王国騎士団③

 ライルと呼ばれる教官に連れて行かれた先は王国騎士団の訓練場。

 広いグラウンドでは新人くんとダリオに称された見習い騎士たちが綺麗に整列していた。

 時間は午前九時。

 ちょうどこれから訓練が始まるところらしい。


「トリスタン様。今日から王国騎士団で教育をさせていただくことになりましたサクヤ殿下とベローネ・アマリリス様をお連れいたしました」


 ライルが教官の一人に話しかけた。


「うむ。承知した。では伺ったとおり、新人と同じ訓練を行うこととしよう」

「はっ。では、私はこれで失礼します」


 トリスタンが俺とベローネを受け入れることを示すと、ライルは頭を下げてこの場を去った。

 グラウンドに取り残された俺とベローネ。

 トリスタンと呼ばれた男がこちらに向かって話しかけてきた。


「サクヤ殿下、ベローネ様。おふたりの噂は聞き及んでおります。おそらくこの者たちでは相手にならないでしょうが、本日のところは私どもとご一緒に訓練をいたしましょう」

「よろしくおねがいします」


 トリスタンが形式張ったことを言って俺が頭を下げるとベローネも少し遅れて「よろしくおねがいします」と頭を下げる。


「では、この者共と同じ訓練を……と、その前に皆さんに自己紹介をしてもらいましょうか」


 トリスタンは新入りのふたりに自己紹介を促した。


 自己紹介を済ませて新人くんと呼ばれる新米騎士たちを教える一団に混ざって俺とベローネは走っている。

 グラウンド十周。

 子どもの体力では大人と同じ距離を走るのはとてもきつい。

 魔力を使って身体強化をしなければ走り切るのはムリだろう。

 けれど、これも修行だから──と、俺は思って極力身体強化を使わずに走った。

 なぜか、俺の隣から離れずに同じペースを保って走るベローネを横目にしながら。

 ベローネも広いグラウンドを十周もするのはキツかったのか、走り終わると息を上げていたが、彼女は走りながら魔力を流麗に巡らせて適切な強度の身体強化を保っていた。

 これは絶対に何かしらの権能によるものだろう。

 一体どんな権能なのか気になった。

 お師匠様に見てもらえたらと思うけど、そんな機会はないだろう。

 ただ、これだけ走って俺よりも涼しい顔をしているから、俺が羨むものに違いない。

 持たざる者の劣等感をここでも味わうことになるとは。


 グラウンド十周のあとは軽く身体を動かしてから素振りが始まる。

 ここでは武器は剣だけでなく、槍や斧、棍棒などもあった。

 見習いの騎士たちが各々、武器を替えて素振りに励む。

 少し離れた場所では的に向かって弓を射る者もいた。


「わー、ここって、学園と違って何でもできるんだねー」


 木製の武器を借りに行くと、その酒類の多さにベローネは目を輝かせる。

 数々の武器からベローネは木製の大剣を手に取る。

 木製でも大剣となればそれなりの重量だというのにそれを軽々と片手で持ち上げた。


「その剣、重そうですけど、良く持てますね」

「あははー。よく言われるけど、なんでか持てちゃうんだよねー」


 そう言って大きな木の大剣を片手で持ち上げてみせるベローネ。

 細身だと言うのに涼しい顔で大剣を担ぐ姿はまさに戦場で映えそうな戦乙女のよう。


「さ、早くシよ。このあと模擬戦するんでしょ。楽しみなんだ」


 ベローネの凛々しさに見惚れていたら、彼女から早く素振りしようと催促。

 王国騎士団の騎士がどれほどのものか彼女は気になっていたらしい。


 多くの騎士たちが教官から注意をされているところ、俺とベローネは教官に注意を受けず逆に褒められた。

 俺は片手持ちの短い剣と小さな盾。身体強化を使わない前提だからこれ以上のものは重たくて持てない。

 何らかの権能があれば、それで補正が働いて助けてくれるのに、俺には無いものだから。

 自力で身体強化をすれば良いけれど、それだと魔力の強化にはなるけど自身の強化には繋がらない気がして憚られた。

 それでも褒められたのはお師匠様の教えがあってのもの。

 ベローネだってきっと、何かの権能があったとしても、積んだ努力は計り知れない。

 彼女が大剣を正面に構えて振る姿は、あまりにも流麗で周囲の視線を集めていた。


「は〜い。みんな、集まってぇ〜」


 数十分ほど剣を振っていたらダリオがやってきて騎士たちに声をかけた。

 ダリオの隣にはトリスタンが並んでおり、


「これから模擬戦するのよね? 今日はフロスガーデン学院初等部のお友達がいらっしゃったからアタシ、見学に来たの」


 と、ダリオが言う。

 ダリオは俺とベローネが来たから様子を観に来たということか。

 ダリオの言葉に続いてトリスタンが口を開いた。


「今日は初等部の子どもが来ている。大人として恥じない模擬戦を行うように、では早速始めよう。最初は──」


 と、まあ、騎士たちを交えての模擬戦はレベル72の俺はさることながら、ベローネも負け知らず。

 新人の見習い騎士では相手にならないと言ったところだ。

 そして、最後──


「結局、こうなっちゃうんだねー」


 と、ニコニコ顔を俺に見せるベローネ・アマリリス。

 真っ赤な髪を揺らして、真紅の瞳を俺に向けていた。


「お手柔らかにお願いします」


 短い剣と小盾を構える俺に対して、ベローネは大剣を一本構えるだけ。


「前は剣と盾だったけど今日はこれだからね。わたし、これだったら負けないよ」


 両手に持った剣を斜めに構えてベローネは飛びかかってきた。

 まさに電光石火。

 あっという間に間合いを詰めてきた。

 速い──ッ!!

