アマリリスの戦姫①
自慢の剣を弾かれ、尻もちをついて、剣先を額に突き立てられた彼女。
ベローネ・アマリリス──。
若干十歳にして王国騎士団では彼女に敵う者は居ない──はずだった。
「ま……参りました……」
ベローネと戦った相手──それは……。
「ブラン様! わたしを弟子にしてくださいッ!!」
さっと姿勢を変えて平伏するベローネ・アマリリス。
彼女の要望でお師匠様との模擬戦が実現した。
お師匠様もベローネに興味を持っていたので快く応諾したらしい。
しかし勝敗は一瞬。
ベローネは自分より強いお師匠様に教えを乞う。
真紅の長い髪が乱れて顔は見えないが必死さは伺える。
「わたくし、弟子は今、四人もいる。これ以上は流石に面倒を見るのは難しい」
お師匠様は細剣を腰に納め、ベローネの願い出を断った。
「そこを何とかッ! お願いしますッ!!」
ベローネは辺境伯家のご令嬢である。
その彼女がここまでしているのに、断り続けるのは難しいと考えたのか、お師匠様はこう言った。
「そうだな。考えてやらないことはない。だけど、条件がある」
「条件……ですか?」
ベローネは頭を上げてお師匠様を見上げて聞き返す。
「今度の週末の早朝にわたくしの屋敷に来てくれ。そこでサクヤ殿下と手合わせをして、勝ったら弟子として迎えてやるよ」
「本当ですか?」
お師匠様の言葉でベローネは喜色満面。
「ああ、本当だ。こんなことで嘘を吐いたりしないよ」
お師匠様のその言葉でベローネは更に上機嫌に。
いつも俺に勝ってるベローネはもう勝った気でいるんだろう。
「ありがとうございます。では、週末にブラン様の屋敷へと伺わせていただきます」
そして、再び頭を下げたベローネを見て、お師匠様は口元で含んだ笑みを浮かべ俺に目線を向けてきた。
「ん。楽しみにしているよ」
お師匠様は俺に含んだ笑みを向けたまま、ベローネに言い、そのまま踵を返して戻っていく。
彼女はお仕事──ネレアとノエルのお守りの途中なのだ。
週末の朝──。
お師匠様の家にエウフェミアがやってくる。
お師匠様が出迎えてエウフェミアがリビングに入ってきた。
「サクヤ殿下、おはようございます」
優雅にカーテシーを見せてくれるエウフェミア。
もうすぐ夏休みに入るこの季節。
素肌の露出はほとんどないものの薄着の彼女。
やはり年齢なりの装いなので色気というものが全く感じられない。
好きな人は好きだろうけれど、俺はロリコンではないのだ。
「おはようございます。エウフェミア様」
いつもどおりに挨拶を返す。
「さっき少し説明したんだけど改めて説明するよ。今日はアマリリス辺境伯家のご息女のベローネ・アマリリス様が来ることになった。わたくしはこれ以上弟子を取るつもりはないので、サクヤ殿下にお任せするつもりだ」
俺に任せる──とは、どういうことなのか。
エウフェミアもそこに食らいついた。
「サクヤ殿下にお任せするというのはどういうことなのでしょう?」
エウフェミアが訊くとお師匠様は説明を続ける。
「言葉のとおりだよ。ベローネ様の成長には教えよりも切磋琢磨できる競争相手を見つけたほうが良い。それなら、わたくし以上の適任者がいるからさ。ベローネ様は既に自身の型をお持ちで、わたくしが教えずとも高みに到れるだろう。それで殿下にお任せしたいと考えた」
という言葉のとおりで、お師匠様の家──俺が作った更地で戦わせるつもりなのだろう。
お師匠様は「ベローネ様は武芸に限ればすぐにでもわたくしを上回るだろうからね」と言葉を繋いで、さらに──
「ベローネ様との手合わせはサクヤ殿下の成長にも繋がるだろう。武芸に限ればわたくしが教えるには限界が見えているしね」
──と、続けた。
お師匠様は俺の成長のためにベローネを俺にぶつけたいと考えているみたいだ。
俺のためを思って、お師匠様がベローネを受け入れる──俺に押し付けると言ったほうが正確かもしれない──。
