■(10)追記
さて、箱船に記されていた原初文明と葦原文明について少しだけ追記する。
原初文明が滅びた理由は、キニ――ムーブ能力が理由である。
恐らくS群に属する能力者だったのだろう。大洪水を起こしたと予測される。また、コースフェルトはメリットが無いと記していたのだが、葦原文明においてテイテンが広がったのもまた、S群能力者(中つ国の一柱すなわち神)の力であるようだ。
古事記等において古代の天皇の寿命が長かった事がA群やS群に関連しているのか、天照大神からの神託が鏡を用いたコスモスだったのか、オロチが具現化能力の産物なのか等は、想像するしかないし、何の確証もない。けれど、単純に今とは一年の数え方が異なり、半年で一年と数えていたから長寿だと記されているとする理論ばかりを信じる必要もなくなったのである。
また、原初文明の痕跡は、日本で発掘された箱船内の記述のみで、何も残ってはいない。
よって原初文明が架空だった可能性や、原初文明の前にも他の文明が存在した可能性すらある。まだまだ分からない事ばかり、不明点だらけであると言う事だ。そもそもシュメールの言葉を使った理由すら分からないのだから。
ただ一つだけ明確に分かる事は、原初文明がフォンス(超能力)で滅びた事、及び恐らくではあるが、『アーシエ』と刻まれていた葦原文明に、滅亡という悲劇をもたらしたのも同種の者であった可能性だ。
キニ、あるいはユメグ、少なくともムーブと具現化能力は大変危険であり、その使用者がS群に分類されるのであれば、人類にとっては絶望的な災害が起こると言う事である。
仮に――それらがパンドラの箱だとして、唯一最後に残った希望を挙げるとするならば、それは、能力を持たずとも――持たない人間、あるいは無意識的にだとしても封印した人間で溢れ、『科学知識』をもってして、人類を存続させてきたという我々の歴史である。箱船を発見した知的な者は、他の生物だったのではなく、ホモ・サピエンスであった事は間違いない。この事実は、誇っても良い事であろう。
所で、ラシード氏の血の繋がらない娘達夫婦、ならびに孫達について記す。
彼らの血は、今なお生きている。しかし、彼らが能力者の全てではない。寧ろ、世界的規模で見れば、新たに生まれた人類の中に、多くのフォンスの持ち主が存在する。フォンス能力は、人種・性別・年齢を問わない。知能すら問わない。ただ、『生まれ持っているか否か』は問う。遺伝研究は途中であるが。
しかしながら、このフォンスという能力の存在の有無は、新たな価値観をもたらしつつある。差別という概念で言うのであれば、能力の有無による差別・逆差別が横行しているのだ。
最後になったが、この記録を残した私について、少し記述する。私は、なるべく客観的に記す努力をしてきたが――シュメール文明の遺跡で発掘作業をしており、粘土板から日本語ではないかと見いだした研究者が即ち私である。
箱船に同行したのも私である。
そして私が日本語を解読できたのは――……紛れもなく『コスモス能力』の賜物である。箱船の中に限ってではあるが、あの文字列からは、過去の事を幾ばくか読み取る事が出来た。石の記憶があの場においては風化していなかったのである。
私は、周囲に公言したことはないが、昔の概念で言うならば、接触によるサイコメトリー能力を持っている。だから当時の私は、日本について、全く知らなかったというのに、日本フリークのふりを必死でしたものである。私は恐らく、3群の能力者なのだろう。
死期が迫っている。よって、ずっと心の内に抱えていた真実を、どうしてもどこかに吐き出し、同時に残したくて、これを綴った。
もう一つ重大な告白をすると、ラシード氏の次女の夫とは、私自身のことである。私の両親は中国人であり、国籍はそのままに、渡米した際に妻と出会った。よって私の戸籍上の長子は、箱船から生まれた女児なのである。その娘の子供――即ち孫を、私は実の血縁者と同様の気持ちで抱く事が出来たと思うし、大変幸せだった。実を言えば、曾孫も抱いた。現在は、2017年である。科学技術も、より進んだ。
思えば、義父であるラシード氏は、私の能力を知っていた節がある。
また私の妻も、直接話し合ったことはないが、得意な能力を有しているように思う。だが、その形質が遺伝子を越えて、受精卵に届いたとは考えがたい。だから、私の長女の持つ能力は、彼女の真の両親から受け継いだ可能性が高いし――何より、彼女自身のものだろう。
なお、ラシード氏が能力者を養女や婿としたのは、彼本人もフォンス能力であったからだと私は思っている。しかも彼は、少なくともA群の能力者だ。亡くなった以上、不老不死の確率が非常に高いS群とは言い切れないが、その可能性すら捨てきれないだろう。S群能力者も、場合によってはなくなるのだと箱船の記述にはあったのだから。
だから、ラシードという名は、最後に名乗っていた名前としたのである。恐らく彼は、アラブ人ですらない。彼は、人生と命を賭して、何かを成し遂げようと考え、箱船を発掘させたように感じられる。私は、今でも義父を尊敬しているし、あの世に逝ったら、是非彼と再び話がしたい。
今でも鮮明に、日本のあの山の紅葉を思い出す。
私のこの記録は、恐らく誰も読まないかも知れないし、読んだとしても信じられない事なのかも知れない。妄言と思ってもらっても構わない。それでも良かったら、これを記した一人の男が、確かに存在した事だけは、記憶のどこかに刻んで欲しい。読んだ貴方に幸運が訪れる事と、それがあるいは運命である事、何より貴方の助けになる事を、私は祈っている。
2017年6月18日 宋 郁仁
***
――手稿を閉じた茨木は、目を細めると、天井を見上げた。
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