ep.66 ■二〇××年九月二十日。曇り。

 ■二〇××年九月十日。晴れ。



 俺たちが弱井を下僕のように扱うのに時間はかからなかった。


 今日も俺は弱井の後ろの席に座り、授業中にアイツの学ランにホッチキスで無意味に穴をあけた。

 弱井は無視を決め込む方向性でいたらしいが、昼休みに背中を強めに殴ってやると嫌でも俺の方を向かずにいられなかった。

 そして俺がもう一度こぶしを振り上げると、明らかに動揺して肩を震わせた。

 俺の努力やささげた時間――つまり愛情が、こいつの態度を狂わせていると実感できてたまらない気持ちになった。


 俺たちが弱井をからかっているものだから、弱井は嫌でもおどおどとした態度で周りを見るようになった。

 人の顔色を窺っている。窺われた側の奴の気を大きくするくらいに。

 その雰囲気を察したクラスの何人かは、便乗して弱井につらく当たるようになった。

 少し前までは一緒に読んだ本の話で盛り上がっていた奴も、弱井に近づこうとしなくなった。


 俺が、変えたのだ。弱井磐眞という人間を、生き方を、この俺が。

 俺は人一人の人生の支配者になったと感じた。




■二〇××年九月二十日。曇り。



 ああ、何から書いたらいいのか…………。

 とにかく、ひどいことが起きた。


 弱井が放課後の委員会の集まりをサボった。あいつは最悪の方法で俺から逃げようとしたらしい。


 しかも見つけたのは俺じゃなくて市松だった。

 俺の委員会が終わるのを待っていた市松は、怯え切った様子で俺に説明した。「さすがにヤバい」をアホみたいに繰り返して封筒を持っていた。

 封筒――遺書だ。弱井が俺から受けた暴行や暴言を事細かに記録した手帳と、このことが原因で死を選ぶという旨の内容が書かれたルーズリーフが入っていた。


 市松に連れられて行くと、弱井が両手を縛られた状態で(市松がやったらしい)トイレの個室に閉じ込められていた。

 丸いドアノブには体育祭で使う予定のハチマキ。弱井の首には一本線の痣。

 首つりか。なんて卑怯な終わらせ方だ。


「なあ、もうさすがにやめようぜ。度が過ぎたんだよ俺たち。こんなこと先生に知られたら……」


 市松が言い終わる前に俺はやつを殴り飛ばして、個室に入り込みカギをかけた。

 市松が走り去る足音を聞きながら、狭い個室の中で無気力にうなだれる弱井の胸倉を掴んで俺は言った。


「こんなに卑怯な奴だとは思わなかったよ。裏切られた気分だ。だけど俺も悪かったんだ。お前を見くびってたってことだからな。お前がこんなに頑張って俺から逃げようとしてくれるなんて思ってなかった……」


 半ば俺は感動気味に言っていたと思う。

 弱井は信じられないものでも見るような目で、俺の顔と俺の言うことを黙って聞いていた。


 俺は覚悟した。弱井が俺を出し抜くための手段を選ばないというなら、俺も弱井を屈服させるためにたくさんの手を尽くさなければならない。

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