■9:制服


 翌朝、僕はいつもよりも早く、朝六時に起こされた。

 そしてクローゼットまで案内され、眠い目をこすった。


 なんと、三種類の制服がある。しかもそれぞれに、たくさんストックがある。ブレザーが二種類と学ランが一種類だ。金縁の紺っぽいブレザーに同色のネクタイが一つ、もう一つは茶色っぽいブレザーに橙色のネクタイだ。一体どれを着たらいいんだろうか。首をかしげると、茨木さんが茶色に手をかけた。


「華族派は紺、華族派でないF型表現者が学ランと決まっているそうです。どちらでもない場合は、この茶色です。どちらかの派閥に入ると決めたら、そちらをお召しになってください」

「その二つはどう違うの?」

「華族派は、華族の出か、彼らに従う取り巻きなどです。反華族派はF型表現者であれば家柄などの垣根はないと考えるものが多いようです。茶色を身に付けるものは、そのどちらにも属さず、取り巻きではありませんが華族には従いますし、反華族派とも付き合いがある者です。なお、華族派の中には、さらに大別してクリストフ派と宋派とその他派がありますね。またさらにそのそれぞれの中にも華族の家ごとに派閥があるそうです。反華族派は独立派とも呼ばれているようですよ。よく言うのであれば、日本人であることに誇りを持つ愛国者の集まりです。日本人は平等であると唱えていることもあります。ただし能力至上主義の側面も否定できません。力の弱い華族よりも優れたものがいると主張することもあります。どちらにしろ、華族派も反華族派も声が大きい人々です。なので茶色の制服をまずは纏い、学内の派閥をよく見極めると良いでしょう。困った際には、私が後見人をしていて、私の親戚であると公表してください。良いですね?」

「はい!」


 茨木の名前が、水戸黄門様でいうところの印籠だということは、もう身にしみている。


 派閥についての情報は、頭には残らなかったが、茨木がすごい人なのだろうということはわかる。困ったときの茨木だ。僕は虎の威を借る狐になる!


「ほかに何かご不安なことはございますか?」

「友達できるかな?」

「あなたは二十七歳でしょう? 少なくとも、中身の実年齢は。高等部の生徒を相手に何を恐れているんですか? 過去にいじめの被害にでもあったんですか?」

「いじめにはあってないけどさ……ぼっちとか切ないよ。お弁当とかひとりで食べるのかな?」

「昼食なんて一人でどんな問題が? 子供を相手にしているんだと、大人の意識で乗り切ってください。確かに最近の高等部生は優秀なものが多いと聞きますし、あなたの中身は未だに子供のようですが、社会経験のひとつやふたつはあるでしょう? 亀の甲より年の功というじゃありませんか」

「そ、そうだね」

「ここ数日まであまりしっかりとスミス様とはお話していなかったので気づきませんでしたが、あなたは結構ウジウジしていて鬱陶しい性格ですね」

「ごめんなさい」

「だから謝らないこと! いいですか、弱みも見せない! 侮られない! もっと自信を持って! これじゃあ介護というより、社会復帰指導です! 思ったことははっきりいう! いいですね?」

「最近話していて思ったけど、茨木は結構性格がきついよね!」

「……今は思ったことを言わなくて良いのです。学校での話です」

「あ、うん」


 頷きつつ、なんだか、色々とこうして言い合っている方が、仲良くなれた気がしてちょっと嬉しい。その後、本日は和食のメニューを食べてから、お弁当を受け取った。給食ではないらしい。そして昨日と同じ車で、校門正面まで送ってもらった。


「今後も送迎いたします。不要時はご連絡くださいね」

「不要時?」

「学校帰りに遊びに出かける場合や、デートなどです」

「そんな日は多分来ないから気にしないで」

「もっと入学後の生活に期待を持ってください! リア充への第一歩を踏み出してください!」

「八十七歳でもリア充なんて言葉知ってるんだね。じゃあね! 行ってきます!」


 車を降りて、僕は校門を抜けた。僕は編入扱いの転校生だから、入学式には出なかったのだ。ぶっつけ本番で今日からクラスに入って、簡単に自己紹介をして、そのまま授業に出るらしい。最初に職員室へと向かった。担任の先生に会うのも、今日が初めてなのだ。

