王国騎士団①
週の始まり。
月曜日の朝というのは生まれ変わっても憂鬱なのは変わりなく。
最近は学園に行きたくなくて布団から出るのが億劫だ。
朝の教室ではエウフェミアとふたりきりの時間がある。
エウフェミアの本心を知ったからか、俺はエウフェミアと過ごすあの時間がとても重苦しい。
彼女は陰で俺を無能者だと貶していた。
そのせいで接し方がわからなくなっている。
お師匠様は「エウフェミア様のことは気にしなくても、サクヤ殿下が思っているようなことはないと思うよ」とは言うけれど。
教室に入る前──引き戸を引く前に胸に手を当てて深呼吸を一つ。
それからゆっくりと引き戸を引いて教室に入った。
「おはようございます。サクヤ殿下」
いつも見せてくれる可憐な笑顔で先に教室に入っていたエウフェミアが迎えてくれた。
「お、おはようございます……」
「ん……? なにかございました?」
口籠って挨拶を返した俺の顔を、エウフェミアが下から覗き込む。
ち、近い……ッ!
「い、いいえ特に何もありませんよ……」
これまでと違った距離感に動揺を隠せない。
それはエウフェミアが可愛いからという理由なんだけど……。
「なら、良いんですけど……まあ、よろしいでしょう」
エウフェミアはあえて追求しなかった──俺にはそう見えた。
「それよりも、昨日、一昨日とサクヤ殿下にはとても助けていただけて、ありがとうございました。あれから家に帰ってお父様とお母様に魔法を見せたんです。そしたらとっても喜んでいただけて──」
席に座るとエウフェミアと俺はいつもの朝と同じくふたりだけの会話の時間が流れる。
今朝のエウフェミアはとても饒舌で、とても嬉しそうに言葉を紡いだ。
こうやって話していても、女性というものには常に裏がある。
俺は前世の記憶が、彼女のここ最近の思いがけない態度から裏のエウフェミアの姿を創り上げている。
俺の前では良い顔してても所変われば貶し罵り蔑んで──俺(朔哉)はそういった女性たちが周囲を通り過ぎていく人生を歩んだ。
それに幼少期に女性たちからされたイタズラの数々も俺(朔哉)の心に影を作った。
エウフェミアの気分を害さないように話を聞いて、俺はなるべく距離を置くことにする。
きっといつか、俺のことがわからない──と、そう言って離れていくことだろう。
でも、それでも良いんじゃないか。けれど、彼女が滅びの道を歩むのは心が痛む。
俺から離れていくからと彼女の人生はどうでも良いものだと思えない。それでは俺が恨まれてしまいそうだし。
この日、武芸の授業が午前の二時間を使って割り当てられている。
一組と二組は体育館で武芸。三組と四組は校庭で魔法。
で、午後は逆──なんだけど。
「先生! わたし、サクヤ殿下と組みたいです」
武芸を教える先生(王国騎士団の教官)に一人の女子が手を上げて声を上げた。
二人一組で剣を振るう訓練である。
この日まで剣の素振りが主体だった武芸の授業だったが今日からは二人一組で模擬戦に近いこともし始めるらしい。
「わかりました。ではサクヤ殿下とベローネ様はお二人で組んでください。おふたりとも並の騎士では相手にならないほどですから、そうしていただけると助かります」
ベローネ・アマリリス──。
彼女は辺境伯家のご令嬢。
まるで紅蓮の炎が燃えるが如く揺れる毛量の多い長い赤髪を靡かせて俺の傍に歩み寄る。
俺の隣にはエウフェミア。
「エウフェミア様、サクヤ殿下をお借りさせていただきます」
凛々しい美少女、という印象をもたせるベローネがそう言うと、エウフェミアは「かしこまりました」と同意する。
俺のことなのに何故──そう思ったけど、すでに俺の婚約者として広まっているのだろう。
だから、女子のベローネは俺よりも先にエウフェミアにお伺いを立てた。
「それでは、サクヤ殿下。お願いします」
ベローネに連れて行かれた。
学園でエウフェミア以外の児童と行動することはめったに無い。それどころか、女子では初。
こんな感じで二人一組が出来たところで、先生が指示を出した。
「二人一組になったら剣と盾を取りに来てください」
先生の声に従って、
「殿下、一緒に行こう」
と、ニカッと爽やかな笑顔で俺を導くベローネ嬢。
エウフェミアに無能者扱いされていたと知ってからささくれだった心の澱を洗い流してくれそうな、そんな雰囲気を持つ不思議な笑みだった。
彼女の後ろについていって俺は先生のところから木剣と小盾を取りに行く。
「わたし、実力測定の日から殿下と組むのを楽しみしてたんだよ」
そのすがら、ベローネは嬉しそうに言葉を編む。
「わたしには三人の兄が居て、一人は王国騎士団に努めててね。殿下の話を聞かされたことがあったの。本当かよって思ってたけど、実力測定のときに見たら兄の言うとおりだったって思ったらどうしても殿下と剣を交えたかったんだ」
朗らかに弾む声とは裏腹の物騒なことを言う。
要するに俺と戦いたかった──と。
「それはどうも……」
俺の短い言葉にコロコロとベローネは笑う。
「わたし、王子様ってもっと偉そうにする人だと勝手に想像してたけど意外と普通の男子だね」
俺の身近にはない返し方。
普通の男子──か。
生まれ変わってからそんなこと言われたことがなかったな。
「それは、当然……というか、王子である前に同じ人間ですし」
「同じ人間って……どこの貴族だって普通はふんぞり返るじゃない? わたしの家にいるひとたちもそういうひとばかりだし、貴族の子でそんなふうに言う人は珍しいよ」
