王国騎士団②
体育館の半面を一年生の一組と二組の児童が剣術と盾術の練習をしている。
残りの半面で俺はベローネと戦うことになってしまった。
「わたし、楽しみだったの。さあ、休み時間までまだあるから、ずっと遊べるね」
嬉しそうなベローネ。
ベローネは唯一、ヒロインのパーティに加わる場面がある女性キャラ。
アマリリス領で発生するスタンピードを食い止めるためにダンジョンに潜るときに共闘する。
ゲームでは両手で装備する大きな両手剣が特徴的だったけど、今、俺の目の前のベローネは片手剣と盾を持ってる。
この時点ではどの程度の強さかな。
俺(サクヤ)は俺(朔哉)の記憶の中のベローネ・アマリリスを呼び起こしてゲーム内での彼女のスキル構成を思い起こす。
そして、俺も、興味や好奇心が上回った。
「そうですね。では、残り時間、ゆっくりでも撃ち合いましょうか」
俺の言葉にベローネは「うん」と大きく頷き、
「じゃあ、早速!」
と、唇の両端を釣り上げて、剣と盾を構える。
俺も同じく剣と盾を構えた。
すると、唐突にベローネが攻撃を仕掛ける。
盾を前方に構えて突進し、右手の剣を素早くパワフルに振り下ろす。
ゲームでのモーションとそっくりだ。
ストーリー中では上級ダンジョンでしかパーティに加わらないからスキル構成が単純な彼女。
攻撃を仕掛ける動作中、ぼんやりと輝いて、見る者を感嘆させる。
華麗とか鮮やかとか、ベローネは戦闘でこそ輝かしい魅力を持つ女性らしい。
彼女が振り下ろす剣を俺は盾で受け止めた。
木と木が激しくぶつかる乾いた音が体育館に響く。
ベローネは盾で俺を押し再び剣で俺を打とうとする。
水平に凪いだ剣は俺の銅を狙う。
二度目の剣戟も盾で防ぐ。
ベローネは剣が防がれた反動を利用して一歩後ろに下がると今度は剣先で俺の喉元を狙い突進した。
素早く力強いベローネの突きは盾で受けず、彼女の右側に避けて躱す。
攻撃を躱されたベローネは踏み込んだ足を踏ん張って、俺に向き直す。
ベローネの攻撃はゲームでもこの三種類しかない。
パワースラッシュ、パワーストライク、パワースラストが攻撃するたびに切り替わるだけ──だったと思ったけど、途中で盾を使うとは思ってもなかった。
「すごいですね」
思わず声が漏れた。
「そういうけど、全部、防いでるじゃない。殿下の攻撃も見せてよ」
「わかりました。では、行きますよ」
もはやプロレスである。
攻撃を待ってあえて受けるとか。
ベローネの速さなら連撃できるだろうに。
まあ、俺も反撃はできたんだけど、ベローネの攻撃を見たかったというのもあった。
──アマリリスの戦姫
作中で語られるベローネ・アマリリスの二つ名。
スタンピードでアマリリス家ただ一人の生き残りとなったベローネが女辺境伯となって領主の座についたのは、二つ名をいただくほどのカリスマあってのものだろう。
こうして剣を交えて理解できたことがあった。
彼女の魔力の動きが身体強化によるものだけじゃない。
ということはなにかの権能をベローネが有してるのかもしれない。
こういうときに鑑定スキルがあれば良かったのにと思う。
持たざる者の悔恨なんて何の意味も無いけれど、知りたいことを知ることができないもどかしさはどうしても拭えない。
詠唱魔法が使えないからと陰で貶されてるのもあって、嘆く気持ちばかりが俺を苛む。
きっと、俺の攻撃ですら、ベローネはその権能らしきもので俺を超えていくのだろう。
本気は出せないから身体強化はしないと決めてる。
俺は右手に握った剣に力を入れて、一つふっと息を吐いてからベローネに攻撃をした。
一時間目はあっという間に終わる。
肩で息をして地べたに尻をつくベローネ・アマリリス。
右手に持っていた剣を腰帯に取り付けて一時間目を終える号令を聞くと、体育館のもう半面の児童の集団からエウフェミアが抜け出して俺とベローネに向かって歩いてきた。
「サクヤ殿下、お疲れ様でございます」
こっちに来たエウフェミアはゆっくりとした動作で目を伏せ頭を小さく下げて俺に声をかける。
ゆらりと揺れる淡藤色の髪の毛と相俟ってどことなく冷たい印象を持たせた。
「ああ、ありがとう。エウフェミア様もお疲れ様です」
「ありがとうございます。お二人の模擬戦の様子を伺わせていただいておりましたが、確かに初等部の技量を超えた素晴らしいものでした。みなさんがとても注目していて、婚約者としてとても誇らしく思いました」
そう言って笑みを作るエウフェミア。
言葉を区切ると一転して真剣な表情に変化する。
「しかし──」
エウフェミアは言葉を繋いで、ベローネを向いた。
ベローネは「ひぃーっ」と毛を逆立てる猫みたいに、毛量の多い紅蓮の髪の毛が蠢いた──ように見える。
「辺境伯のご令嬢ともあろうお方が、あのような声で──それも、貴族として似つかわしくない言葉遣いで……少しはご自身のお言葉に気を遣われたほうがよろしいのではないでしょうか?」
「あ……ははは………父様と母様によく言われますぅ……。ごめんなさい」
しゅんと小さく拗ねた仔猫みたいに縮こまるベローネ。
どうやら家でも似たようなことで怒られているらしい。