けど、たしかにもう少し魔力を使った戦いができればベローネの成長を促せそうだし、何より流派が確かな剣術をベローネとの手合わせを通じて学ぶことができる。
お師匠様がそこまで考えて、ベローネを受け入れようとしているのなら俺はお師匠様の想いに応えるしかない。
しかし、それを納得していないエウフェミアだが──。
「そういうことなのでしたら、私がとやかく言えることではありませんわね」
渋々、了承してみせた。
そうして、ベローネがやってくる。
彼女は学園の女子寮から一時間近くかけて、お師匠様の屋敷に歩いてきた。
しかも一人で。
お師匠様がベローネを家にあげてリビングに通すと、ベローネが挨拶をする。
「サクヤ殿下、エウフェミア様。おはようございます。今日はどうぞよろしくおねがいします」
ベローネは胸に手をあてて頭を下げた。
ベローネに挨拶を返すと、お師匠様は言う。
「ここから先のことは他言無用でお願いしたい。そうでなければこれからの話しはなしということになるが良いかな?」
「もし、わたしが誰かに話したらどうなるんですか?」
「そうだな──それなりの措置をとらせてもらうことになるよ」
「怖いけど、ブラン様の弟子になりたいので了承します」
「ん。では、早速──エウフェミア様、良い?」
ベローネにここからのことは口外しないという約束を取り付けた。
エウフェミアに言葉少なく指示をすると、エウフェミアは「はい」と返事をしてファストトラベルを発動。
誰が使っても、このファストトラベルというスキルは魔力の揺らぎが感じられない。
なにもないところに空間の境界がぼんやりと浮かぶと、境目の向こうの風景と目の前のリビングの景色が重なって、次第に向こうの景色が色濃く映る。
「出来ました。サクヤ殿下からどうぞ」
エウフェミアはファストトラベルにより空間の境界を顕現させると「サクヤ殿下からどうぞ」と俺からその境界を跨ぐように促した。
俺はファストトラベルを使えない。だからいつも最初に境界を越える。
俺が先にお師匠様の家の土地に移動すると、境界の向こう──お師匠様の屋敷のリビングでベローネが何やらお師匠様に話しかけていて、それから境界を越えてきた。
それからお師匠様、エウフェミアと渡り、ファストトラベルの境界が閉じる。
「涼しい!」
ピオニア王国から数千キロ北に離れた場所にあるお師匠様の家。
ここは気温が低く夏場は乾燥していることが多い。
今日も快晴。涼しい空気と爽やかな風が流れるこの地は、暑くて湿度の高いピオニアとは比べ物にならない過ごしやすさ。
「ここは大陸の北部で、南部のピオニア王国より幾分涼しい。冬は厳しいけれどね」
お師匠様はそう言って──
「さて、早速だけど、裏庭の更地でサクヤ殿下とお手合わせを願おう」
──と、ベローネに伝えて、お師匠様は家の裏……北側にある更地に移動を促した。
お師匠様はベローネに木製の大剣を、俺には片手剣と小盾を渡す。
「この手合わせは、ベローネ・アマリリス様をわたくしの弟子に迎えるか否かを決める試験である。証人はエウフェミア・デルフィニーが務めるものとする」
俺とベローネの間に立つお師匠様の大きな声。
背の高いお師匠様を見上げる同じくらいの背丈のベローネと俺。
少し離れたところにエウフェミアが見ていた。
「さて、特に掛け声はしない。好きなタイミングで始めると良い」
そう言葉を残してお師匠様はエウフェミアの隣に下がる。
五十メートル四方の更地のど真ん中。
お師匠様には手加減をするなと言われている。
要するにお師匠様とやりあってるくらいでぶつかって良いということだ。
「では、サクヤ殿下には申し訳ないけど、本気で行かせてもらうね」
先制はベローネが取った。
今日の俺は最初から身体強化を本気で使う。
素早い動作で大剣を振り被り刀身を振り下ろす。
一瞬でケリを付けるつもりだ。
長々と戦ってはこのあとの貴重な時間が少なくなってしまう。
