ep11.「じゃああの告白は嘘なんだね?」
六月十三日、月曜日。午後十二時三十分――。
放課後に己斐西との約束があるが、その前にどうしても安斎と話しておく必要があった。安斎はいつも昼休みや放課後に中庭の花壇にいる。
が、真っすぐ中庭へは向かわずに、石橋は飼育部の管理するウサギ小屋へ向かった。
昨日、安斎と話していた女子がウサギが死んだと語っていた。石橋は件の小屋のすぐそばに、供えられた鈴蘭の小さな花束が置かれてあるのを見つけた。
「……石橋君?」
小屋の奥から出てきたのは、ちょうどその話をしていたクラスメイトの女子だった。名前は相葉だったか――。安斎に泣きついていたのとは打って変わって、もう平常な顔をしていた。所詮、家族が死ぬのとウサギが死ぬのとではわけが違うということか。
石橋は軽く手を上げて言う。
「こんにちは相葉さん、邪魔してごめん。実はここの仔たち結構好きだったからさ、亡くなったって知ってちょっとショック受けちゃったっていうか……」
「そう、だったんだ。なんか意外だね、石橋君ウサギ好きなんだ。……来てくれてありがとう。きっとあの子も天国で喜んでるよ」
「それ、その花はお供え?」
「うん。小蓮がくれたの。咲いたばかりのやつを手向けにって。いつも育てたお花をこの小屋の花瓶にくれたりしてね……あの子、優しいんだ」
安斎が手向けたという花。友だちの育てていたウサギが死んだから、そのお供えに――。友情と優しさのストーリーだ。安斎小蓮は花を愛で動物に優しく、友だち思いということらしい。
相葉に軽く挨拶して小屋を後にし、中庭の花壇を目指した。遠目にも見えていた白い花畑は鈴蘭のようだ。素敵な白い楽園の一部が剥げているのは、ウサギを天国へ送り出すためか。
じょうろを手に立つ薄紫色のカーディガン姿を見つけ、その薄い背中に石橋は近づく。
「こんにちは安斎さん」
こちらを振り返る、人畜無害を絵にかいたような顔と仕草。
――疑いすぎは良くないぜ、相棒。
脳内で記憶の玖珠が忠告するが、それでも石橋は安斎の告白を疑わずにはいられなかった。
「あら、こんにちは石橋君。花壇を見に来てくれたんですか?」
「それもあるけど……実は聞きたいことがあってさ」
「何でしょう?」
「先週のこと。安斎さんはラブレターで僕を理科準備室に呼び出したよね。でもおかしいんだ、理科準備室へ誘う手紙。あれの筆跡はどう見ても己斐西さんのものだった」
「んー……、あはは。早速バレちゃいましたか」
さして驚いた素振りもみせず、軽いいたずらがバレたような顔で安斎は苦笑した。じょうろを土の上に置くと、そっとその場に屈みこんで自白を始める。
「まさか筆跡まで見ていたとはお見事です。……白状しますね。唯恋さんがあなたの靴箱に手紙を入れるのを見て、嫌な予感がしたから靴箱の中を盗み見てしまったんです。で、そこにはあからさまなラブレター。予感が的中したから先回りして彼女とあなたの待ち合わせ場所に行くことにして、帳尻を合わせるために、自分でもう一通手紙を書いて、あなたの机に入れた。つまりわたしと唯恋さんの待ち合わせ場所が入れ替わっていたことになりますね。本当はわたしが図書室へ、彼女が理科準備室へ行くはずだった」
「君は是が非でも彼女より先に僕に告白……まがいのことをしたかったわけか。どうしてそんな手の込んだことを? 本当は何がしたかったわけさ?」
少し間を置いて、安斎は笑みを消して手招きした。一緒に屈めということらしい。
石橋が安斎の隣に屈みこむと、安斎は口の横に手で壁をつくり、ひそひそ話のポーズをとって囁き声で言う。
「今から内緒話をしますよ。いいですか?」
「わかった。何?」
「単刀直入に……言いますね。あなたは多分、唯恋さんの秘密を知ってますよね? つまり彼女のアルバイトの話をしてるんです。唯恋さん、最近ピリピリしていて、頻繁にあなたのことを気にしているみたいだからきっとそうなんじゃないかって……」
アルバイト、とはつまりそういうことだろう。己斐西が年上の男性と、報酬型のデートをしている事実のことだ。
まさか安斎がそれを知っていたとは予想外だったが、安斎と己斐西が仲良さげに話している光景は何度か見たことがある。二人は秘密を共有する仲なのかもしれない。
「……ああ、そうだね、知ってるよ。ごまかさずに言うと、僕はこれを己斐西さんから直接教えてもらったわけではなくて、彼女に知られず、覗き見のような形で知ってる。己斐西さんにとって不本意極まりないはずだ」
「覗き見……うーん、まあ人の秘密を事故みたいに知ってしまうことは誰にだってありますからね、それは別に良いんです。――わたしがあなたを呼び出したのは、石橋君がこの秘密を悪用したり、誰かに言いふらしたりするのを止めたかったからなんです。確かに褒められたお仕事ではないけど、唯恋さんは彼女なりに一生懸命に生きていて、目標を叶えるための手段なんだそうです。危機管理だってちゃんとしてるみたい。だからあなたに、ええと、悪く取らないでほしくて、あの……」
「己斐西さんの邪魔をするなって、釘を刺したかったのかな?」
「邪魔ってわけでは……いえ、そうですね。おこがましいけどその言い方で合ってます。彼女の邪魔をしないで、できれば他言せず、静観してほしいんです。昨日はあなたにそう伝えたくて、呼び出しました。できればあなたが彼女と接触する前に、仲裁しておきたくって……」