「とはいえ、学園では身分は問わないという方針もありますから、こういったことでとやかく言うつもりはありませんが、サクヤ殿下は婚約者を持つ王族ですから、貴族の子女の一人として最低限の礼節は持っていただきたいわ」
「はい。ごめんなさい」
静かに怒るエウフェミアにベローネは素直に謝った。
ベローネがエウフェミアに従ったことでこの場は収まり、エウフェミアはもとの場所に戻る。
二時間目の武芸では、借りてきた猫みたいにベローネはおとなしかった。
それから数日後──。
学園での武芸と魔法の授業は週に二回、行われるが、俺とベローネは初等部校舎の大通りを挟んで真向かいにある王国騎士団の訓練施設に騎士団の教官に連れて来られた。
「おふたりとも、やはり、来られましたか」
教官に連れてこられた場所が団長室。
王国騎士団の団長でエウフェミアの叔父のエアハルト・デルフィニー。
ゲームでも登場する彼は男色家で恋人が王国騎士団に所属している。
戦時には軍団長を務めるという話もあるが、[呪われた永遠のエレジー]のストーリー中では戦争は起きないので定かではない。
そして、没落するデルフィニー家に巻き込まれる形で彼も処刑されるという結末を迎える。
婚約を反故にしたためデルフィニー家とは距離を置かれているが、妻を持たずに恋人と過ごしているのはこの頃も──ということらしい。
ちなみに俺は初対面。エウフェミアとは何度か会ったことはあるがここ数年は会っていないとか。
「サクヤ殿下のことは以前から伺っていました。それに、ベローネ様も──アマリリス領にて無類の強さを誇る戦姫がいらっしゃると王国騎士団の団員の間でもベローネ様はアマリリスの戦姫の二つ名で語られていて、私の耳にも届いております」
エアハルトはエウフェミアの叔父だけあって長身巨躯の持ち主。
母親譲りの美貌のエウフェミアとはあまり似ていないが整った顔立ちのイケメンの部類。
これだけ揃っていればモテるだろう──が、彼は同性愛者。
女性には全く興味を示さず、男性に対しても好みでなければ執着はしない。
とはいえ俺もベローネもまだまだ子ども。そんなことを考える必要はまったくなく──。
「それはどうも……」
おずおずと口を開いたベローネ。
大の大人が何人もこの団長室にはいるのだ。
いくら物怖じしない性格と言っても居た堪れないと感じていたらしい。
「まあ、良い。両名の実力を知る必要があるし、どのように騎士団で面倒を見るかを判断しなければならないから、一度、教官長のところに案内してくれ」
エアハルトの言葉に俺をここまで連れてきた教官が「はっ! 承知いたしました」と敬礼してから「では、ご案内します」と次の場所に連れて行かれた。
そこもゲームで登場する場所だ。
ゲームではここで訓練をすることでレベルやスキルの熟練度を上げることが出来た。
しかも、ここで訓練を繰り返せば際限なくレベルが上がるので戦闘が苦手なプレイヤーのための救済になっていた。
それって今の俺にもできるのか……。
その一点が気になった。だって、王国騎士団のレベルは知る範囲では最高が30とかかなり低い。
他国の騎士なんかレベル50とか60とかいたから、攻め込まれたら負けるんじゃないかと俺(朔哉)がよく思っていた。
そして、教官長が管理する騎士は見習いばかり。ここで鍛えられて正式に入団という運びらしい。
「ダリオ様。サクヤ殿下とベローネ・アマリリス様をお連れいたしました」
「はぁい。どうぞ入ってぇ」
その声は背筋がゾワッとする猫なで声。
これで男なのだ。
「失礼します」
俺を連れてきた教官が教官室に入るとひときわ目立つ奥の机の椅子の傍らに彼は立っていた。
ダリオと呼ばれるこの男。フルネームはダリオ・ペラルゴニー。
ソフロニオの八歳年上の実兄である。
顔の下半分を埋める青いひげが特徴的なダリオはエアハルトの恋人なのだ。
「あら、可愛らしい子どもが二人。うふふ〜」
寒気が走る。
ゲームでも気色悪かったけどこれがリアルだと更に怖い。
隣のベローネもこれにはドン引き。
とはいえ、このままでは失礼なので、お互いに名乗りあう。
ダリオは初対面。今まで一度も会ったことがなかった。
「話は聞いてるわ。こっちで週に二回、二時間ずつ面倒を見れば良いのよね? でも、こっちで見きれるかしら……」
ダリオはそう言って俺とベローネを値踏みする目で舐める。
俺もベローネも目を閉じる思いでゾワゾワする悪寒に耐えながら話を聞いた。
「大丈夫よぉー。アタシが子どもを食べちゃうように見えるのかしら?」
怯える俺とベローネにダリオは「おほほ」と笑い飛ばす。
「い、いいえ……」
俺とベローネは恐る恐る声を出す。
ダリオは濃い。俺(朔哉)の記憶の中のダリオ・ペラルゴニーの何倍も濃厚だ。
「まぁ、良いわ。じゃあ、早速だけど新人くんたちの訓練にイれちゃうわね」
肘を組んで片手を青髭が広がる頬に添えてダリオが言った。
「ライルちゃん、殿下とベローネ嬢をお連れして新人くんたちと同じ訓練を受けさせてあげて」
俺をここまで連れてきた教官はライルという名前らしい。
ダリオの指示を聞いて俺とベローネはまた移動する。
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