■(8)コースフェルトの分類
コースフェルトの打ち立てた理論の中で、フォンスの分類の他に、非常に重要な二つの仮説がある。
一つ目は、『外思念弁別機制』である。これは、山羊・羊効果を内的に考察した代物だ。
そもそも山羊・羊効果とは、『信じる観衆の前では成功率が高く、信じない観衆の前では失敗率が高い』という理論だ。
コースフェルトは、『例えそれがフォンスの発現に至らずとも、全ての人間は思念(考え)を有している。そしてフォンス能力者は、コスモスかムーブのいずれかしか強く発現しない事が多いが、全員が思念を利用するため、他者の考えを読み取るコスモス能力を微弱ながらも有している。結果的に、観衆の賛同や否定の思念を、コスモス能力で無意識に読み取ってしまう。その為、古来から発現率に差が出てきた。しかし、「外思念弁別機制」という、他者の思念を遮断、あるいは好意的なものだけ受け取る防衛規制に近い精神的な機序を想定すると、必ず成功する場合が考えられる。多くの場合、この規制が働いていないため、失敗確率が上がる。無論プレッシャーなどもあるかも知れないが、無意識にコスモス能力を有する人間が、他者の応援でいつも以上の力を発揮するのもこの機制が有益に働いた場合であることもある』と述べたのである。
恐らくではあるが、近年目に見えてフォンス能力者が増加した理由の一つは、この機制が適切に働く人間が増加したからであると考えられる。
増加した理由の一つが、『古代日本人の復活』だと考えるのは穿ちすぎだろうか。
彼らが有していた外思念弁別機制を、多くの人々が、コスモス能力で読み取り、自分のものとしたのではないのか。そのように考えることも可能だろう。呼び水となって広がった可能性もある。
――断言できるのは、確かなことは何も分からないと言うことであるが……。
さて、二点目の重要な仮説は、『コースフェルト衝層圏』の存在である。
これは、コースフェルトが、『何故フォンスを使える者と使えない者がいるのか』という点から打ち立てた理論である。結論から言って、使えない者は一生使うことが出来ない。
フォンスは、遺伝しない。脳のMRIをとったり、ゲノム解析結果から調査しても、フォンスに関わる事柄は、現時点までには見つかっていない。強いて言うならば、MRIの場合、前頭葉の活動が活発化することが傾向として認められている。
コースフェルトによれば、フォンス(超能力)とは、内因的な遺伝性のものでは無いのだ。中には、遺伝する――場合によっては、遺伝に限らず、ある理由から先祖代々使える家系も存在する。それは否定しない。
だが多くの場合は、一世代限りの個人のものだとされている。ただし、生まれつきの能力である事が多く、後天的に習得することは稀であり、突然使えるようになるパターンは、それまで能力が眠っていただけだと考えられるそうだ。
学習により向上するフォンス能力は、限定的なものであるとされている。
ただし例外もある。必ずしも、非能力者に継承できないわけではないのである。
では、何が使用可能か否かを分けているかというと、それが、個々人の無意識に近接した場所にある『コースフェルト衝層圏』なのだとしている。
コースフェルトは、古典的精神分析学の、意識、前意識、無意識を援用して説明している。
通常人間が自覚できるのは意識である。そして無意識にある事柄は、基本的に前意識における防衛機制が働き、努力しなければ自覚できないとしている。
これは根本概念であり、現在はさらに多種多様な理論がある。だからあくまでも、概念説明のために、分かりやすくフロイトの理論を彼は用いたに過ぎない。彼は他に、独自の意識の分類なども行っているが、そちらが注目されることはあまり無かった。
さて、コースフェルトによれば、フォンス能力者とは、『コースフェルト衝層圏』という内的・心的世界を、意識・前意識・無意識の枠組みの他に持っているのだという。
本来それは、無意識に属しているため知覚困難である。主に、外思念弁別機構があるのも、無意識に属しているコースフェルト衝層圏であるという。
そして、コースフェルト衝層圏は、能力が強力になればなるほど、その範囲が、前意識、そして『意識』にまで広がるのだという。ただし、意識に属しているコースフェルト衝層圏も、通常は知覚できないとされている。その理由は、『世界の基盤が壊れてしまうから』であるそうだ。
コースフェルト衝層圏とは、心的表象と呼ばれる、クライン派の概念で言うならば摂取性同一視など、外界の様々な事柄を内的に受け取り、それらが浮かんでいる無意識層と表裏一体の鏡面のような場所なのだという。
さらには、ユングの分析心理学の観点の集合的無意識に通じている場所も、そこであるというのだ。
よって、コースフェルト衝層圏には、さまざまな思いや、定義が曖昧になってしまうが、俗に言う『本能』のような所から溢れてくる人類共通のイメージなどが、渦を巻いているのだという。