こんこんとノックをすると中から返事があったので、恐る恐る扉を開けた。こんなの何年ぶりだろう。そして、僕は職員室を見回し、硬直した。


 僕の記憶が著しく改変されていないか、常識通りなら、先生方には制服はないはずだ。それなのに、机の列がきっぱり三つに分かれていて、紺色のちょっと豪華なスーツ、ジャージ、茶色をふんだんに取り入れた私服の三種類の制服じみた服装の先生方がいたのだ。明らかに生徒の制服と同じ色合いで、席の位置まで分かれている。なにこれ。おどおどしている僕のところへ、その時にこやかな表情で、お爺さんが歩み寄ってきた。校長先生らしい。校長先生は茶色だ。


「やぁ、君が隅州くんだね。よろしく」

「よろしくお願いします」

「白野先生ちょっといいかな?」

「はい」


 校長先生の声に、茶色いジャージの先生が歩み寄ってきた。

 黒い短髪の先生で、背が高く、よく日焼けした肌をしている。筋肉質に見える。体育の先生っぽい印象だ。


「今日から編入する隅州くんだ。担任として、よろしくね」

「はい。そうか、隅州だな! よろしくな!」


 精悍な顔立ちで、先生が笑った。僕は茶色いブレザーを着ているわけだけど、だからといって阻害する感じではない。ただ、そんな僕らを見て、おそらく華族派なのだろう先生方は忌々しそうな顔をしていた。怖い。職員室にまで派閥ってあるんだ……。


 それから僕は、担任の白野先生に連れられて、教室へと向かった。

 二年一組だ。

 先生に続いて、緊張しながら、中へとはいる。

 そして室内を一瞥して、泣きたくなった。

 なんと教室の中には、茶色いブレザーを着ている生徒が、一人もいなかったのだ。みんな学ランか紺のブレザーだ。きっぱり分かれている。


「ええ、今日から編入する隅州琉唯くんだ。隅州、自己紹介」

「は、はい! 隅州と言います! よろしくお願いします!」

「……んー、それだけ?」

「そ、それだけじゃ……ダメですか?」

「趣味とか、そうだなぁ、得意なフォンスとか」

「無趣味で……フォンス能力のことはあんまり知らないです」

「そうかそうか、ま、そういうこともあるわな。編入できる才能があるんだから、知識はこれから付けていけばいいし! ここはフォンス能力強化特化クラスだから、みんなすごい生徒ばかりだ。めきめき実力をつけられるぞ! 切磋琢磨するように! じゃ、席は奥の窓際な。一番の特等席だからって、あんまり授業中に寝るなよ!」


 バシバシと僕の肩を白野先生が叩いた。

 ……強化特化クラス?

 そんな話は聞いていない。僕、大丈夫なんだろうか……。


 不安でいっぱいだから、うつむきながら、席へと向かった。そうしたら、途中で足を出している人がいた。これ、知ってる。古典的ないじめだ。転ばせるやつだ。僕は踏まないように慎重に歩いて、無事に席へとたどり着いた。ちなみに足を出してきたのは、学ランの生徒だった。それだけは覚えた。


 こうして授業が始まった。このクラスでは、午前中には普通の高等部のように授業をし、午後はすべての時間を使ってフォンス能力を強化するらしい。本日の午前の授業は、すべて復習テストだった。二年生の始まりだからだろう。幸い全部わかる問題だった。もちろんフォンス能力で勉強したおかげである。今なら僕は難関大学にも合格できるだろう。そんな気力はないけど。


 さて、待ちに待ったお昼ご飯。僕は緊張しながら、席でお弁当箱の蓋を開けた。

 ちょっとびっくりするほど美味しそうなおかずが並んでいる。

 頬がゆるんだが、直後、現状を思い出して、俯いてしまった。


 もちろんここまでずっとテストだったから仕方ないんだけど、誰とも話していないのだ。

 休み時間は、みんな参考書をタブレットで閲覧するのに必死だったからだ。


 恐る恐る教室を見回してみる。すると派閥ごとに集まって食べていた。どちらかにはいらなければ、僕はずっとひとりごはんなのだろうか。


 その時、ガラガラと教室の扉が開いた。


「編入生って誰誰誰ー?」


 テンション高くはいってきたのは、茶色いふわふわの髪をした生徒だった。

 男子生徒で、僕と同じ、茶色い制服を着ている。

 僕が返事をする前に、その人は、こちらに気づいて歩みよってきた。


「はっじめましてー! 俺は、高杉蓮っていうの。よろしくー!」

「よろしくお願いします」

「硬い硬い! もっと和やかに! 俺たちタメだから! 俺、隣のクラスだよー! 名前はなんていうの?」

「隅州琉唯だよ」

「琉唯くんね! おっけ、俺のことは蓮ちゃんでいいから!」

「は、ははは」


 僕は思わずから笑いしてしまった。ちょっと相手のキャラが濃すぎる。テンションが高すぎる。緊張状態の僕には、荷が重い。僕は別に、ノリがいい人が嫌いではないのだ。だけどいきなりテンションが高すぎる相手と話すスキルがないのだ。


