王国騎士団④
ダリオの引率で教官室に戻ると、
「ライル、この子たちを初等部に送ってあげて」
と、青髭のダリオがライルに指示する。
「かしこまりました」
今朝方、俺とベローネを迎えに初等部に来たライルに送ってもらう。
「では、初等部校舎までお送りいたします」
ライルは胸に手を当てて頭を下げた。
「ライル様、よろしくおねがいします」
俺もライルに同じ礼を返す。
その様子をベローネは不思議そうに見ていたけど。
「ダリオ様、本日はありがとうございました。では、失礼します」
ライルが扉を開けて俺とベローネが出るのを待っていたので、俺はダリオに声をかけてから教官室を出た。
放課後──。
馬車のお迎えは御者とお師匠様。
社内は俺とお師匠様のふたりきだ。
「お師匠様。今日、ベローネ・アマリリスという女子に負けました」
「負けたというのは剣で……ということかい?」
お師匠様は俺が負けたということに驚いた様子を見せる。
俺が武芸で他人に──それも同じ学年の女子に負けたということが信じられないといった表情で。
「魔法は使ったの?」
「はい。使わざるを得ませんでした。まだ上手くコントロール出来てませんでしたが……」
「それでもサクヤ殿下が負けるとは……。ピオニア王国も広いのね。サクヤ殿下に勝てる女の子がいるだなんて」
「ええ、ボクもびっくりです。学園で対戦したときは勝ちましたが、王国騎士団では使い慣れた武器種で挑まれて、見事なまでに完敗です」
「サクヤ殿下にそこまで言わせるとは……一度、お目にかかりたいものね」
いつもは男装の麗人みたいな口調でしゃべるお師匠様が、普通に女の子っぽい口調で、とても新鮮味があった。
別人? と一瞬考えたけど、同一人物なのは間違いない。
ひんやりした素肌と音のない心臓。
同一人物でなければ絶対に一致しない部分だから。
「ベローネ・アマリリスか……調べておこうか?」
「いいえ、そこまでは良いですよ」
「わたくしも個人的に気になってるんだ。サクヤ殿下を負かすほどの存在が同年代の──それも女の子。きっと何かしらの才能を持っているに違いないだろうからね」
お師匠様は才能ある人間をとても良く気にしていた。
「ベローネはアマリリス辺境伯家のお嬢様で、幼少期からダンジョンでレベリングを重ねていたそうです。今日知ったんですが、イリス・ラエヴィガータ様のお知り合いのようでして、彼女に師事して剣の腕を磨いたそうです」
俺は今日、ベローネから聞いたことをそのままお師匠様に伝える。
それと、初等部に戻るすがら、ベローネは「わたしのことはベローネと呼んで。様とかつけなくていいから」と何度も釘を刺されているので敬称は省略した。
「サクヤ殿下が他人を呼び捨てにするのは珍しいね」
それに気がついたお師匠様がそう返してきた。
「はい。本人に何度も言われたので」
「それでもだよ。それは更に気になるね。イリス・ラエヴィガータはわたくしもその名を聞いている──というか、サクヤ殿下の講師を願い出た時に模擬戦をした相手だよ。ピオニア王国に所属する騎士のわりに強いと思ったけど、ベローネ様はイリス様と繋がりがあったんだね」
そうなら納得と言わんばかりだが、そこに続いて出てきた言葉──
「アマリリス領は以前、何度か足を運んでいるのだが、あの地の森の奥深くには強力な魔物が棲み家にするダンジョンがあった。あの近辺にもいくつかのダンジョンがあって、それなりに強い魔物もいたが、そこでレベリングをしていたというのなら、ベローネ様のレベルは相当に高いのではないだろうか」
「それでも、ボクの半分くらいだと思いますけど──」
アマリリス領のダンジョンは確かにいくつか存在した。
しかし、凶悪なのは中盤の最後に挑む〝死せる騎士たちの迷宮〟というアンデッドの中でも最強種が巣食うダンジョン。
ここがスタンピードを起こしてアマリリス領を蹂躙したのが[呪われた永遠のエレジー]でのこと。
アマリリス領の数々のダンジョンはどれもアンデッド系が主構成。
その難度の高いダンジョンを封じていたとお師匠様が言うのだ。
ベローネがその周辺の難易度の低い──と言ってもラクティフローラ近隣のダンジョンよりは遥かに難しい──ダンジョンでパワーレベリングでないレベリングをしていたという事実を一つとっても、それ以上に、お師匠様がダンジョンを封じたという話のほうが俺の興味を唆った。
そんなことを知る由のないお師匠様は考える素振りを見せて──
「だったら、そうだね。間違いない。わたくしがこの目で確かめる必要がありそうだ」
──と、独り言ちた。
お師匠様はベローネのことをすぐに調べた。
俺が敗北を伝えた翌朝──。
「ベローネ様は戦女神という権能を有する者だった」
学園に向かう馬車でお師匠様は俺に言った。
「戦女神……ってなんですか?」
「わたくしの鑑定では武芸に秀でた女性に宿る権能らしいが──武芸に関する習熟に優れ、様々なスキルを持っていると分かった」
やはり権能があったのか。どうりで強いはずだ。
「それにしても戦女神って、権能は血脈に宿るとされていますがどアマリリス家にそういったものがあったんでしょうか」
「いいや、彼女はどうやらわたくしが知るある家の末裔のようでね。言われてみれば生き写しのように見えたし懐かしくもあった」
「そうでしたか──お師匠様の覚えのある一族の末裔がベローネということでしょうか?」
「まあ、そうだろうな。鑑定したときにそう思えた。それにアマリリス領の領都はアストロン。アストロンとはその子の家名だったんだ。きっと何かの縁が彼女にあるのだろう」