同時に、勿論そこには、良い意味でも悪い意味でも自分自身の想像が存在している。ただし基本的には断片化しているため、全体像を知ることは出来ないのだ。人間の理性的理解を外れた場所にあるため、そもそも認識できないのである。
だが、強力な能力者になれば、思念を用いて、特定の想像を、コースフェルト衝層圏の中で行う事が出来る。
本人にはこの時、コースフェルト衝層圏で想像しているという意識は無い。
だが、フォンス能力者は、コースフェルト衝層圏で思念イメージを固めているのだ。そして非能力者は、意識の領域で想像力を駆使しているのである。『仮に衝層圏を知覚・認識し、理解する事が出来たならば、その人間に不可能はないだろう』と、コースフェルトは述べている。
もっと分かりやすく言おう。パズルを想像して頂きたい。
巨大な写真と、それと全く同じ絵を持つ、何百ピースもあるパズルがそこには存在する。
一般の人間(非能力者)は、写真しか見る事が出来ない。
また、その細部を認識できない。
実は害虫で、その写真が描かれたものであったとしても、完成図しか認識できないのだ。
一方のフォンス能力者は、パズルのピースがある程度まとまりは待った時に、完成図を予想できる。パズルのピースが存在する事は認識できない――それが無意識に属するコースフェルト衝層圏である。
そして、まとまりを持って予想した時、即ち想像可能になった時に初めて、フォンス能力を使用できる。
しかしこのまとまりを、複数把握する事は難しく、最も大きなまとまりから想像する為、一つの能力に特化する。
強力な能力者とは、このまとまりを大きく捉えられる者であり、パズルを全て完成させる事が出来た者は、非常に優秀な能力者であると言える。
――だが彼らは、パズルをしつつも、ピースを認識できないのだ。
コースフェルト衝層圏を認識するというのは、パズルピースの存在を、バラバラの状態でも認識可能であり、何一つ組み立てなくとも完成系を想像できるという事なのである。
組み立てていないパズルピースには、完成系に様々な可能性がある。その為、何でも出来るというような理屈だ。完成させる事が出来る人間はすごいが、完成させずともピースの存在を認識し、それがパズルであると認識した上で、完成系を想像できる人間もすごいと言う事である。
パズルピースに例えたのは、コースフェルト衝層圏において人間は、『既に世界から受け取っている表象を元にしてしか想像できない』からである。
仮にパズルピースで、完成する絵を自在に変更できる人間であっても、それは代わらない。
――だが、ごく一部の例外が存在するだろうとコースフェルトは言う。
それは、パズルピースではなく、絵の具を持つ者であり、表象すら自由に描くことが出来る存在なのだという。
この理論から、彼は能力の強弱を分類した。
1:無意識に属するコースフェルト衝層圏を持つが、外思念弁別機制を持たない者。
即ち、パズルピースが存在する世界を持っているが、ピースの存在にも気づかず、常にそのピースは周囲の刺激で形を変え、永遠にまとまりを作ることが困難な人間である。
これは全ての能力者の根本であるが、一生このままの状態であれば、『単純に人の意見に影響されやすい人』と扱われて終了し、能力が発現することはないと考えられる。
2:無意識に属するコースフェルト衝層圏を持ち、外思念弁別機制を持つ者。
彼らは、自分が受け取ったパズルピースを、そのまま保持できる。よって小さなまとまりではあるが、パズルを組み立てることが可能となる。しかし、組み立てたとしても、何が描かれているか読み取ることは出来ない。
その為彼らは、『理由は分からないが、「必ず」スプーンを曲げられる』というような、あまり世界に影響力はないが確固たる能力を常に示すことが可能だ。また、アルボス型パーソナリティ障害は、この状態であると考えられる。彼らは、自分がパズルをしていると理解できないのだ。
3:知覚は出来ないがコースフェルト衝層圏を持ち、外思念弁別機制を持った上で、想像力を駆使できる者。
彼らは大きなまとまりをパズルで作成でき、そこに描かれていることを読み取れる。その部分に描かれているのが、コスモスから始まる各種能力である。
4:これは3を前提に、複数のまとまりを認識できる者である。
なお、巨大なまとまりを持つ3群と、小さなまとまりを複数認識している4群であれば、どちらが優れているとは言えない。よって3群と4群は、各個人の能力の有用性によって評価されるべきだとコースフェルトは考えているようだ。4群の人々は、複数のまとまりから、複数の想像が出来るわけである。
5:彼らは、パズルを完成させることが出来る人々だ。勿論、外思念弁別機制は有している。
