悪役令嬢②
エウフェミアとは不思議と話が弾む。
ヌリア母様やスタンリーのこと、それに、ネレアについて。
ネレアとエウフェミアは仲が悪い──と、言うより、エウフェミアが一方的にネレアと仲良くなりたがっていて、ネレアは俺にしがみついて絶対に離れなくなる。
それでも、エウフェミアはスタンリーを弟のように可愛がり、ネレアを妹として親しく思っていた。
「ネレアは今日からお師匠様──ブラン様に作法や勉強を教わることになってるんです」
エウフェミアはネレアがどうしているのかを気にしていたので今日からお師匠様に教わることを伝えると、
「スタンリーは一緒ではないの?」
と、聞く。
従兄弟だから気になったんだろうね。
「スタンリーはダンジョンに行くからってブラン様に教わってないんだ」
「そうなのね。では、シミオン殿下やノエル殿下も?」
「シミオンはスタンリーと一緒で、ノエルはネレアと一緒だね」
「そうだったのね。ブラン様って女性ですものね。でしたら納得──と言いたいけど、サクヤ殿下には何故お教えなさったんでしょう?」
「それはボクにはわかりません。でも、ブラン様はとても良く教えてくれました」
実際、言えることがないんだよね。
魔力が規格外──と、お師匠様は言うけれど、それ以外何もないのが俺。
ゲームでは強キャラに成長するらしいけど、今のところ、そんな片鱗は五指に異なる属性の魔法を顕現させられることくらい。
それも自力で魔力を制御してのこと。
スキルの保有者と違って、魔法を使えるスタンリーやシミオンと違って、俺は全て自力で覚えなければ魔法も何も上手く作動しない。
傍目に見て俺は無能者にしか見えないことだろう。
できる限りのことはしたし、お師匠様だって詠唱魔法を使えない俺に代替手段を教えてくれた。
そうやって俺はこの世界で生きる術となる足がかりを掴んだつもりでいる。
「いつかゆっくり聞かせてもらいたいわ。どんなことを教わったのかとても気になるの」
そう言ってもうすぐ十歳になるという少女に似つかわしい色気を漂わせた可憐な微笑みをエウフェミアは俺に見せた。
それから、教室にまばらに入ってくるクラスメイトたちの姿が見えて会話が途切れ、朝の会を待つ。
この[呪われた永遠のエレジー]の世界の学び舎は、どことなく俺(朔哉)の記憶に残る日本の学校のイメージに近い。
初等部という小学校に入学する年齢が七歳ではなく十歳なのはさておいて、授業の時間や内容もそうだし、お昼には給食が出てくるし。
で、今日は初日だし、軽く説明を聞いて校舎の中を案内してもらって給食を食べたら学校は終わり。
入学式だった昨日と違って、この日はロニー、こと、ソフロニオ・ペラルゴニーの顔を見なかったな。
なんとなく苦手な彼。今日は平和な一日だった。
翌日──。
教室に入ると昨日と同じで、エウフェミアが教壇の前の席でポツンと座っていた。
「おはようございます。サクヤ殿下」
今朝は立たずに笑顔を向けて挨拶。
「おはようございます。エウフェミア様」
彼女の可愛い笑顔に俺は挨拶で返した。
そして、昨日と同じくふたりきりの教室で言葉を交わす。
「殿下、今日は実力測定でしたね」
そう。入学式から二日経った今日は午前の四時間を使って学力テストを実施。
午後の二時間で武芸と魔法の実力測定を行う。
エウフェミアは俺を気遣ってくれてるらしい。
「そうだったね。テストはイヤだね──」
「殿下は解答が早いですもの。入学前実力検査でも随分と持て余していらしたようですし」
入学前に学園で実施した実力検査を彼女は見ていたのか。
フロスガーデン学園の初等部は希望者が落ちることはほとんどない。
貴族の子弟しか入学しないので希望制で審査はあるものの余程のことがなければほぼ全員が合格する。
しかし、家柄と実力検査の結果でクラス分けされ、卒業までの三年間、クラス替えすることなく進級していくのだとか。
エウフェミアは俺と同じ日に実力検査をしていた。
「ブラン様にとても良く教えていただいていたので、難しくなかったんです」
「そうだったのね。私、殿下が羨ましい。ブラン様ってとてもお美しくてそれに作法もとても素晴らしいんです。できればお教えを請いたいと思っていたのですけど、殿下の専属だとお父様に聞いてとても残念に思いました」
あれ、エウフェミアはお師匠様に会ったことってあったんだっけ?
