悪役令嬢⑦
五十メートル四方の更地──。
結構な広さを一気に整地する。
いつもは抑えることばかり考えて制御する魔力を一気に開放できる。
お師匠様の許可があったのだ。
俺は更地にする予定の場所の前に立ち、深呼吸を一つ。
「では、お師匠様。ここで宜しいですね?」
「ああ、頼んだ」
抑える必要はない。
目の前の森林に五十メートル四方の空間を意識して、魔力を練り上げ火属性魔法を顕現させた。
轟音とともに蒼白く巨大な火柱が発生して轟々と森が燃える。
「やりすぎないように」
お師匠様の声が後ろから聞こえたが、多分、五十メートル四方に収まってるので問題ないはず。
熱風がこっちに来ないように南から北に向かって風魔法で風を起こしているので大丈夫。
数分の間、燃え続けた蒼白の炎をかき消すと、目の前には五十メートル四方に真っ平らでテカテカした更地ができていた。
磨りガラス状の地面に強めた風を当てて温度を下げ、次に土属性魔法の魔力を練り、地面に働きかけてガラス状になった土を砕く。
ドーン、ドーンと大きな音が鳴り地面を揺るがす。石ころのように固まった土塊は地面の深くに潜り込み、地面の下からは土とも砂とも取れるものが浮き上がった。
それから水魔法で水を撒いて土を固め、平らな地面に成形する。
最後に濡れた地面を乾かして更地の出来上がりだ。
お師匠様から魔法を教わって初めて、魔力を抑圧すること無く開放した今回。
とても気持ち良くて気分が爽快だ。
溜まってたものを吐き出してスッキリした気さえする。
「できました。お師匠様。こんな感じで良いですか?」
満足そうに唇の両端を釣り上げるお師匠様と、その傍らには公爵家のご令嬢に相応しい小綺麗な衣装で着飾ってると言うのに地べたに尻をついたエウフェミアの姿。
「な……何なのですか? これが魔法ですって?」
「ああ、これがわたくしが知る本来の魔法の姿だ。サクヤ殿下は古代魔法と呼んでいるけどね。この年齢でこれほどまでの魔法を使うのはサクヤ殿下以外に見たことがないくらいさ」
「そんな……。それでは学園で魔法を使えないサクヤ殿下は実力を偽っていると言うの?」
「それはキミも知っているはずだよ。サクヤ殿下は魔力が強すぎて詠唱魔法の術式がショートして不発するんだ」
「あの、ふわっと消えるあれが……本当に魔法だということですか?」
「そう。キミが感じたそれは、サクヤ殿下の魔法なんだよ。サクヤ殿下は魔力が強すぎて制御しきれていないからキミの知る魔法を使えない。しかし、わたくしの人生において、サクヤ殿下ほどの才能は見たことがない。だから、サクヤ殿下はわたくしにとって最も特別な存在なんだ」
お師匠様はエウフェミアにそう説明するけど……特別な存在って言われて嬉しく感じる。
「そうですか……でしたら、何故、私を教えようと思っていただけたんでしょう?」
エウフェミアはまだ立ち上がれずにいた。
それでも知りたい気持ちのほうが上回ったのかそのままの姿勢でお師匠様に訊く。
「エウフェミア様は魔女という権能をお持ちだ」
「私が魔女……ですか?」
「そうだよ。キミはわたくしと同じ魔女……魔法の才能を持ち、その権能の助けで魔力や魔素の働きに干渉することができる」
「そんな……私、鑑定なんてしてもらったことがなかったから知らなかったわ……」
この世界には聖女と魔女という権能を有するものが存在する。
他にもあるかもしれないけれど、ゲームでは単に言葉として聖女とか魔女とかあったけど、ここではそれを権能だと表現していた。
そして、魔女。
魔女という存在は畏怖されるもの。幼少期に良く読む物語にはそう思わせるものが多かった。
だからエウフェミアは自分が魔女だと知らされて落胆した様子を見せている。
「魔女だからと言って悪いものではない。キミが良い魔女として生きれば良い。だから、わたくしのもとで研鑽に励み、学問や行儀作法のほか、武芸と魔法を覚えてもらいたいと思ってね」
お師匠様はそう言ってエウフェミアに歩み寄り手を差し伸べる。
