ep31.「教えてくれんの? 誰よ?」
「なーなー誰に告られたんだよ石橋ぃー。やっぱ己斐西だろ? あーいうギャルって案外お前みたいな地味なのがタイプだもんな、セオリーだろ!」
全校集会が終わるや否や、集められた体育館にて現地解散の生徒の波に紛れるように河合が近寄ってきた。身を引くとその分の距離を詰めてきて、ニヤニヤ笑って下世話なことをのたまう。
「己斐西なーあいつ可愛い顔してんもんなー」
「……はー……マジで知りたい?」
「教えてくれんの? 誰よ?」
期待に満ち溢れたそのにやけ顔に、舌打ち混じりに石橋は呟いた。
「安斎さん」
その名前を聞いた途端、一瞬だけ虚を突かれたように目を丸くして、次の瞬間にはぷっと吹き出して河合は腹を抱えた。
「おっまえ、さすがにそれはねえって! だってあの人はお花の妖精さんと婚約してて、学校卒業したら鈴蘭王国で王妃様になるんだぜ?」
「何だそのクソにも満たないフェイクニュース」
「人間と恋愛するとこが想像できないくらいのふわふわヒューマンだってことだよ! ったくよー、口が固いのなんの。懲りずに明日も聞くからな。じゃあなー」
まるで水を差されたとでも言わんばかりに声のトーンを落とし、手を振って河合は去って行った。何食わぬ顔で他のクラスメイトに話しかけ談笑を楽しんでいるが、石橋はこの男が真っ先に己斐西の名前を出してきたことに不穏を感じざるを得なかった。
なぜ河合は自分に執着するのか? 和田の言ったように、悪趣味が高じて奴隷を欲しがっているから? それとも何か恨みがあるから?
考えたくないことだが、玖珠の推察がそこへ口を出す。
――彼は己斐西さんに気があって、彼女と因縁のありそうなあんたを血祭りにあげようとしたのかも――。
石橋の持つ河合へのイメージとは随分かけ離れた推察だが、彼が真っ先に己斐西のことを探ってきた以上、無視もできない。
その真相については今から河合の背中を追いかけて問いただすこともできる、が――石橋は喜屋武との待ち合わせを優先することにした。
河合に気を取られて体育館を出て来た後で気づいたが、同じタイミングで解散したはずの玖珠や喜屋武の姿が見当たらなかった。喜屋武はすでに武道場へ向かったとして、玖珠がいないのはおかしい。昼休みに釘を刺したとは言え、あれで大人しく修羅場――彼女の言うところのスリルを諦めるとは思えない。
まずは玖珠を探して一度教室へ戻ってみると、意外な人物が一人で石橋を出迎えた。
「あら、石橋君? 忘れ物ですか」
華奢な安斎のシルエットがぽつんと一人で立っていると、まるで教室がいつもより広く見える。自分の机で鞄を整理している彼女に対し、出入り口に立ったままで石橋は声をかけた。
「うん、ちょっとね……。それより、玖珠さん見なかった?」
「玖珠さん? いえ見てませんが……鞄はまだありますし、そのうち戻ってくるんじゃないですか?」
そう言われて玖珠の席を見ると、使いこまれたリュックサックが無造作に引っかけられたままだった。机の中にはまだ教科書がそのまま入っているのが見える。――何か様子が変だ、と直感が確信に変わる。
「安斎さんはまだ帰らないの?」
「もちろんすぐ帰りますよ。でも中庭の花壇の様子を見てからにしようと思って」
「なるほど、いつもお疲れ様。もしも安斎さんが帰るまでに玖珠さんを見かけたら、石橋が探してたって伝えておいてくれる?」
「分かりました、見かけたらお伝えしますね。それじゃあ」
「うん。それじゃ」
教室を出て廊下を小走りに移動しながら、玖珠の端末に電話をかけた。
<おかけになった電話は電波の入らない場所にあるか、電源が入っていないため――>
呼び出し音が鳴らずアナウンスが答えた。学校内で圏外になどなるはずがない。念のために図書準備室を覗いて、やはりそこにも玖珠がいなかったので大人しく武道場へ向かうことにした。
とても嫌な気分だった。これはトラブルの予兆だ。こうしたトラブルを避けたい一心で人の秘密を踏み荒らしてきたというのに、結局こうなってしまうなんて……。
自嘲のため息を軽い深呼吸に変え、武道場の扉を引く。
「喜屋武さん、いきなりで申し訳ないんだけど玖珠さんがどこだか知らな――」
言い終える前に、顔の真横を矢が掠めた。武道場の中で待ち構えていた喜屋武が弓を構え、矢を放った体勢で叫ぶように言い放つ。
「お前のようなケダモノに生きる価値はない! 死ね石橋ッ!」
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