ベローネのコンボ技の一発目。パワースラッシュを俺は剣で受け流した。
すぐさま小盾を構えてベローネに突進。
王国騎士団で見せるよりもずっと魔力を込めた身体強化。
学園でもそうだけどなるべく身体強化を使わずにいたし、王国騎士団でも最低限しか魔力を使わないようにしていた。
俺の盾の一撃をまともに食らったベローネは後退って尻もちをつく。
すかさず俺は、ベローネに跨って首元に刃を当てた。
「あ……」
ベローネは驚いた様子で何が起きたのか分かっていない。
「勝負あったね」
お師匠様の声で俺は立ち上がってベローネから離れると、ベローネは納得が行かない様子で──
「こんなの嘘です! 王国騎士団での手合わせではサクヤ殿下に負けたことがありません。ズルです! 絶対にズルです」
大声で怒りをぶつける。
「なら、もう一回やっても良いかも知れないな。サクヤ殿下はまだヤれるか?」
お師匠様がそういうので「ボクは大丈夫ですよ」と答えた。
身体強化をしっかり使い、動作に魔法を織り交ぜられればベローネに遅れを取ることはない。
そう──。
午前中をめいいっぱい使った俺とベローネの戦いは俺の一方的な勝利で終わった。
肩で息をして仰向けに寝転がったベローネ。
「サクヤ殿下、強すぎ。騎士団で勝てたのは何だったの?」
もう動けないと言わんばかりにベローネは手も足も地面に預け、目線だけ、俺を向いていた。
「サクヤ殿下は学園や騎士団では身体強化やそういった
勝敗が決したため、お師匠様が傍にいる。
隣にはエウフェミアが怪訝な顔でベローネを見ていた。
まるで「はしたない」とでも言いたげに。
「権能……戦女神……?」
「そうだよ。ベローネ様がお強いのは戦女神という権能を持っているからだ」
「そうだったんだ……それでわたし、自分が強いと勘違いしてたんだね」
「いいや、実際、ベローネ様は強いよ。だけど、サクヤ殿下だって、修行を重ねてここまでの実力を身に付けたんだ」
「でも、学園ではそんな素振りは微塵も見せてなかったよ?」
「それはサクヤ殿下の魔法や才能が特殊なもので現在のピオニア王国では評価されない類のものだからだよ」
ベローネの言葉には嫌味はなかった。
決して蔑みの気持ちから言葉にしているのではなく学園での俺の様子から湧いた疑問を口にするベローネ。
そんなベローネにお師匠様は諭すように言葉を紡ぐ。
「まずは自身の能力を知ると良い。戦女神について、わたくしはよく知らない。だから、日々の修行でしかくわしく知ることはできないだろう。それをサクヤ殿下との修行を通じて学ぶと良い。わたくしから教えられることはない」
お師匠様はそこまで言い切って口を噤んだ。
言葉が途切れたところでベローネは重そうに身体を起こして地べたに座る。
「やはりダメ……だったのか……。でも、また、ここに来ても良いんですか?」
「ベローネ様が良ければ、サクヤ殿下とともに修行することは許してあげるよ」
剣を支えに立ち上がるとベローネはお師匠様に頭を下げる。
「ありがとうございます。では、わたし、いつかブラン様に教えをいただけるようサクヤ殿下と修行させていただきます」
「ああ、構わない。週末の休日の朝にわたくしの屋敷に来ればここに案内するよ」
お師匠様はそこまで言うと、エウフェミアに「家に戻ろう。昼食のあとに今日の講習を行うとしよう」と俺とベローネのもとから去っていった。
ふたりの背中を見送りながら──
「わたし、殿下のこと侮ってたよ。本当はとても強かったんだね。ブラン様の弟子になれなかったけど、毎週、この強さの殿下と一緒にいられるなら毎週泊りがけでダンジョンに行かなくても良いわ。ということで、改めて、よろしくお願いします」
──と、俺に手を伸ばす。
握手を求めたのだろう。
俺はベローネの握手を求める右手に応じて右手を差し出した。
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