彼らは、強い力を持ち複数の能力を用いることが出来るだろう。その内容は、個人史の仮定で得た表象による想像力に依存する。オリジナリティのある能力の使い手といえる。
ただ一つ言えることは、この群の人々は、『使える能力が、決まっている』という事だ。沢山の力を使えるため、様々なパズルの完成図を想定できるが、基礎となる能力は限定的である。個人差はあるが。
A:さて、上位の分類であるが、彼らは、コースフェルト衝層圏を『意識的に知覚し、理解できる人間』である。彼らは、『自分がパズルをしていること』に気がついているのだ。
この人々は、1~5までの人々とは根本的に異なる。ピースを見ただけで、全体像を把握することも可能なのだ。彼らの能力は、『限定的ではない』という特徴がある。なぜならば、どのような完成図でも生む出すことが理論的に可能なのだ。無数のピースを自在に組み合わせ、好きなようにパズルを完成させることが出来る。
よって、『使える能力は、決まっていない』のだ。全ての能力を使用可能である。ただし彼らは、『世界を破壊するような事は出来ない』のは間違いない。なぜならば、全てのパズルピースは、彼らの場合は、自己の想像から生み出すことが可能なピースもあるが、やはり大部分は、既存の外的社会からの表象に依存しているからである。
彼らは、一見何でも出来るように見えるだろう。しかし彼らには、例えば根元的なことを言えば、『種を滅亡させる』というような選択は取れないのだ。
S:最後になるが、この存在は、めったにいないと言うより、実存するかも大変怪しい。彼らもまた、外思念弁別機制を持っているが、彼らは仮にその機構を持たずとも、何ら問題はないだろう。
寧ろ、周囲の考えをねじ曲げ、周囲が自分に賛同しているという世界に浸ることすら可能であろう。何より彼らは、コースフェルト衝層圏をA群同様知覚・理解しているのだが、その上で、『作り替えることすら可能』なのである。
A群ですら、かなり特別な存在である。
しかしS群は、存在したら奇蹟と言えるような、人知を越えた存在であると表して差し支えはない。彼らに不可能はない。
彼らは、『世界を自在に作り替えることも可能』だと考えられる。『破壊』『人類という種の滅亡』その何もかもが、彼らには可能なのだ。なぜならば、彼らは外的社会から受け取った表象すら、自分の都合によって、変形させることが可能だからである。彼らは、パズルなどしない。絵の具を持って生まれたに等しい。
彼らは、自由に白いパズルピースで完成したキャンパスに、想像した事柄を描くことが出来るのだ。彼らを、『神』であると呼ぶことも可能だろう。
このようにコースフェルトは分類したわけである。だが、論文にしてはいささか抽象的だ。彼は、この各群に、わかりやすい能力分類も設けている。
1:感受性が高いだけとご認識されるような人間(意図的に能力を使うことは出来ないし、失敗率が高いか、能力の存在にすら気づかない)
例:相手の気持ちを無意識に読み取る。勘が鋭い。等。
典型的コスモスのみの能力者。
2:非常に微弱で周囲に影響を与えることはめったにないが、能力が発現する人間(ただし1群同様、意図的に能力を使うことは出来ないし、失敗率が高いか、能力の存在にすら気づかない)
例:アルボス型パーソナリティ障害(ポルターガイスト現象)を起こすなど。
典型的なムーブ主体の能力者。
3:確実に能力を発現できるが、数は一種類である。その際、能力は各個人によって強弱が代わる。
例:(弱)確実にスプーンを曲げられる/(強)確実に車を静止させられる。等。
ムーブが大半、治癒が一部。
4:確実に能力を発現でき、数が複数である。その際、能力は各個人によって強弱が代わる。
例:(弱)念写/(強)相手の心を読み、先回りした場所でムーブによる攻撃が可能。
コスモス、ムーブ、治癒、また、場合によって具現化が使える。
5:非常に強力な能力を複数、確実に使うことが出来る。3群と4群の上位層を複合したタイプ。ただし各個人により、使用できる能力の種類は決まっている。
例:相手の心臓をムーブで破裂させると同時に、治癒で再生する。
4群同様コスモス、ムーブ、治癒、また、場合によって具現化が使える。
A:種の存続を害しない限り、自由に複数の強力な能力を使用可能。影響を与える外界が滅亡の危機に瀕しない限り、何でも可能。
例:しいて挙げるならば、不老長寿。
何でも可能。ただし、物体の再構成と、不死は、人間の枠組み的に困難だと推定。
S:種の存続を害する事が在ってさえも、自由に複数の強力な能力を使用可能。仮に自分自身すら消滅する危険性があっても、何も出来ないことはない。
例:しいて挙げるならば、不老不死、テレポート。
不可能はない。
以上である。さて、歴史を振り返ろう。
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