第5話 2日目ー1


 翌日の朝食は卵サンドとトマトスープにした。


 本当に「神力」を使った魔法は便利だ。

 確かに地球なら買えば簡単に手に入るんだが、身の回りの物で創造してしまえるんだから、魔法の方が便利さでは上だな。



「ほら、これを使って、歯を磨くんだ」


 こっちの世界にも歯磨き用のブラシは有るが、ほぐれ易い植物の小枝を叩くか嚙み砕くかしてブラシ状に加工するんだ。

 昨夜も2人は肌身離さず抱えていたカバンから取り出した歯ブラシを使っていた。

 構造上、地球で使われている歯ブラシの方が磨き易いのは明らかだし、子供用の歯磨き粉も用意してあるから、こっちの方が虫歯予防の効果が高い筈だ。

 味が付いているから間違って飲み込まない様に注意して歯磨き粉を歯ブラシに出してから渡したが、なんか子育てをしている親の気持ちになってしまった。


「なんか、スース―するの」


 ゆすいで歯磨き粉を吐き出した後でベスが笑顔になりながら話し掛けて来た。

 

「スッキリしただろ? さ、そろそろ片付けて出発するぞ。忘れ物は無いな?」


 2人とも荷物を確認して返事をしてくれた。

 目立たない様に、服装は敢えて元々着ていた襤褸切ぼろきれに着替えている。


「ないの」

「大丈夫です」


 うん、2人とも賢いぞ。


 昨日とは逆のルートで王都のスラム区域に戻って来たが、特に見張られている事は無かった。

 気配感知にも特に怪しい反応は無い。


「こっちなの」


 転移の為に俺の手を握っていたベスが、その手を引っ張って俺を案内しようとした。



 孤児院に居た子たちは、或る日いきなり12人全員が追い出されたみたいだ。

 上は11歳から下は1歳半の赤ちゃんまで、例外は無かったそうだ。

 孤児院に入る前に浮浪児をしていた最年長の子が昔使っていたねぐらに、12人が潜り込んで寝ているそうで、残飯を探す際は動ける9人が4チームに分かれる事で効率を上げているとリックが教えてくれた。


 子供なのに生きる為に必死になっている。

 本当に酷い話だ。

 思わず八つ当たりで王城に雷でも落としてしまいたいくらいだ。



「ベッキーねえ、ベスとにいに、かえってきたの」


 そう言ってベスが声を掛けたのは元は倉庫だったと思われる建物だった。

 よく12人も寝られるねぐらが在ったなと思っていたが、屋根が落ちていて壁だけが残っている廃墟だった。

 雨が降れば、確実に濡れてしまうねぐらだから、誰も使っていなかったんだろう。

 外から扉を勝手に開けられない様につっかえ棒をしているみたいで、それを外す音がした後で扉がガタガタと音を立てながら開いた。

 

「2人とも大丈夫だったの? 昨日は帰って来なかったからみんな心配したのよ」


 そう言いながら顔を出したのは、小学高学年くらいの女の子だった。

 くすんだ灰色の長い髪の毛はぼさぼさで、目の色も暗めのグレーだ。

 はっきりと言って汚れまくっているが、元は育ちが良かったんだろう。所作はきれいだ。

 

「ごめんなさいなの。でもたすけてくれるおとなのひとをつれてきたの」


 リックとベスの2人は俺が神だという事は内緒にする様に言い含めてある。

 たまたま通りがかった魔獣駆除を生業とする魔法尉という事にした。

 


 ねぐらには、ベッキーことレベッカを含めて4人の子供たちが居た。

 全員が栄養失調と不衛生が原因の体調不良に陥っていた。

 「命力」を使って体調不良を改善しておく。

 しばらく待っていると、全員が残飯あさりから帰って来た。

 収穫は少なかった。王都内でもどんどんと暮らし向きが悪くなって来ているからな。


 まあ、当然と言えば当然か。


 リックとベスの一族が住んでいた領地は、複数の川が流れている肥沃な平野で、山の幸を得る森も近いという立地だった。

 その上、大精霊の加護が加わるんだから、王都にそこそこ近いおかげもあって穀物などの食料の産地としては有数の重要な領だった。


 両親と祖父母が王都からの出張帰りに魔獣に襲われなければ、王族の横槍も入らなかっただろうがな。

 領地は一族が不在になって3年で崩壊した。

 



 今では、魔獣のテリトリーになっていた。



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