 斜め上に振り上げた大剣を勢いよく振り下ろす。

 パワースラッシュという名の彼女特有の剣技──コンボの初段である。

 素早く振り下ろされたベローネの刃を躱し切ることが出来ず小盾と剣で受け流したが耐えきることが出来ず後退る。

 大剣は間合いが広い。

 前回は熟練度の低い武器だったから精彩を欠いた動作だったのか……。

 そうだとしても数日前に手合わせしたときとは段違いに成長したんじゃないだろうか。

 足元から剣先まで流麗に流れる彼女の魔力──。

 間違いなく何かしらの権能が働いているのだ。これを身体強化なしで抗うことは難しい。

 ベローネは後退った俺に追撃する。

 剣戟コンボの二段目──パワーストライク。

 超速の剣で俺の胴を水平に薙ぎ払う。

 まるで野球のバットでボールを打つみたいに。

 躱そうにも剣速が凄まじく、身体強化を使わずにはいられなかった。

 それでも、ベローネの剣を盾で受けることはムリだと判断して闇属性魔法──重力を制御して剣戟を回避。

 しかし、躱したと思ったのもつかの間。

 身体強化と魔法を併用した回避行動から静止する瞬間を狙ったベローネの剣戟コンボの三段目、パワースラストが俺を狙う。

 尋常ではない踏み込みと速度。

 足を踏み込んだ音はまるで銃声のよう。

 俺にはもう小盾を構えてベローネの突きを受け止めるしかなかった。

 カーンという盛大な音とともに俺の盾が割れる。

 剣を受けられたベローネは瞬時に俺から離れて間合いを取った。


「ねえ、さっき何をしたの? めっちゃ速かったけど」


 絶妙な間合いをとったあと、ベローネは俺に訊く。

 俺が身体強化と魔法を使って緊急回避したときのことか。


「あれは──なんて説明したら良いんでしょう……」

「教えてくれないの?」


 魔法だと言えない俺にベローネは追求の手を緩めなかった。


「ねえ、教えてくれないの?」

「い、いや……そういうわけではないんですけど……」


 魔法を使った──と、素直に言えたらどれだけ良いのか。

 この時代、この大陸、この国の魔法は詠唱魔法が魔法だとされている。

 お師匠様が教えてくれた魔法は無詠唱魔法がほとんどで、俺はこの無詠唱魔法しか使えない。

 だからここで〝魔法を使える〟とは言えなかった。

 詠唱をしていないのに魔法を使えるわけがない。

 それが今の常識だからだ。

 いろいろ考えて言い淀んでいたら痺れを切らしたベローネが──


「わたしが勝ったら教えてよね」


──と、再び両手剣を構えた。

 彼女は俺の返答を待つことなく勢いよく踏み込む。

 や、彼女の剣技は三つしかないのに、どうして避けられないのか。

 しかも小賢しいことに一段目でベローネはフェイントを織り交ぜてきた。

 彼女の変則的なリズムで振る三段コンボに俺は対応できず……。


「痛ーッ!!」


 お腹のど真ん中に三段目のパワースラストを食らってしまった。

 くっそ。めちゃくちゃ痛い。

 こんなに痛いのはサクヤ人生で初のことだ。

 あまりの痛さに蹲ると、ベローネが「ごめん。当てないつもりだったんだけど……」と謝罪と弁明。


「や、大丈夫です。ボクも良くなかったんでしょうし……」


 辛うじて吐くまではいかなかった。

 王子としての威厳は保てた──はず。


「それよりも、こないだよりずっと強かったです」

「あははー。ちょっとだけ練習したからね。殿下に負けてられないって思ってさー」


 後ろ髪をかき上げる仕草をするベローネは気不味そうな顔をしていた。

