■10:授業
午後になり、フォンス能力強化の授業が始まった。
まずは進級時最初の能力ランクチェックだそうで、一人ずつ並んで測定することになった。僕の番は一番最後だ。これは全クラス合同で再編成された班で行うらしい。トップバッターは、蓮くんだった。楽しそうな笑顔で、体重計のような器具に手のひらをのせている。すると針がくるりと回って、Aをさした。Eが左端で、Aが右端だ。
二番目は、紺色のブレザーを着た生徒だった。さっき教室で見た。紺色のブレザーの人々の中心にいた生徒だ。時折こちらを一瞥していて、目があった時、微笑んでくれた。なんだかいい人そうな感じがする。ただ測定時は、すっと目を細めて、端正な顔に真剣な瞳を浮かべていた。彼も、Aをはじき出した。周囲は、「すごいですね」「さすがです」「当然ですね」などと声をかけている。彼は華族なんだろうけど、僕の華族のイメージの中で一番優しそうだ。
続いて測定した生徒は、学ランだった。彼は、自信に満ち溢れた笑顔だった。彼もまたAをだした。周囲の学ラン集団が和気あいあいとした様子で、ほめたたえている。楽しそうだ。今測定した彼も、昼食の時に、何度か僕の方を見ていて、目があった時に笑ってくれた。だから彼もいい人そうだなと僕は思っている。
その後の人々は、Bランクが数人、多くはCランクやDランクだった。Eランクは少数だった。それを眺めながら、僕はたしか、茨木の言葉が正しいならばSランクなので、どんな測定値が出るのか気になった。だって今までは口で言われてきただけなのだ。明確に測定値が出たら、どうなるんだろうか。
最後に名前を呼ばれたので前にいき、必死に緊張を押し殺しながら手をのせた。
Eから順に動いていきAに到達した。それを見てほっとしていたら――針が測定器を突き破って、飛び出してきた。え?
「せ、先生……ごめんなさい、壊しちゃったみたいで……」
この班の担当も、担任の白野先生だ。僕はうろたえて、泣きそうになりながら、先生を見た。先生は目を丸くしていた。
「壊した? これが? この測定器が壊れた?」
「本当にごめんなさい」
「――お前の前まで正常だったんだよな?」
「はい……」
「ってことは、隅州お前、A+ってことか?」
「それはなんですか?」
「この器具は、Aまでしか判定できないんだ。だから強力なAやA以上は測定すると壊れるようになってるんだよ。いやでもまさかそんな……そんなんだったら世界貴族使用人連盟から連絡がきてるはずだしな。壊れてたのか。壊れることなんてあるんだなぁ。ま、まぁ気にするな! こっちで直しておくから!」
「本当にごめんなさい」
僕はとりあえず謝った。心底申し訳ない。壊したことだけじゃない。僕がSランクなのに測定したから壊れてしまったという原因を知ったことが何より大きい。この事実には、ちょっとだけ安堵しつつも、それでもやっぱり申し訳ない感がある。
それに、世界貴族使用人連盟からは連絡もきているわけで、僕はそれを公言していない。ちょっとは言っておいたほうがいいかもしれない。茨木さんに後見人をしてもらっているというのもそうだけど、言わないよりはましである気がする。言うか言わないかすら、この数時間で見解が変わってしまう僕は、自分の優柔不断さと考えのなさを嘆いた。
「あ!」
その時、大きな声がした。
僕を含めた周囲が視線を向ける。するとそこには、ひとりの女生徒が立っていた。
見覚えがある。昨日、百貨店で足を怪我した少女だ。
「昨日はありがとうございました! お礼もきちんとできなくて! どうしてここに?」
走り寄ってきた彼女が、僕に詰め寄った。至近距離過ぎて、腰が引けた。近すぎる。
「編入してきたんだ」
「あ、噂の! そうだったんですか! 本当に、本当に、昨日はありがとうございました!」
感涙したような顔をしている彼女を見て、僕は対応に困った。
僕はそれほど大したことをしたわけではないし、何より褒められたり感謝されたりするのが苦手なのだ。それより、ひとつだけ意外だったことがある。
彼女は、紺色のブレザーを着ているのだ。ようするに、華族派ということだ。昨日華族派だろうお嬢様に足を折られていたにも関わらず。
あと、噂という言葉も気になった。編入生が来たと、噂になっているのだろうか。なんか嫌だ。
「鷹薙、知り合いなのか?」
そこへ凛とした声がかかった。耳にすっと入ってくる透明感のある声だった。
声がした方を見ると、先程測定でAを出していた紺色のブレザーの男子生徒が歩み寄ってくるところだった。
「あ、結城様!」
――様? 僕は、露骨な敬称を聞いて、長めに瞬きをした。実は今でも、茨木にスミス『様』と呼ばれることに、僕はなれないでいるのだ。様付けには違和感を覚えてしまう。
「昨日、助けていただいたんです。その……七瀬様にお会いして不注意でお怒りをかってしまい、ご慈悲で通報はしないでいただいたんですが、足を……ぽきりと……」
「七瀬か……無事そうでなによりだ。もう足は大丈夫なのか?」
「はい! 完全にバキバキに折れてたんですけど、こちらの方が治してくださって! もう大会に出るのも無理だし、そもそも二度と走れないことを覚悟しちゃうくらいだったのに、一瞬でパーっと!」
「……治した? まさか……治癒のフォンスか?」
「はい! それに、後見人が世界貴族使用人連盟の、あの茨木様だそうです!」
「茨木様? 連盟理事のお一人の?」
「そうです! 七瀬様も茨木様が口添えしてくださったので、お許しくださいました!」
そういえば、治癒のフォンス能力は珍しいと聞いたんだっけ。それにしても茨木が理事というのは知らなかった。連盟理事がなんなのかもよくわからないけど。
「治癒のフォンスを持つ上に、茨木様が後見人をなさっているのであれば、編入にも納得がいくな。そうか――ありがとう、隅州くん。鷹薙を助けてくれたこと、彼女の怪我を治してくれたこと。その上、七瀬の度を過ぎた行為を仲裁してくれたことも。本当に感謝する。華族の代表として、貴方には借りができた」
「えっ、い、いや、いえ、そ、そんな!」
深々と頭を下げられて、僕はうろたえた。挙動不審になってしまい、うまく言葉が出てこない。そもそも茨木ってそんなに権力者なのだろうか……? 印籠どころの騒ぎじゃないのかな?
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