無能者②
エウフェミアのパワーレベリング、一回目が終わり、王都に戻ろうとしたところ──
「私、今回、サクヤ殿下にパワーレベリングを付き合っていただいて思うところがありました。これまでのこと、深く謝罪いたします」
と、エウフェミアが平服してわびてきた。
「これからはサクヤ殿下の婚約者として、将来、殿下の妻となる身として、心身の限りを尽くすと誓います」
「や、急に、そんなことされても困るから。誓うのは良いけど、頭を上げて立ってくださいよ」
エウフェミアの突拍子もない行動に地が出てしまった。
公爵家の長女がそこまでのことを──というか、きっと無能者だと思っていたことに対する謝罪だろうとは思う。
けれど、それは俺が詠唱魔法を使えないということに起因するわけだし、魔法が使えない無能というのは否定し難い事実なのだから仕方がない。
とはいえ、幼い頃から魔法が使えなかったけど、初等部に入って魔法を使えない極少数の一人に俺が含まれているわけで──。
これから数年をかけて俺が魔法を使えない無能者だということが確定する。
エウフェミアにも裏の顔があったことには驚きを隠せないけれど彼女も女。俺みたいな無能者という勝ち馬になれないゴミに輿入れしたくないと考えるのは当然の話。
公爵家のご令嬢で政略結婚だとしても、公爵家が没落しなければ敵対することなく、俺がこのまま無能者として十五歳の誕生日を迎えたときに王位を放棄すれば王妃となれないエウフェミア──デルフィニー家は俺に離縁を言い渡すはずだ。
そういう予測があるから、エウフェミアに蔑まされえていたとしても気にならない。
「ボクは気にしてませんから、遜らなくて構いません」
俺はそう伝えてエウフェミアが開いたファストトラベルに飛び込んだ。
それから、お師匠様とエウフェミアが続いて王都のお師匠様の屋敷にファストトラベルで渡ってきた。
「それでは今日の講義はこれで終えるとしよう」
お師匠様はエウフェミアが渡ってきたのを確認して、そう口にする。
今日はこれで終わり。
で、エウフェミアはお師匠様が「迎えまで時間があるから、今日のところはわたくしがエウフェミアのご自宅までお送りしよう」とデルフィニー公爵家まで送ることにした。
「では、ボクはここで待ってます」
俺は屋敷に一人で留守番をする。
エウフェミアとお師匠様がリビングから出たのを見送って、俺はソファーに腰をかけた。
待ってる間は魔法の練習をする──と言っても、俺は詠唱魔法を使えないから、いつもの異なる属性を輻輳して使う練習。
人差し指から小指にかけて順番に魔法を留まらせて最後に親指に光属性魔法を創り出す。
それに手のひらに闇属性魔法を一つ、追加しようとしたところで、魔力が散った。
気が紛れるまで何度も何度も挑戦する。
額から玉の汗が流れ落ち、身体に熱を帯びても何度も試した。
たとえどれだけのことができたとしても、これからの俺が無能者というレッテルはかわらないだろう。
ゲームでの俺がどうやって無能者であることを乗り越えたのか……。
[呪われた永遠のエレジー]は高等部に入学してからの物語。
その時も一学年四クラスあるうちのCクラスに配属されていたから、もしかしたら無能者のままだったのかもしれない。
だけど、もしそうだったのなら──ゲーム中のサクヤが無能者のままだったのなら、婚約破棄を堂々と宣言したときにすんなりと婚約解消に至ったのかもしれない。
そうだとすると、確かに、サクヤが国王として即位したエンディングがサクヤルートしかなかったのも頷ける話。
けどそれならどうしてエウフェミアは闇落ちしたのか。
その理由が俺にはわからなかった。
もしかしたらデルフィニー家が没落することと関係があったのかもしれない。
エウフェミア・デルフィニーはデルフィニー公爵家の一人娘で、一人っ子。
跡継ぎがおらず、どうしてそのまま王太子となった俺の婚約者のままなのかが気になった。
デルフィニー家の当主のアウグスト・デルフィニーには弟がいるけれど、彼は男色家で妻を娶らず家を出て恋人と生活をしている。
もし、一時の間、アウグストの弟──エアハルト・デルフィニーが継いだとしても養子を迎えるだろう。
それならば俺とエウフェミアに出来た子のうちの一人を養子として迎え入れてデルフィニーの世継ぎとして育てるのかもしれない。
そう考えたらしっくりくる部分はあった。
でも、俺じゃなくても良いんじゃないか──と、思ったがスタンリーはイングリートの妹、ヌリア母様の長男で、エウフェミアの従兄弟だから、従兄弟とは言え公爵家と王家では血縁がそれほど遠くない近親は避けたかったのか。
で、スタンリーはエウフェミアには若すぎると考えて俺の婚約者となることに──。
無能者の妻となることを呪っただろう。
それに、俺の十八歳の誕生日──婚約破棄イベントはデルフィニー家は他国と謀って王家を滅ぼそうとしているという嫌疑がかけられることが発端となる。婚約破棄後のイベントでアウグストとイングリートは処刑、エウフェミアは行方知れずとなり、その後、サクヤルート以外ではラスボスとして登場し学園内で戦うわけだ。
ゲームの進行を俺はなぞるつもりがない。
婚約の解消は避けられないとしても、エウフェミアを傷つける形では終わらせないし、そのためにもデルフィニー家の没落しない未来を紡がなければならない。
しかし、まだ九歳──今年の誕生日で十歳という俺では自分の意志でお金を動かせなければ従者も迎えられない。
俺が十五歳の誕生日を迎えれば、自分の意志で人を雇えるし、少しばかりのお金も使わせてもらえるはず。