 寸止めできなかったことに対して悪気を感じているのか。

 ベローネは俺の予測よりずっと速かったし、俺の魔力の制御もまだ未熟だった。

 まだ、細やかな制御ができない俺の魔法。

 それでも少しずつ出来ていたから実戦で使えるんじゃないかと思っていたけどベローネには通用しなかった。

 つまり、お師匠様は日頃からかなり手を抜いているんだろう。


「さ、勝って気分が良いところで──」


 ベローネは立てずにいた俺に手を差し伸べる。

 俺とベローネの模擬戦はベローネの勝利で終わった。

 ベローネの手を取ると、彼女の手の皮膚がところどころ固くなっているのがわかる。

 手を触れることで彼女の体内を巡る魔力がとても良く整っていることにも気がつけた。


「ありがとう」


 立ち上がってからベローネに礼を言うとベローネは「どういたしまして」と返し──


「さ、教えてもらおうかなー。さっき、どうやって避けたの?」


──と、続ける。

 どうやら俺が答えるまで訊き続けるらしい。

 きっと彼女は負けず嫌いで諦めが悪いタイプだ。

 どう言えば良いのか考えているうちに訓練の終了を知らせるジリリリリリとベルが鳴る。


「サクヤ殿下、ベローネ様、ちょっとこっちに来てもらえるかしら〜」


 ベルが鳴り終わると、ダリオが俺とベローネを呼んだ。

 今日の授業はこれで終わりか。

 ベローネに問い詰められそうだったけど、これで逃れることができる。

 今日のところはこのままにして、学校帰りにお師匠様に相談してみるか。

 そう思いながら俺が「はい」と返事をしてダリオのもとに向かうとベローネが不服そうな表情で俺の横に並んで歩いた。


「凄かったわ。ふたりともあれほどの強さだとは思ってもなかったの。今日は新人くんたちに混ざってもらったけど、次回からイリス軍曹の小隊の訓練に入ってもらうわね」

「イリスお姉さまですか?」


 ダリオから説明をされて、反応したのはベローネ。

 それもそうだろう。

 このイリス──イリス・ラエヴィガータは[呪われた永遠のエレジー]ではアマリリス領で発生するスタンピードで登場するNPC。

 スタンピードを食い止めるためにヒロインのパーティに一時的に加入するベローネの動機がイリスを救いたいというものだった。

 その頃には既にベローネの両親や家族が犠牲になっていて、駆けつけた王国軍によってアマリリス領の領都アストロンの安全を確保したもののスタンピードの解消をするべく編成された小隊がダンジョンに突入する。それがイリス・ラエヴィガータ率いる王国騎士団の小隊だった。

 しかし、この小隊はダンジョン攻略途中で連絡が途絶え、その後、ヒロインパーティとベローネが全滅を確認している。

 つまりイリス・ラエヴィガータはその時に死んでしまうキャラクターだった。


「お知り合い?」

「はい! うちの寄り子の子で時々うちに来てくれるんです。わたしの剣はイリスお姉さまに教わったものですから」

「あら、そうだったの。だからイリスちゃんはベローネという子だったら面倒を見るって言ってたのね」


 で、二人の話によると、ベローネをイリスの小隊で面倒を見るということで俺はそのついでで一緒に訓練を受けることになったらしい。

 それにしても次回──来週の武芸の授業からはガチの騎士たちと同じ訓練をされるとか……子どもの身体ではとってもキツそうだ。

 そんな話をしながらダリオに連れて行かれた先は教官室だった。

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