俺の言葉の節々をかいつまんでコロコロと笑う。
この子、初めて話したけど嫌味がない。
ひどいこと言うねって思うけど悪い気持ちにならない。
「俺は変わり者だからね」
「それって周りの人が言ってるだけでしょ? わたしは殿下と戦いたい。それだけなの。それに、女なのに剣も担いで男と戦いたいっていうのも十分変わり者だと思うけど──そしたら、わたしと殿下って同じ変わり者だってことだね」
「や、ベローネ様はそれで──自分で変わり者って言って大丈夫なんです?」
「わたしはやりたいことをやりたいようにやって変わり者って言われても良いの。だってやりたいことを我慢してたら疲れちゃうもん。ということで、始めよう? ね? わたしとシよう?」
周りでは剣と盾を当てる練習を始めてた。
ベローネの言葉に俺は「そうだね。始めようか」と返すと、どちらともなく剣と盾を構える。
「イクね」
可愛らしい声を合図にベローネは俺が持つ盾に剣を振った。
カーンッ! という乾いた音がしてベローネの剣を盾で受ける。
腰の入った素晴らしい剣戟だ。それに足を起点に魔力が流麗に流れて刀身まで届いてる。
身体強化もさることながら王城に勤める近衛騎士団でもここまで鋭い剣を振るう騎士はいな。
ゲームの都合とは言え、彼らはレベルが低い。
ベローネ相手でも相手にならないだろうな……って彼女はレベルいくつなんだろうか。
「あー……、ビクともしないかー。自信あったんだけどなー」
「とても良いと思います。王国でここまで剣は居ないですよ」
先生の合図で攻守が交代。
今度は俺がベローネの盾に向かって剣を振る。
思い切りやつるもりはないので盾に当たった瞬間に剣を止める。
「す……すごい……わたしが見えなかった……」
真っ赤な瞳をまんまるにしてベローネは驚いていた。
「ね、もういっかい……もういっかいシて……? ね? お願い」
ベローネは盾を構えて懇願する。
「今度はもっとちゃんと盾を打ってくれないと、わたしの練習にならないからちゃんと打って」
そうだった。
ベローネの言う通り、盾で受ける練習である。
そうして、再度……今度は剣速を落として盾を打つ。
「ふぅッ──んん────ッ」
剣戟を受けたベローネは後退って、何故か身悶えしてる。
「だ……大丈夫です?」
「はぁっ……大丈夫。こんな受けきれない剣が気持ち良いなんて……」
ええ?
何なのこの人……。
剣を受けて身悶えしてるって一体何者?
あまりの恐怖に俺が一歩、後退る。
「引いちゃいました? でも、今までこんなに強い剣を受けたことがなくて……それでも、さっきより遅いから絶対に手加減されてるって分かってても……」
ベローネは後退る俺を追いかけるように一歩躙り寄る。
盾を構えて俺に剣を振れと言わんばかりに……。
とはいえ、武芸では飛び抜けた俺とベローネは二人一組ならこの組み合せ以外にないのだろう。
しばらくこんな状態で剣を打ち盾で受ける練習をしたあとに、今度は剣の攻撃を自由に受けるというもの。
「次は自由にして良いみたいですよ」
先生の指示が聞こえたのでベローネに伝えたら横から先生は俺とベローネには別のことを行ってきた。
「キミたちはもう上位の実力者で、私に教えられることがありません。今日のところはおふたりで模擬戦をするなどしてご自由にしていただき、次回からは授業をどうするか考えますので」
どうやら王国騎士団の教官は俺とベローネが手に余るらしい。
考えてみたら教官は見習いを教える程度のレベル。
出世から外れた騎士が務めるものだとされていた。
その教官が俺とベローネに教えることをギブアップ。しかし、ただ、教えることを放棄するのではなく、より良い環境を用意する意思を口にした。
ならば受け入れるしかないだろう。
俺はともかく、ベローネがどれくらいのレベルなのかわからないけど相当な実力者なのは間違いない。
ベローネの実家の領地は王国西部の山岳地に近いアマリリス辺境伯領。
いくつかのダンジョンがあり、中盤から終盤に差し掛かるイベンドでスタンピードが発生する難易度が高めのダンジョンのほか、いくつかの中級ダンジョンが存在する。
中でもアマリリス領の領都アストロンの近郊にある中級ダンジョンはアマリリス領軍の訓練に使われる将来の騎士を育成するために使われていた設定があった。
おそらくベローネもそこでレベリングを重ねたのだろう。
もし、その中級ダンジョンで上がる上限までレベリングをしていたのなら、彼女のレベルは44くらいか。そうでなかったとしてもそれなりにレベルを上げてきてるはずだ。
それにしても貴族の女子がここまでの強さを持っているのは謎である。
たぶん特別な才能があるんだろうね。権能とか
羨ましい限りだ。でも、そうであれば教官が手を余すほどの実力を身につけるのも納得。
「そう。何だかわたしが残念みたいな感じだけど、良くしてくれるなら仕方ないか……」
言い方だってあまり良くない。
まるで俺とベローネが悪者みたいで排除するみたいなやり方に聞こえてるし。
「サクヤ殿下、模擬戦しよう」
俺が言葉を選ぶために言い淀んでいたらベローネが先に言葉を出した。
彼女は俺と戦うことを楽しみにしていたようだ。
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