「俺さぁ、報道部なのね。報道部っていうのはさぁ、学園新聞と何日かおきにお昼休みの放送をするのがお仕事なんだ。放課後とか清掃時間にBGMながしたり。それで、学園始まって初めての編入生に、みんな興味津々だから、インタビューしたいってことでさぁ、食べながらでいいから付き合ってよ!」

「う、うん、わかった……ええと、編入生って僕が初めてなの?」

「そーだよ。旧西暦の頃から、ひっそりとこの学園ではF型表現者を育成してたんだけど、公になってからは少なくとも初めて。ひっそりのころは、秘密だったからまるっきりそういうの無し」

「そうなんだ」

「ちなみに茶色の制服とか度胸あるね! 校内で茶色派は、今のところ俺だけだから、仲間できてすっげぇ嬉しいよ! 何日もつつかも含めて興味ある!」

「――どういう意味?」

「どっちかの派閥に入らないとイジメひどいんだよ」

「イジメ……」

「内心茶色でも、紺か学ラン着てるやつばっかりでつまんないの」

「蓮くんはイジメにあわないの?」

「あー、ちゃん呼びは拒否なのね。うーん。うーん、まぁね。あれ、あのさ、もしかして琉唯くんって帰国子女かなんか?」

「違うけど」


 帰国子女? それはこの場とは違う価値観を持っていると思われたということだろうか。


 僕は、若い子の常識はずれのことをなにか、言ってしまったのだろうか。

 なにか不自然だったのだろうか?


「じゃ、フォンス能力認定試験無い学校から編入してきたんだなぁ。全国ランキングに俺の名前出てるはずだし」

「なにそれ?」

「成人するまでフォンス能力のランクは、正式発表されないんだけどさ。内々にどの学校でも大体、校内でチェックしてるんだよ。ここに集まる前の義務教育中に。それをもとにランキングも作られてるんだ。でさ、聞いてよ、俺、Aランクなの! すごくない? 今のところ、日本人では総理大臣一人だけなのにさ!」

「あ、うん、すごいね」

「しかもこの学校、ほかにも二人Aランク確定の奴いんの! 日本の未来は明るいね! 内々とはいえ確定してるのに、世界貴族使用人連盟から声かかってねぇから、さすがにそれは無理だろうけど、少なくとも出世は確実! そんな俺をいじめられる度胸の持ち主なんてなかなかいないんだなぁこれが。ただ筆記試験が壊滅的にできないから、二組なんだけどさ。それでも強きは勝つんだよ!」

「なるほど」


 妙に納得してしまった。きっと校内でAランクが確定しているというのは、茨木の持つ印籠効果に近い影響力があるのだろう。


「だけど琉唯くんは、一体どうやって編入したの?」

「え? 試験を受けたよ」

「それって変。政府指定の義務教育校は全部フォンス能力認定試験やってるから、最初っからここに入学してるはず。そうじゃない例外の琉唯くんはどこかの華族の関係者のはず。だから学ラン組は、空気読んで、話しかけてないじゃん」


 さっき足を引っ掛けられそうになったけどね!


「それなのに、紺ブレじゃないってことは、華族に喧嘩売ってるよね!」

「そんなつもりはないけど」

「じゃあじゃあ華族の誰に紹介されたの?」

「誰にも紹介されてないんだ」

「えええ? 華族の紹介なしに、編入なんて無理でしょ。先生方の誰かの知り合いだったとか?」

「それも違うけど……運が良かったのかな?」

「ほう。その回答は想像してなかった」


 蓮くんが腕を組んだ。僕は茨木の名前を出そうか思案したけど、余計なことは言わないほうがいい気がしてきたのでやめた。それからも彼はひとしきり話、時折メモを取っていた。このようにして、僕のぼっち飯は避けられたのだけど、明日からの制服選びをどうすればいいのかわからなくなってしまった。




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