ep.64 ■二〇××年九月三日。晴れ。
■二〇××年九月三日。晴れ。
席替えのくじ引きで俺はイカサマ(と言ってもクラスに二、三人知り合いがいればできる簡単なアレだ)をして、石橋の後ろの席を引き当てた。背後に座った俺を振り返るあいつの絶望的な目が今でも忘れられない。
委員会決めでは、希望の委員会の記された名簿を弱井が教卓から盗み見ると知っていたので、俺はあらかじめ偽の名簿を仕込んでおいた。案の定あいつは俺を出し抜くつもりで出し抜かれ、俺とあいつは晴れて同じ美化委員会に所属することになった。
「弱井君さァ、酷いよなァ? 俺なァんもしてねェのにお前一方的に俺のこと嫌うんだもんなァ!」
委員会のおこなわれる教室へ足早に向かおうとする弱井の背中を蹴とばして転ばせ、先回りして正面に屈みこみ、奴の胸倉をつかんでそう言い放った。怯えた顔で、それでも目をそらさずこちらを睨みつけようとさえする視線は流石と言えた。
小学生のときに可愛がっていた女子ではすぐに泣いてだめだったから。
「何なの、痛いんだけど」
「痛いのは俺の心だよォ。クラスメイトと仲良くなりたいっていう俺の無邪気な心を傷つけて――よッ!」
胸倉を掴んだまま弱井の顔面をリノリウムに叩きつけて、俺は立ち上がった。
「わァお大変、大丈夫弱井くん? 何もないとこですっころぶなんて運動不足なんじゃない? ――なあ、今の見た? こいつ顔面からいっててウケるなァ?」
そう言って俺が背中越しに声をかけたのは、同じクラスの弱井の友だち――だった男子だ。鼻血を出した弱井が振り返ると、その友だちは元・友だちに変身して走り去っていった。
弱井の貴重な味方が一人減った瞬間だった。友だちはお前を裏切ったわけだ。見てたか弱井磐眞?
俺はたまらなくやり遂げたと思った。
「おいおいンなとこで寝てんなよなァ。委員会始まっちまうぜ。――これからよろしくな、磐眞君」
結局その日、弱井は少し遅れてから委員会に顔を出した。保健室で貰ったらしい氷嚢を、間抜けのように鼻にあてながら。
■二〇××年九月四日。曇り。
担任に呼び出された。まさかと思ったが本当にそのまさかが起きた。弱井は昨日俺に廊下で転ばされたと教師にチクったらしい。
どうせ嘘だと言われると分かっているだろう。俺はもちろん「やっていない」と言うし、あいつの友だちだった奴に証言を頼めば、「弱井が勝手に転んだ」と言うに決まっている。
事実、そうなった。双方の言っていることが食い違っていると担任に告げられ、弱井の訴えはうやむやになった。
そもそも体育を仮病で見学していることが知られていたから、弱井の信頼は教師の間でも薄かった。
俺は弱井をやり込めたことに満足を感じたが、同時にあいつの執念にも驚かされた。
たとえ信じてもらえなかったとしても、教師に訴えたという事実が確かに生まれてしまえば、それは今後あいつが俺からのいじめを告発するのに有利な前例となる。
生意気なのは良いことだ。可愛いと思う。だけどまだ奴にそんな元気が残っているというなら、俺はもっと頑張らなければいけないということだ。
俺は仲良くしているグループの奴らに声をかけた。市松、仁藤、三田のアホトリオは俺をリーダー格としてつるむことで権威を持ったように振舞う、極めて頭の悪い奴らだ。
大声を出して暴力を振るえばすべて解決すると思っている馬鹿なそいつらを焚きつけることにした。
「なあ、仁藤。お前数学の教科書失くして詰んだって言ってたよな。これもしかしてお前のじゃねえの?」
そう言って仁藤の教科書を弱井の机から取り出すと、仁藤は耳障りな声で笑い出した。
「こいつバッカじゃねえの。よりによってこの仁藤様の教科書と取り違えるなんてよォ!」
漫画か何かで覚えたような言い回しでイキがる仁藤を若干恥ずかしいと思ったが、これで弱井を取り囲む暴力の壁が厚くなった。
獲物を籠に閉じ込めた気分だった。
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