■11:無理
「怪我ってひどいだろ。鷹薙、本当に大丈夫なのか?」
するといつの間にか歩み寄ってきていた、学ランの生徒が口を開いた。
彼もAを出した人だ。大変男前に見える。結城様という人がキラキラした印象の王子様ならば、こちらは武将だ。どちらも男らしいのだが、とにかくそんな印象を僕は抱いた。
「青海くん、うん、ありがとう。平気だよ」
「そんなんだから華族にくっついてちゃダメだっていつも言ってんだろ」
「そんな、その、青海くん。違うの、私の不注意だから」
「青海、それは言いがかりだ。華族の全てが横暴なわけではない」
「だったらしっかり統率しろよ結城」
王子様と武将が、険悪なムードになってきてしまった。僕はこういう空気は苦手だ。
鷹薙さんというらしい女生徒もおろおろしている。
「ならば言わせてもらうが、そちらこそ能力を誇示するばかりで周りが見えていない愚か者たちの統率をしっかりとすべきだ。先日もどこの誰とは言わないが、子爵家の子息を、お前の下にたむろしている野良犬が暴行した」
「え? それ、マジかよ?」
「ああ。証拠を固めている最中だ。すぐに通報する準備は整う。しかし、お前がきちんと統制できるのであれば、処罰を一考しないでもない」
周囲に猛吹雪が舞った気がした。絶対、校庭の気温が下がっている。
今は春の真っ盛りなのに、これでは冬に逆戻りだ。
優しそうな華族のキラキラ王子様は、氷の王子様であり、冬将軍に守られているに違いない。
一方の怒りの炎で目をギラギラさせている男前の武将は、こちらは武将ではなくてうっかり冬眠から目覚めてしまった狼みたいだ。肉食獣みたいな顔をしている。
本当に、派閥があるらしい。
しかも仲が悪いし、どちらも怖いことをしている。
リーダーらしき二人はそれほど悪い人たちには見えないが、集団の全てがそうではないようだ。僕は、こういう怖いのは無理だ。
「へぇー! 世界貴族使用人が後見人なのか! そりゃ、編入もできるし、本当すごいわ! 治癒とか本当貴重だしな! 琉唯くんすごいな! 茨木様とは親戚かなにかなのか?」
そこに助け舟が来た。昼休みと全く変わらない明るい声で、蓮くんが割って入ってくれたのだ。彼は空気が読めるに違いない。あるいは相当読めないのかもしれないけど、どちらにしろ助かった。
「う、うん、そ、そうだよ! そんな感じだよ!」
話を変えるべく、僕はなるべく大きな声で頷いた。
すると目に見えて、周囲の空気がゆるんだ。
同時にチャイムまでなった。もう帰る。僕は教室に帰る!
「あー、今日の授業はこれで終わりだ! 解散!」
僕が必死で目で訴えたからなのか、先生が苦笑しながらそう告げた。
安堵した僕は二度ほど頷き、脱兎の如き勢いで逃げ帰った。
もう放課後だから、あとは帰るのみである。一番先に教室に戻り、とにかくカバンを持って、僕は校門を目指した。すると茨木の車が見えたものだから、全身の力が抜けて、泣きそうになってしまった。高等部生って本当に怖いんだなぁ。スクールカーストとかそういうレベルじゃない。多分それとはジャンルも違う。これが社会の縮図だったら、やっぱり僕は、ひきこもって生きていくべきだ。僕、現代社会に向いてない。
「おかえりなさいませ、スミス様。どうでしたか?」
「もう学校行かない」
「なんです? お弁当を一人で食べたのですか? それくらいで」
「違う、違うよ! 怖かったんだよ! 派閥が! 血を見そうだったよ!」
「暴力は忌むべき問題かもしれませんが、腹黒い策略まみれのドロドロした部分もかなり怖いですよ。なれてください」
「無理です!」
「あなたは無理だ無理だとそればかりですね。もっと前向きに! それで、友達は出来そうですか?」
「友達……」
言動を思い返すに、結城くんという王子様風の人はいい人そうだった。それをいうなら心配心に溢れていた熱血タイプらしき青海くんという人も悪い人ではなさそうだ。だが、二人共怖すぎて近寄りたくない。とすれば、話した人は――そう、もちろん蓮くんだ。しかし彼は、テンションが高すぎる。僕には難易度が高い相手だ。
「うん、無理かな!」
「また『無理』ですか。いい加減にしてください」
「僕は明日、何色の制服を着ていくべきかもわからないんだよ。どうしよう、これから。本当、どうしよう」
「茶色でいいではありませんか。友達がまだいないのなら、できるまでは中立でいいでしょう」
「だけど茶色の人、校内に一人しかいないんだって。先生は違うみたいだけど」
「別に中立だからといって、中立派と仲良くする必要もないでしょう? 華族派なんて内部抗争中らしいですから。全く同じ構図が大人の社会にあるので、高等部もそれを継承しているんです。家同士の仲が悪いので、うまくいかないんですよ、子供たちも」
その後家に帰り、夕食をとり、僕は長々とお風呂に入った。
気疲れした。一年分くらい動いた気分だ。
僕はいろいろできる気になって、自分がヒキコモリだったことをすっかり忘れていたのだ。絶対忘れるべきではなかったのに。
こういう時は、ゴロゴロして空想世界に逃避して、最終的に寝てしまうに限る。
ということで、僕は熟睡した。
なお、僕は寝ると、嫌なことは基本的に忘れてしまう。
意識の切り替えが早い点は長所だろう。忘れっぽさは短所だけど。
相変わらず緊張しながらも、茶色い制服を身にまとい、送ってもらって僕は登校した。
教室の扉を開ける。おはようと言ってみようか迷ったが、みんな僕の方をちらりとみたものの何も言ってくれないので、言わないことにした。誰にも返してもらえなかったら、かなり切ないと思うのだ。僕はこういう場面で、自分から元気よく挨拶をして、周囲に馴染んだりできないのだ。小心者の極みである。
ちなみに、紺ブレザーを着ている華族派の結城くんは、チャイムが鳴るギリギリに教室へやって来た。大勢の生徒が、彼の後ろに従っていた。また、学ランの反華族派である青海くんは、堂々と遅刻してきた。白野先生に怒られていた。
古典と英語の授業中に、僕は睡魔に襲われた。だけどチキンなので、生まれてから一度も、僕は授業中に寝たことはない。寝ない方がいいと思うから、これは悪いことじゃないはずだ。それに既に知っている知識を改めて教えてもらう形は、思ったよりも楽しい。書籍だけとは違う新鮮な見解も聞けるし、どれを耳にしても頭の中には情報があるのだ。予習復習をする人というのは、こういう楽しい授業経験を積んできたのだろうか。目からウロコである。
さて問題の昼休み。お弁当の時間の来襲に、僕はため息をつきそうになった。
今日もお弁当は美味しそうだけど、卵焼きをすぐ食べたいけど、だけど……ひとりきりでいる分には、なんの寂しさも感じないというのに、集団の中でぼっちだと非常に切ないのはなぜなんだろう。
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