悪役令嬢③
学力測定はつつがなく終了した。
エウフェミアの小言を受け入れて十分足らずで解答が終わっても頬杖をついたり居眠りをせずキリッと座って正面を向く。
正しい姿勢でクラスの雰囲気を乱さないことを心がける。
この学園で最も身分の高い俺だから俺が見本にならなければ。
エウフェミアには助けられた。
俺の正面──教壇の横に座る膝丈のスカート姿のレジーナ先生。
足を組んでるから俺の席からだと紫色の派手な下着がよく見える。
前世の俺(朔哉)なら三杯は行けるね。何せ俺は今年十歳になる子ども。
子どもに性欲はないというけれど、おっきするものはおっきするし、見て興奮するものは興奮する。
やりたいとまでは思わないけど異性に対して昂ぶるものがあるのは物覚えがついたころから変わらない。
レジーナ先生は子どもしか居ないからと無防備なのは、子どもが純粋だと信じてるからだろう。
そんなことを考えて空いた時間を過ごした。
俺の中の宇宙の法則が乱れる。
いつしか、不用意なビッグバンを生み出さないようにするために対策をとって置かなければならない。
四時間目──行儀作法のテストが終わり、エウフェミアが俺に話しかけてきた。
「殿下が何を見てらしたのかは敢えて言いませんが、早々に解き終わっても綺麗な姿勢で取り組んでらして目を瞠りました。今後もそうした姿勢でいらしていただけたら、私は誇らしく思います」
どうやら俺がレジーナ先生のスカートの中を覗き込んでいたのを知っていたらしい。
なのにそれは咎められず、姿勢を保ち、前を向いていたことは彼女に良い印象を与えた。
「それはどうも……」
「それでは三年生が参りますからお手伝いいたしましょう」
給食の時間は最上級生──三年生が運んでくれて給食の準備をしてくれる。
目上の者は目下の者を気遣う。ここではそういった貴族の責務というものを教わる。
一時間目の後にエウフェミアに怒られたのはそういうことだ。
俺には王族の──王太子になるため、それなりの責務というものがある。
その一つに目下の者に王族としての姿勢を示す必要があるとエウフェミアは俺に教えた。
彼女は兄弟姉妹が居ない一人っ子。
一人で全てを覚えなければならないからと厳しい環境に置かれていたのだろう。
俺は割と自由に育てられてるし行儀作法もお師匠様にしっかりと教わっている。
だから出るところに出ればそういった振る舞いは問題ない。
時と場所をわきまえていたつもりが学園でも王族として心掛ける必要があった。
「殿下の手を煩わせては私は家から名折れと怒られてしまいます。それにこれは私が最上級生として新入生がなれるまでの間に負うべき責務で、それを誇りに思っていますから、殿下、デルフィニー様、どうか私たちにお務めをさせてください」
「わかりました。でしたら、先輩たちのお仕事を拝見させてください。いつかは自分たちで行わなければならないことですので」
「そういうことでしたら、ぜひ、ご覧いただければと存じます」
ただやってもらっているだけではいけないと、給食の準備について教えを乞う体を取る。
そうすると上級生の男子児童が嬉々として説明に勤しんでくれた。
そこまで教えてくれたら明日からでも自分たちでできそうだ──と、いうくらいに。
俺が上級生の準備を見ていたら他の児童も俺に続く。
学園にいる間は身分は関係ない。でも、在学中であっても、校門から外に出たらそれは別の話。
王族が率先して動いているというのに見ているだけでは王族に対して無礼というものだと、そう思ったクラスメイトたちが上級生に何をしているのかを聞いて給食の準備を覚えていく。
こうして年下の後輩に仕事を聞かれて教えていく上級生。
コミュニケーションが取れることで名前と顔を覚えていく。
多少の年の差があっても交友を深めていけるのは互いの責務を果たし尊重しあえるからこそ。
一組の給食を手伝った三年生は俺たちに良い印象を持ってもらえたし、和気藹々と準備を終えることができた。
そして、そのおかげで昨日はどことなくしんみりしていた給食の時間に十歳の少年少女たちが言葉を交わしながらの食事をとる。
「さきほどの振る舞いはとても好ましいわ。殿下がこのクラスの皆をまとめ上げたのよ」
エウフェミアはそう言って誇らしげに顔を綻ばせた。
午後は一組と二組は武芸の検査。
先生から配布された革の軽鎧を装着してから体育館に移動して王国騎士団所属の騎士たちを相手に武芸の熟練度をチェックする。
当然、俺は身体強化を使わない。
何せ俺のレベル72。
いくら大人と子どもの差と言えど覆せる差ではない。
なのに一番手は俺。
「サクヤ殿下。お手柔らかにお願いします」
「こちらこそよろしくおねがいします。遠慮なく思いっきりかかってきてください」
ついに、お師匠様から教わった剣術を試せる!