「それとサクヤ殿下はエウフェミア様が知っている魔法が使えない王子ではないんだ。だから、これからは殿下の婚約者として彼を理解してもらえたらと願うよ」
差し伸べられた手を取り立ち上がるエウフェミア。
改めて俺が作った更地に目を向けて何やら物思いに耽る様子を見せた。
「さあ、はじめようか」
エウフェミアが立ち上がると、お師匠様は家の中にエウフェミアと俺を招き入れた。
お師匠様の家に足を踏み入れたエウフェミアは家の中をキョロキョロとあちこちを見て目を丸くする。
この家は未知の魔道具に満ちている。
ちょっとした装飾品が千年前の技術で作られた魔道具ばかり。
時計一つとっても、照明一つでも、ピオニア王国では見ることのない高品位なもの。
特に魔力がよく見えるのなら、お師匠様の言う通り、エウフェミアが魔女ならばその権能でわかるだろう。
「あ、あの……この照明は……?」
見たこともないくらい明るいんですけど──とでも言いたげだ。
俺も驚いたからね。
「この照明は千年前のもので、現代のものとは違う技術で作られた魔道具さ」
「千年前……?」
「ともかく、これから地下室に案内するよ。サクヤ殿下はそこでずっと勉強してきたんだ。今はネレア殿下やノエル殿下も地下室の本に夢中でね。エウフェミア様にも興味があるものを探してもらおうと思ってる。言語が違うから覚えて貰う必要はあるけれど」
どうやら最初は魔導書や大陸の歴史をエウフェミアに教えるつもりらしい。
けど、千年前の大陸語を覚えるのは大変なんじゃないだろうか。
お師匠様の先導で地下室に入るとエウフェミアは更に目を大きく開く。
太陽の光が一切射し込まないこの地下室は王国の照明ではありえないほどの明るさだからだ。
ここで本を読めるほど。
俺も最初は驚いたし、信じられないという気持ちになったけど、エウフェミアも同じらしい。
「地下室がこれほど明るいとは思っても見ませんでした。それに本がたくさん……」
「ここはサクヤ殿下が特にお気に入りの場所でね。良かったらエウフェミア様も何か探してみると良い。言葉がわからないだろうからサクヤ殿下に聞けば教えてくれるだろう。わたくしは行儀作法を教える準備をしてくるから一、二時間はサクヤ殿下とここでいろいろ見ていてくれ」
お師匠様はそう言って地下室から出ていってしまった。
地下室に取り残された俺とエウフェミア。
ほんの一瞬、シーンとした空気が流れる……。
この一瞬がとても長く感じた。
なんだか居た堪れなくて、俺が先に行動することにした。
「ボクは好きに本を読んでるので、エウフェミア様もご自由にどうぞ」
ここ最近、よく読んでる魔導書を俺は棚の一つから取り出していつもの椅子に座って本を開く。
アステレイシア先史魔法書というマトリカライア王国時代の魔導書とは一線を画した魔導書の類。
千年前の魔導書よりも更に古い魔法体系を記した内容でより高度でより自由度の高い魔法の使用例が多く書かれていた。
最近はこの本を多重魔法なり創造性の高い魔法の参考にしてる。
「あの……サクヤ殿下……」
読み始めて数分して、エウフェミアが一冊の本を抱えて俺に声をかけてきた。
「いかがなさいました?」
「この本、絵が多くて読みやすそうだと思ったのですが……」
マトリカライア王国時代の地図である。
「これは古い地図ですね。フラウェル大陸全図という本です」
「地図?」
「はい。ピオニア王国では考えられませんが、マトリカライア王国時代は一つの国が広く、争いがない時代だったので地図がとても流行ったそうです。当時の国や都市なども書かれておりますよ。本を戴いても宜しいですか?」
俺の言葉にエウフェミアはおずおずと地図を俺に渡してくれた。
地図が記された本をパラパラと開き、そのページをエウフェミアに見せる。
「これが今のピオニア王国がある場所ですね。アステル神教国という国で首都はボクたちが住んでるラクティフローラにあったそうです」
「凄い……。サクヤ殿下はこの文字が読めるのです?」