「へえ……。でも、それ、ボクが知っていて良いことなんでしょうか」
「むしろ知っておいたほうが良いだろうね。サクヤ殿下には権能を持つ者たちと向き合ってもらいたいんだ。権能を持つことでもどかしく思うこともあるんだよ。それを彼女たちを通じて知ってもらいたんだ」
「ボクには権能を持ってる──魔法を使えるということが羨ましくて、才能があるからもどかしいということがわかりません」
「今はわからなくても良い。これから何年も経てば嫌でも向き合うことになる。特にサクヤ殿下の身近にいることになるだろうエウフェミア様は悩みを抱えることになりそうだし」
「エウフェミア様……もですか……」
エウフェミアはお師匠様と同じ魔女という権能を持っている。
彼女のレベリングに付き合ったあの日から、毎朝、楽しそうに魔法の話をしてくれる。
しかし、俺に対しては無能者だと蔑んで見下しているところが言葉の節々にあったけれど、俺とふたりでいるときはそういった様子を見せない。
政略結婚の相手だから俺を立てる気持ちがあるからだと思う。エウフェミアは生真面目だからね。
気持ちが重くなった俺は指先に魔法を発生させて気を紛らせる。
「それにしても才能──か……。キミほどの才能を、わたくしはこれまで一度も見たことがないよ……」
お師匠様は小さく独り言ちて窓の外を眺めた。
それから、朝はいつもと同じくエウフェミアとふたりきりの時間を過ごし、あれやこれやと彼女は俺に話してくれる。
心做しか以前よりも随分と親しい距離で彼女は俺に接するようになった。
彼女が俺を蔑む言動はお師匠様の家で過ごした日以降、全く見ていない。
それでも、裏で何を考えているか分からない──俺はなるべく距離を置くことにしていた。
そして、ベローネ・アマリリス──。
初等部での武芸の授業では俺とベローネは実力不相応ということで王国騎士団で訓練を続けた。
王国騎士団での授業はイリス・ラエヴィガータという軍曹に師事。
彼女は妙齢ながら未婚の女性で、男性に興味を持てないという理由で結婚もせずに騎士団に勤めているという変わり者──だったら良かったんだけど。
この世界は[呪われた永遠のエレジー]という乙女ゲームの世界で、王国騎士団はキャラクターのレベルや熟練度を上げるために利用される訓練施設。
何故か、最も難易度の低い攻略対象のソフロニオ・ペラルゴニーは王国騎士団で訓練をさせることができなかった。
支援系魔法を中心とした魔道士だからというのもあるからだと思っていたけど、ソフロニオの実兄であるダリオ・ペラルゴニーを避けていたんじゃないかと、ここで推測。
俺(朔哉)の記憶を頼りに、ゲームでの伏線がこの世界で確認することができた。
なお、ソフロニオはここに来て初級ダンジョンでもレベルの上がりが鈍くなったらしい。
彼は階層ボスにトドメを指すための決定的な攻撃手段を持っていない。
杖しか装備ができないからか、ボスにダメージを与えられる攻撃力がなかった。
そのため、攻撃力の高いシミオン、それから二属性の魔法を使えて攻撃魔法のあるスタンリーが初級ダンジョンのボスを討伐できるほどになると早々とパワーレベリングから卒業。
ソフロニオには今もなお、初級ダンジョンのボスを倒せないままパワーレベリングを辞めてしまったようだ。
そういった経緯があるから彼はちょろい攻略対象となったのかもしれない。でも、そのおかげでヒロインの初めては彼のものなのだ。
きっとそれはゲームだけでなく、この世界でも変わらないだろう。
で、俺は週末はお師匠様の教えを受けて平日は学園──武芸は王国騎士団という日々を重ねている。
今までは短い剣と盾だけだったけど、それ以外の武器の訓練を受けることができた。
イリス軍曹に気に入られたのは良かったけど、この世界はゲームの世界だと言うのに表に出てこないキャラクターの闇が深い……。
エウフェミアの叔父のエアハルト・デルフィニーとソフロニオの兄のダリオがホ●なら、イリスは●ョタ。
結婚しない理由もそれだった。
イリスは──
「私、成人男性に興味がないの」
──と、堂々と曰うのだ。
うん。彼女はシミオンととても良く合いそうだ。
シミオンはサクヤルートで出てくる最後のカットシーンでも●ョタコンが好みそうな見た目を維持していたからね。
それと、ベローネは週を経るごとに強くなっていた。
もう、俺では相手にならないだろう──と、そう思えるほど。
聞けば彼女。王都の南にある上級ダンジョンに泊りがけで通っていて、そこでレベリングをしているのだとか。
植物系の魔物が多い和名のそのダンジョンは『乱れ咲く花の楽園』という上級ダンジョンとしては難易度が低めの迷宮。
そのダンジョンはサクヤがヒロインのパーティー加わるサクヤルートの始まりの地でもある。
ダンジョン・エクスプローラーと呼ばれる冒険者たちが集まり賑わっているところで景色が美しく人気の高いダンジョンだった。
海の次に見たい場所でもある。きっと、他のダンジョンと違って良い匂いしてそうだし。魔物も女性型が多くて目の保養にもなるだろう。
そうしてベローネはレベルを上げて日に日に強くなっていった。
それから、彼女は俺にこう言った。
「わたし、イリスお姉さまを負かしたブラン・ジャスマインという女性と手合わせをしたいの。サクヤ殿下の従者だったよね?」
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