言いづらそうに話す最中、安斎は右手でカーディガンの左裾をしきりに引っ張っていた。これが彼女の動揺したときに出る癖なのだろうか。
石橋は少し考えてから、ゆっくりと話を続けた。
「……最初の話題に戻るけど、安斎さんが自分の手紙と己斐西さんの手紙を入れ替えたのは、彼女に呼び出された僕の反応を見たかったってこと?」
「そうです。あなたが何か浮かれていたり企んでいたりするようなら、その場ですぐ、強気に口止めをお願いするつもりでした。だってあなたは唯恋さんを強請って、好きにできるカードを持っているわけですからね。少なくとも余裕そうな顔で来ると思ってたんです。……でも違った。あなたはわたしの呼び出しに対し、至って真面目でした。それに急いでいたようだから、先週は本題を切り出せずに尻切れトンボになってしまったというわけです」
「じゃああの告白は嘘なんだね?」
安斎は小さく笑い、首を振って答える。
「全くの嘘、というわけではありません。確かにわたしは誰かに恋をしたことがない。だから興味があるのは本当だし、そのパートナーとして石橋君が理想的だというのも本当です。理由もこの前お話しした通り。だけどそれって別に今すぐしたいことではないし、今はあなたとお友だちになりたいと思っている程度です。……だからあのときはあなたに敵意を向けるのもお門違いだなってその場で考え直して、引くに引けずに告白のようなことを言ってしまいましたが……」
「なるほど。安斎さんは友だち思いなんだね。己斐西さんが少しうらやましいよ」
「そう言われると照れますね。でも確かに、唯恋さんはわたしにとってかけがえのない友人です。だから彼女の夢を、たとえ好ましく思っている石橋君でも壊してほしくはなかったんです」
これで四通のラブレターの内、少なくとも己斐西と安斎の二通が嘘だと確定したわけだ。己斐西は自分の秘密を握った石橋をおびき出すために、安斎は己斐西の手助けをしたくて石橋を呼び出した。
「わかったよ、大丈夫。己斐西さんとは一度話をして、このことを他言しないと約束する」
「良かった。これで安心……じゃないです!」
「え」
珍しく慌てた様子で、安斎は身を乗り出して早口にまくしたて始めた。
「気を付けてくださいね、石橋君。唯恋さん根はいい子なんですけど、ちょっと考え方が極端っていうか、自分がピンチだと確信したら敵意むき出しで乱暴になるんです。心ない言葉をぶつけられたりとか、下手したら暴力なんて振るわれるかも。なるべく刺激しないように説得してください」
「それは何て言うか……とても助かる忠告だね、ありがとう。ぜひ参考にさせてもらうよ」
石橋は立ち上がり、軽く手を振って別れようとした。
が、自分の頭の中で騒いでやまない疑念を無視できず、屈んだままの安斎のつむじを見下ろして再び口を開いた。
「――ごめん、もう一つ安斎さんに確認したいことがあったんだ」
「何でしょう?」
「どうして読みもしないのにグロ小説ばっか借りて、それを読まずに返してくるの?」
安斎がこちらをじっと見て沈黙した。無表情とも無関心とも取れず、角度を変えて見れば少し微笑んでいるようにも見える。安斎はたまにこういう顔をすることがあるのだ。この顔を見る度、石橋は安斎が言葉巧みな嘘つきに思えてしまうのだった。
「本を貸し出すとき、返却日を書いた栞を挟んで渡してるよね。実は毎回、安斎さんあてにはちょっとしたクイズを書き込んでるんだ。たまに絵しりとりも仕掛けてる。でもいっつも無視されて戻ってくる。しかも栞は最初に挟んだページから全く動かされてない。つまり君は本の中身に目を通してない。……別に安斎さんが意外なスプラッター趣味を持っていてもいいんだ。ギャップがあって素敵だと思う。ただ、意図が気になるんだ。どうして――」
「わかりませんか? 女子が、中身のない用事で男子に近づく理由。図書館ではなくたって、わたしがお客さんであなたが店員さんであっても、きっとこの関係は変わりませんよ」
自分の膝の上で頬杖をつき、安斎は余裕そうに目を細めて笑う。
「さっきも言ったじゃないですか。別に今すぐではなくていい、って。お花を育てるのと同じで、わたしは少しずつ石橋君にインパクトを注いで、やがて興味という果実をつけて欲しかっただけ。単純接触効果を狙ったんですよ。――だけど我ながらもったいないことをしていましたね。せっかくあなたがわたしに興味を持ってくれていたというのに、文通のチャンスをずっとスルーしていたなんて」
スラスラと並べられる言葉が、最初から用意されていなかったなどと、どうして断言できるだろうか。
頬杖をついたままの片腕と、脇に置いたじょうろをいたずらに触る指先。カーディガンの裾を引っ張っていない。安斎の緊張や動揺のトリガーが全く分からず、不気味だった。
安斎の言葉がストレートな口説き文句だと受け取るには、石橋は素直ではなさすぎた。
「……てっきり僕は安斎さんが心のうちに残虐趣味を秘めていて、ついに耐えきれずそこのウサギを殺したのかと思ったよ」
「あはは、まさか。だけど面白いですね。文芸部の玖珠さんにでも話したら、面白い短編に仕上げてくれるんじゃないですか?」
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