でもそれまで待て──というのはデルフィニー家が没落する事態になる前に動き出したいという観点から考えたら難しい。
とはいえ、俺(サクヤ)には[呪われた永遠のエレジー]の世界に詳しい俺(朔哉)の記憶がある。
その記憶から掘り起こしたソフロニオ・ペラルゴニー攻略ルート。
ソフロニオの攻略そのものはストーリーの中盤までに成立する。
彼のトゥルーエンドではソフロニオがピオニア王国の王に即位し、サクヤやスタンリーの話は一切語られない。
これが何を意味するのか考えたい。
デルフィニー家への糾弾はペラルゴニー公爵家とルドベキア公爵家によるものだった。
バッドエンドではどのルートでもルドベキア公爵家がピオニア王国の王家となる。
ルドベキア公爵家はヒロインの後見人として物語の舞台となる高等部にヒロインを入学させたフレアベイン子爵家の寄り親。
ペラルゴニー家とルドベキア家は最初から繋がりがあったのだろう。
そう考えたらバッドエンド周りの出来事は腑に落ちる。
それにソフロニオルートで、学園の卒業式で退学処分となったエウフェミアが登場する。
そのときのセリフが──
『私はお前たちを絶対に許さないッ! ここで始末してやるッ!』
──と、ソフロニオが──あるいは、ペラルゴニー家が関わってると言わんばかりに責め立てていた。
サクヤルートでは退学処分後に行方をくらましたエウフェミアが、黒の魔女としてピオニア王国の北方に隣接するファレノ王国を滅ぼし、サクヤはエウフェミアを追いかける。
サクヤがヒロインやソフロニオたち攻略対象たちとパーティを組んでファレノ王国に乗り込むとエウフェミアはさらに北に逃げた。
「ペラルゴニー……ルドベキア……、それに、ファレノ……か」
「気になるのならわたくしが調べておこうか?」
俺の独り言に嫋やかな優しい声が返ってきた。
「いつから居たんです?」
「随分前に戻ってたよ。何やら真剣に考え込んで魔法を転がしてたから、そっとしておいてたんだ」
お師匠様が俺の隣に大きなお尻をドサリと下ろして俺に顔を向ける。
や、ほんとうに綺麗。
ずっと見惚れていたい──と、そう思えるほど。
だけど、お師匠様は人が悪い。
「帰ってきてたなら言ってくださいよ……」
「いやあ、サクヤ殿下が練られた魔力があまりにも美しく、それに心地好くて、酔いしれていたんだ」
「それはいくらなんでも褒めすぎというか言いすぎじゃないです?」
「わたくしの呪われたこの身体のこと、知ってるだろう? 心臓が体外にある時点でわたくしの身体は魔物のようなものだから、強力な魔力と濃密な魔素のある場所を、心地良く思うものなんだよ」
確かにそうかも知れない──と、思うのはお師匠様の心臓を実際に見たからだけど。
「そういうものなんです?」
「ああ、そういうものだよ。それにわたくしの心臓はもうわたくしだけのものではないからな。この呪いの維持にも魔力は必要だしね」
お師匠様はそう言って俺の額や頬を手に持っていたタオルで拭った。
どうやらタオルを取りに行くくらいの余裕があったらしい。
それだけ俺は考え事に夢中になっていたのか……。
「最近のサクヤ殿下はお悩みのようだ。無能者と思われることを心苦しく思っているみたいだね」
エウフェミアがお師匠様に師事し始めて、エウフェミアも俺を無能者だと蔑んでいたことがわかって──。
詠唱魔法が使えない無能者──だけど、魔法は使えているという自分がいて、母上やお師匠様、ネレアとノエルは俺に優しくしてくれてとても慕ってくれてるけれど、エウフェミアのちょっとしたときの態度や、以前はとても懐いていたスタンリーやシミオンからも無能者だと揶揄する言い回しをされることが心苦しい。
頭では分かっていても心的ダメージは避けられず、今なお徐々に蓄積していた。
お師匠様には隠し通せないんだな。
「それは──まぁ……」
ああ、居た堪れない。
ネガティブなことからは極力逃げたい。
「ただ、詠唱魔法が使えないだけじゃないか。それにサクヤ殿下は騎士団からの支持が厚い。余程のバカじゃなければサクヤ殿下を蔑むことはないと断言できる」
お師匠様はそう言って俺の汗を拭ったタオルを手に立ち上がる。
「とはいえ、わたくしも気になることができたからペラルゴニー公爵家とルドベキア公爵家について調べることにしよう。ファレノ王国の動きも気になってるから、こちらも情報を集めておくよ」
俺の独り言を拾っていたのか……。
それにしても、お師匠様に気になることができたと言っていたけど、どこで気になったんだろうか。
俺の言葉で気になったわけではなさそうだ。
「ありがとうございます」
「いや、礼には及ばないよ。それよりも、そろそろ城に戻ろう」
そう言って俺に手を差し伸べて優しい目を向けてくれるお師匠様。
その手を俺は掴んで立ち上がり、お師匠様を見上げる。
すると、視界の半分以上はお師匠様の大きな胸で埋め尽くされるのだが──。
「そうでした。もうお城に戻らないといけない時間でしたか」
「ああ、あまり遅くなるとノエル殿下が飛んできそうだしな……」
お師匠様、それをフラグって言うんですよ。
「あ、おにぃ。いた」
突然開いた空間の境界。
ノエルがファストトラベルで俺の部屋とお師匠様の屋敷のリビングを繋いだらしい。
境界の向こうにはネレアの姿もあった。
「ノエル殿下、今から帰るのでそのままお待ちを」
「あいっ! わかりまちた。はやく帰ってきてね」
ノエルはお師匠様の言葉にだけ聞き分けが良い。
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