俺は意気込んだ。
「はっ! では、参りますッ!」
騎士は右手に握る剣を構えて踏み込む。
おそらく彼は新米の騎士を教える教官。
俺のレベルは口外を禁止されているので強いということだけは聞いてるだろう。
それでも騎士が強く踏み込んだこの一歩。
半身に翻して突き出された剣戟をやり過ごす。
返す間もなく騎士は剣の向きを変えてなぎ払い。
この騎士、俺が避けられなかったらどうするんだろう。
「近衛騎士の友人から殿下は非常に強いと伺っておりましたが、かすりもしないとは……」
言葉を発する余裕があったのはなぎ払いを避けるために距離を取ったからだ。
騎士は再び、地面を蹴って俺に飛びかかる。
剣を逆手に握って下から上に振り上げるが、俺の首の高さでピタリと刃を止めるとふたたびなぎ払いを繰り出す。
せっかく盾を借りてるので盾を使おう。
素早く斜めに盾を寝かせて剣筋を上にそらした。
剣を受け流した盾で騎士を押す。
脇腹に当てた剣先で勝負はあった。
お師匠様との鍛錬は気持ちが良いがこの検査での模擬戦はあまり楽しくない。
とはいえ、教わったことをお師匠様以外の人間で試せたのは良い学習になった。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。殿下の胸をお借りしてまだまだ自分は至らないと痛感しました。またの機会がありましたら剣を交えたいものです」
握手をして頭を下げた。
俺が下がるとクラスメイトたちから拍手を浴びた。
戻った先には眉をハの字にするエウフェミア。
武芸は女子も検査をする。
「頑張って」
俺は一声かけたけど、エウフェミアは俺の言葉に気が付かず、うつろな目で教官の元へ向かった。
余裕がないんだな。
大人相手だし、女子なら武芸に触れたことがない子ばかり。エウフェミアも当然そうだろう。
ピオニア王国では上級貴族や領地持ちの貴族の男児は五歳から初級ダンジョンなどに潜ってパワーレベリングを行う。
しかし、女子は同年代から行儀作法を厳しくしつけられることが多く、彼女たちは護身程度の武芸を簡単に教わるのみ。
そのため、初等部入学前の検査では武芸や魔法といったものは考慮されなかった。
で、俺に対しては全力でかかってきた教官はエウフェミアが学んだであろう護身術の程度を確認しようと加減をする。
要するに最初から新入生を負かすための実力検査ではなく、児童の習熟度を測るための検査だった。
遠巻きにエウフェミアの様子を見る。
エウフェミアに手を伸ばし襲いかかる教官。
咄嗟に手首を掴んで返し、捻り上げるエウフェミア。
挑む前は青褪めていたというのに、いざとなるとしっかりと反撃。身のこなしも悪くない。
その一連の動作にほんの少しばかりの魔力が流れていた。
そうか、こういうところで将来、黒の魔女へと変貌する片鱗があったんだ。
模擬戦を終えて息を上げたエウフェミアが俺の隣に戻ってきた。
「こ、怖かった……」
まだ、青褪めた顔の彼女。胸元に手を当てて大きく呼吸をしていた。
「お疲れ様。エウフェミア様。すごいね。良い模擬戦でした」
「ありがとう。でも、殿下の模擬戦を見てから褒められてもあまり嬉しくないわね。私、模擬戦なんてしたことありませんし、しかも、あんなに大きな男性が相手で本当に怖かった……」
「でしたら、余計に、本当にお見事でした」
「殿下にはかなわないけれど、お褒めいただいたことは素直に受け取ります。ありがとうございます」
エウフェミアはそう言って、教官と対峙するクラスメイトに目線を向ける。
彼女はまだ十歳の少女。大人の、それも王国騎士団で教官をやるような大男が相手だと怖くて当然。
エウフェミアの後に続いた女子も教官が怖くて目を瞑り抵抗できずにそのまま模擬戦を終えるといったこともあった。
何人か目を瞠る模擬戦を繰り広げた児童が数名。その中には剣を巧みに扱う女子の姿もあった。
「あの方、とてもお強いわね」
と、エウフェミアを唸らせた女子。
彼女はベローネ・アマリリス。
アマリリス辺境伯家の長女でゲームでは高等部在籍中に辺境伯領でスタンピードが発生して家族を失い祖父の跡を継いで女辺境伯になる女性。
ストーリーの中盤、二年生時の宿泊を伴う校外学習でそのスタンピードが発生する。
なお、この校外学習では攻略対象である教師、セドラン・ハイドランジェとの重大なイベントシーンがある。
それは俺には関係がないけれど、ベローネについては可哀想なことになり、学園を中退して自領の統治に貴重な時間を費やすことになったはず。
「アマリリス辺境伯家のご令嬢ですね」
「女子なのに男子顔負け──いいえ。きっと、殿下に次ぐ実力の持ち主ではないかしら」
エウフェミアの評価のとおりだった。
柳のようなしなやかな身のこなしで教官の剣戟を躱し、女豹のような動作で教官を攻め立てる様は周囲を魅了するほどの輝きを放つ。
燃え盛る炎にも見紛う真紅の髪がまだ幼いベローネを綺羅びやかに見せていた。
インパクトがあるなー。
あまりにも俺の隣で自然に振る舞うエウフェミアは彼女の姿に感動。
「女子でもあんなに戦えるものなのですね」
「体内をめぐる魔力がとても円滑で──それがあの強さの秘訣でしょう」
魔力が見える俺はベローネの一つ一つの動作に流麗に移ろう魔力を感じた。
誰に教わったものでもないだろう。
才能を実感したから剣技の鍛錬をしたのかもしれない。
彼女は俺に次いで教官を倒した児童となった。
倒れた教官はバツが悪そうに立ち上がると、ベローネと向き合って頭を下げ合う。
そして、彼女はこっちを見た。
俺と目が合い、意味ありげに微笑む。目は笑っていない。
これはあれだ。俺より強い奴に会いに行く──とかそういう類の匂いがする。
「今、こちらを見られましたね」
エウフェミアもベローネがこっちを見たことに気がついていた。
ベローネも俺とエウフェミアが視線を返したことをわかっているだろう。
彼女は戦いたさそうにこちらを見ていたのだった。
武芸の実力検査の次は魔法の実力検査。
一旦教室に戻り、革の軽鎧を返却してからせわしなく校庭に移動する。
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