地図と知ると興味を失せたのかエウフェミアは別のことを聞いてきた。
「覚えるまで一年くらいかかりましたが読めますよ。文字や単語そのものはそれほど大きく変わりませんし」
「そうでしたか……。先程の魔法……あのような魔法を覚えるにはどの本を読めばよろしいのですか?」
「今、ボクが読んでるこの本もそうですが、エウフェミア王国時代に体系化された魔導書があるのでそれを読めればと思いますが──」
以前読んだ魔導書を取りに行ってすぐに戻り、
「何せ、この文字ですから……」
「読めませんね……」
「最初はボクもわかりませんでした──」
座っていた椅子の傍に俺が五歳のころから書き溜めたメモを机の引き出しから取り出して──
「分からなかった文字を現代語と対応させたメモです。この本を読む時に作ったメモなので見比べながらでしたら覚えやすいでしょう」
エウフェミアに手渡した。
古代大陸語と現代大陸語を対応させただけものだけど、あるのとないのとでは大きく違うだろう。
特に俺が一度読んだ本ならメモを見ながらならだいたい分かるはず。
「あ、ありがとうございます。読んでみます」
俺が最初に読んだ本……。
初級魔法大全という名前がついていたことは後で知ったことだったりする。
しかし、このおかげで俺は魔法を使えるようになった。
エウフェミアはメモと魔導書を受け取ると俺から距離を取って少し離れた椅子で本を読み始める。
何だか俺が魔法を見せてから妙にしおらしいエウフェミア嬢。
きっと、下だと思っていた俺が魔法を使ったことに驚いて接し方がわからなくなったんだろう。
それにしても、人間には裏と表がある──女だから裏と表の乖離が激しいのかもしれない。
魔法を使えない俺を見下していたことがはっきりと分かったのは、ある意味で良いタイミングだったのかもしれない。
小さい頃はそうでもなかったのに、いつから彼女は俺に対してゴミのように見始めたのだろうか。
思考の世界に潜っていつもの手癖で魔力を指先に練って発言させていたら──
「──サクヤ殿下──サクヤ殿下」
エウフェミアの鈴の声が耳を刺激する。
「え、あ……。どうしました?」
「その手は何をしてらしてるのです?」
エウフェミアが見ていることに気が付かなかった。
彼女は亡霊でも見るかのような目で俺の指先に顕現する魔法を見て興味を持ったらしい。
「あ、忘れてました。ごめんなさい。これ、忘れてください」
「いいえ。忘れることなんてできません。サクヤ殿下は詠唱されないのですか?」
「これ?」
エウフェミアの声に気がついたときはちょうど四つめの魔法を指先に待機させているところだった。
親指に光属性の魔法を発生させる。
「そうです。それです。今も詠唱していないのに、また、魔法ができてるじゃないですか」
「さっきの本を読み続けてもらったらわかると思うけど、古い時代の魔法は詠唱がないんです」
「そうなのですか……。私もこの本の内容を覚えたらサクヤ殿下のように魔法を使えるのでしょうか」
エウフェミアの言葉のあとに、部屋の扉が開いた。
お師匠様が戻ってきたのだ。
「エウフェミア様はわたくしと同等に魔法を使えるようになるだろうけど、サクヤ殿下と同等でとなるとそれはムリだ」
どこから話を聞いていたのかエウフェミアの言葉に答えたのはお師匠様だった。
「そうだな。先ずは自身の実力を図るところから始めなければならないな。現在地を知らなければ努力の方向を見定めることもままならないだろう? ちょうど準備ができたからエウフェミア様の行儀作法を教えようと思ったけど、予定を変更して外で少し身体を動かそうか」
予定は急遽変更されたらしい。
何だか妙にしおらしくなったエウフェミアを慮ってのことだろう。
このままだと自信を失いかねないけれど、これで外での特訓を見たら立ち上がれなくなるんじゃないか?
エウフェミアを思うと少し可哀想な気持ちになった。
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