くんのチャッチャラした見た目からDQN方向で僕が予測したって悪くはないだろう。


「琉唯くん、冷たい……冷たいよ。俺の事嫌いなの? そうなのか?」

「ん? 普通だけど……」

「テンションねぇ……こう、一見優等生だけど蹴落とし合う腹黒テンションがお望みなら華族派、一見熱血青春テンションだけど時々血祭り(物理)が好きなら学ランかなぁ」

「もっと普通の人いないの?」

「俺」

「……転校したい……」

「そればっかりは……フォンスの養成校は、国内には他にないからなぁ。持って生まれた不幸――俺は、幸運だと思ってるけどね。だって、無かったら、こんな世界とはお近づきにもなれず、テレビの前でF型表現者に土下座の日々だからな」

「よくわかんない」


 僕は素直にそう言うと、蓮くんが腕を組んだ。


「あれだな、俺、考えたんだけど――琉唯くんは、力が強すぎて、今まで純粋培養されてきたんでしょ。茨木様が後見人なら、誰もこんなドロドロを耳に入れたりはせずにさ、ほら、大切に大切に大切にこの重爆の煮玉子レベルで保護されていたんだと僕は思うね。治癒が使えるわけだし――治癒は、ほら、派閥を超えてみんな欲してるし、世界有事の際には、派閥関係なしに、治してもらえないと、戦ってる時に大変だから」


 その声に、僕は眉をひそめた。


「戦う? F型表現者って、戦うの?」

「人類滅亡案件があった時のための、貴族制度だからね。貴族以外も、その時ばかりは、この学校みたいな場所で教育を受けた限りは、召集されると思うけどな……? なんで? 逆にどうして、戦わないと思っちゃったの? 俺達なんて、Sランクの能力者が指パチンしたら消滅だよ」

「……指パチン? けど、それなら、戦う前に消滅するんじゃ……?」

「そうならないように、配下のA以下からで、代理戦争するわけだ。ほらほら学校は世界の縮図――というのは、F型表現者の中でよく使われる定型句だけどさ、せめて力が弱いうちの学校生活程度の範囲で代理戦争をして、現実に被害を出してくれるなという大人の思惑だよ」

「え」

「それに在学中に相手のレベルを判断しておけば、社会に出てからあんまり勝てない相手には立ち向かわなくなるだろうという意識。どう思う?」

「――蓮くんは、力は強いのかもしれないけど、頭はあんまり良くないと思った」

「っ、げほ」

「それなら大至急どちらかの派閥にこもって、力なんかゼロです風に過ごして、戦いになっても広報で補給作業するような立場に落ち着いている人が、一番頭良いよ!」


 僕が必死にそう言うと、蓮くんが生温かい瞳をした。


「う、うん……ま、まぁそうかもな。そういう奴もいるよ。ただ力ゼロの演出は、サイコサファイアの判定や、測定器具があるから困難だね」

「僕その人がいる派閥に入りたいけど、具体的に誰?」

「――白野先生とか」

「へ?」

「中立派の先生方は、そのタイプ。ただ、残念ながら、俺達はまだ青少年だから」


 思わず口ごもった。やはり僕は、免許など持っていないが、教職員として学園に来るべきだったのだと確信した。茨木の馬鹿!


「所で、サイコサファイアって何?」

「それは永遠の秘密だよ。世界使用人連盟――ラシード=クリストフ機関に問い合わせないとならないから。ただ一節では、日本で発掘されたらしいけどなぁ……だから、この国に介入しようとする世界貴族が多いらしい。今は、クリストフ伯爵と宋伯爵の争いで落ち着いてるけど。日本人出身の世界貴族がひとりでも出てきたら、すぐに勢力図は塗り変わると思うな」

「Aランクでもなれるんでしょう? 総理がそうだとか聞いたし、蓮くんとかはなれないの?」

「世界貴族との間には越えられない壁が存在するからね。ま、比較的まともな伯爵家の介入だから、我慢するしかないよ」

「まともなの?」

「――大きい声で、そういう事は言わないように」

「あ、はい」

「……Sランクの公爵は素性不明――噂では、ラシード氏が生きていたとかとも言われてる」

「ラシード氏?」

「それは、歴史の教科書を読んで。その分だと、コースフェルトとかも知らなそう」

「うん、ごめん、全く」

「……はぁ。ええとね、それでSランクは残り、六名。内二名が日本に介入中。それぞれ他にも介入してるけどね。残りは、四名。一人は、嘘か誠か、紀元前から生きているというギルベルト様。名前しか下々の俺達には不明。素性不明者とあんまり変わらない。スミス様っていうあからさまな偽名の方と、な」


 一応頷いておいた。すると、蓮くんが続けた。


「もうひとり、サンジェルマン伯爵がいる。昔から目撃情報があった当人だと、その方は名乗ってらっしゃる。今は、侯爵位を賜ってるけど。ギルベルト様も侯爵様。謎のひとりしか公爵様はおられない」

「へぇ」

「この三人は、上位すぎて、誰も何も口出しできない。指パチンで消えちゃうから」

「……」


 僕はそこに入っているのかと、自分がちょっと怖くなった。


「残り二名が最悪。一人は、北欧で王族虐殺して、国を乗っ取った」

「――え?」

「今、あの一体は、その人物から名前を取ってグリード王国と言うんだ」

「……」

「もうひとりは、絶対王政で全部を従えた、東南アジア王朝の始祖、ネル様」

「な、何それ……」

「リアルに地を見た感じ。大量破壊兵器対F型表現者Sランク一名で、連合軍の大量破壊兵器保持国連合が負けたからね」

「えっ」

「ニュースとか、見ない人? 当時俺中3だったけど、よく覚えてるんだけど」


 僕がひきこもりを始めた年代であるため、僕は何も言えなかった。


「それでラシード氏がアラブ人だったから、アラブ方面は誰も手出ししてない」

「そ、そうなんだ、引っ越さないと……」

「うん、逆移民今はやばいよなぁ――それで、世界貴族のAランクの人々が、後見人に立った英国と米国は、今のところまぁまぁ安定してる。日本も、今、二つのSランクの内のどちらかが後見人に立って保証国になりそうだから、比較的安定してる」

「よく知ってるね……」

「情報統制前は、このニュースしか流れてなかったから……今は、世界滅亡案件として、開示請求しないと世界貴族でさえ見られないらしいけどな」

「僕は今後どうしたらいいんだろう……?」

「だから歴史の教科書読めって……あー、俺もどうしようかな。日本華族にはなれると思うんだけどな、どちらも利点が同じようなものだし、かといって学ラン組から政府関係者になって傀儡……あーあー、俺も本音を言うなら、世界貴族使用人連盟に所属して世界貴族の付き人になりたい!」


 そんなやりとりをしていたら、昼休みが終わった。




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