ep67. ■二〇××年十月一日。晴れ。

■二〇××年九月二六日。雨。



 今やクラスのほとんどの連中が、弱井に対して冷たい態度をとっていた。

 人は自信を失うと本来の長所を失うらしい。今の弱井の、卑屈で臆病でトロくさい態度は誰もをいらつかせ、「キモイ」だの「ウザイ」だの言われるようになっていた。


 弱井は完璧に自尊心を失っていた。

 だから俺の言うことを聞きやすくなっていた。


「なあ弱井、ふりかけやるよ。俺の善意、食ってくれるよな?」


 席が近いのを良いことに、教師の目を盗んで弱井の給食に消しカスをまぶしてやった。

 一度は俺のことを睨みつけるが、俺がちょっと机の下でやつの足を踏んでやるだけで(体が暴力の恐ろしさを覚えているのだろう)弱井は黙って言うことを聞いた。


 人は体にさえ刻みつければ、心をも支配してしまえるらしいことを俺は学んだ。


 消しカスを食べる弱井の姿を、全く部外者の他の奴らが目をそらすかニヤニヤ笑ってみていた。


 昼休みに入って真っ先にトイレに駆け込んだ弱井が、個室で食ったものを吐き出す汚い音声が聞こえて、俺はやっぱり最高に可愛い奴だと思った。




■二〇××年十月一日。晴れ。


 体育祭だった。

 俺はクラスの組織票を集めてクラス対抗のリレー選手に弱井を出した。

 弱井は足が遅くはないが早くもない。今のコンディションでは特に酷い結果になるだろうと分かっていた。


 実際、弱井の番が来て見る見る間に順位が下がっていった。

 役立たずの身分不相応な馬鹿が出しゃばって、大恥をかいたといった光景になった。


 弱井はクラス中から笑われて酷い言葉をかけられていたが、ずっと無表情に一日を過ごしていた。

 それでも閉会式の後、一人ですすり泣くあいつの姿は、俺の達成感を満たしてくれた。




■二〇××年十月十日。曇り。



 どこにそんなエネルギーが残っていたのか……とにかく弱井はまたしても俺を出し抜こうとした。

 俺を、殺そうとした。隠し持っていたポケットナイフで、明確な意思を持って俺を刺し殺そうとした。

 幸いにも弱り切ったあいつの力技なんて大したことはなく、俺は学ランの肩の部分をちょっと切り裂かれただけで済んだ。


 俺は久しぶりに怒った。殺されかけたんだから、怒って当然だと思う。


 あいつの自尊心と行動するエネルギーの源に消えない傷をつける必要を感じて、俺はあいつに制服を脱ぐように命令した。

 仁藤と三田がニヤニヤ笑って(市松はあの一件以来、俺たちとつるまなくなった)弱井の背後を固めていたので、あいつに逃げ場はなかった。


 あいつは絶望した顔で、大人しく従った。

 下着一枚にさせられた弱井磐眞は酷く無様で、悪趣味な姿をしていた。

 三田が声を上げて笑いながらスマホで写真を撮った。


 俺はさらに雑巾を口に咥えて、四つん這いでこの階の廊下を往復で歩くよう命じた。

 我ながら下衆なことをさせている自覚はあったが、これだって元はと言えば弱井が悪い。

 こいつが俺に逆らおうとしなければ、俺だってこんな胸の痛むお仕置きはしなくて良いんだから。

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