入学式典の日に近くにいただけでエウフェミアと会話を交わしたという記憶はない。
ということは、俺の専属講師だというのは知っていて、城の行事やなんかで遠巻きに見たことがあったのか。
それで、お師匠様の美貌と振る舞いに憧れを持ったんだろう。
そういうことなら理解できる。特に俺(サクヤ)には俺(朔哉)の記憶があるからね。
俺(朔哉)の記憶から呼び起こせるマナーというものと照らし合わせてもお師匠様の振る舞いは目を瞠るものがあった。
乙女ゲームの真のラスボスである彼女がお師匠様なら、サクヤルート以外ではラスボスとして君臨するのが、のちの悪役令嬢で黒の魔女と称されるエウフェミア。
そのエウフェミアとお師匠様の繋がりを伺わせたのはサクヤルートでエウフェミアを撃破したあとのこと。
だから俺(朔哉)の記憶を持ってしてもエウフェミアがいつお師匠様とかかわったのかがわからない。
とはいえ、彼女と俺は婚約をする。
エウフェミアがもうすぐ十歳の誕生日を迎えるから、その日に開催される誕生会に合わせて俺との婚約をその席で発表するということになっていた。
女性のタイミングに合わせてというのが如何にも乙女ゲームの世界って感じだ。
お師匠様は俺の側近という扱いなので、今後、婚約者としてエウフェミアに会うときにお師匠様も同行する。
その時に対面することだろう。
[呪われた永遠のエレジー]でエウフェミアがお師匠様とつながっていて魔法を教えたりしたのであれば、ネレアやノエルと同じくエウフェミアも見出すことだろう。
「エウフェミア様は会ったことがなかったよね?」
「お見かけいたしましたがお話したことはございません」
口元を綻ばせるエウフェミア。
やはり彼女はお師匠様に憧れているようだ。
そういうことなら仲を取り持つのはやぶさかでない。
お誕生日会があるのだからその日に会わせてあげよう。
「なら、エウフェミア様にお会いする機会が増えますし、その際に紹介しましょう」
「よろしいんですか? 殿下のお付きの人なのでしょう?」
「紹介してお話させるくらいなら問題ないと思いますよ」
「ありがとうございます。楽しみにしておりますね」
今までで一番の笑顔かもしれない。
やっぱり可愛いな。
ネレアやノエルにも思ったけど、ロリコンに目覚めてしまいそうだ。
今、キラキラしたピーコック・ブルーの瞳を俺に向けるエウフェミアはとても尊い。
会話が一区切りしたら教室にクラスメイトがパラパラと入ってきて、エウフェミアは机の整理を始める。
ふたりきりの時間が終わり、俺は正面を向いて先生が来るのを待った。
教室に入ってきた児童たちは俺とエウフェミアに丁寧に挨拶をしてから席につく。
学園は学び舎だから身分は関係ない──とはいえ、それは学園に通う間だけ。
十歳というある程度の分別が身につき始めるころに入学ということは身分は関係ないが接し方は考えろということだと捉えられる。
俺は王族でエウフェミアは公爵家のご令嬢。
同じ学年にはロニーもいるが、彼もクラスでは丁寧に接してもらえていることだろう。
俺は一組で彼は三組。
男女で分かれる授業は二クラス合同で行うけどロニーと一緒に受けることはない。
今日の授業──実力検査では学力を測るテストは教室で行い、午後は一組と二組は武芸、魔法の順で実力検査を行い、三組と四組は魔法、武芸の順に実施する。
レジーナ・ブラシカ先生が教室に入ってきて、そんなようなことを教壇に立って児童に知らせる。
「おはようございます。今日は入学式の翌々日。昨日は学園の中を三年生たちに案内してもらいました。みなさん、学園の中は覚えられましたか?」
妙齢で標準的な体型の彼女。
十歳になるクラスメイトたちには親しみやすい外観。
これで調子に乗って「はーい」なんて答えたら落第点を与えられそうだ。
だから皆、先生に目を向けて『親切に教えていただいたので覚えられました』といわんばかりの視線を送る。
「はい。三年間。この学園の初等部で学び、昨日、校舎を案内してくれた先輩たちのような振る舞いを身に着けて成長することを願ってます。では、本日は連絡事項は特にありませんが、皆さんの実力を把握するためのテストを午前中に実施して、午後は私たちの学級は二組の児童たちと一緒に五時間目は武芸、六時間目は魔法の実力を測定します。この実力検査は成績には関係なく競うものではありませんから気負いせずに取り組んでください。それから──」
前世の某国営テレビ局の歌のお姉さんのような声のレジーナ先生の言葉は聞きやすくてとても心地が良い声色。
教室の児童たちは彼女の声に耳を傾けて真剣に聞き入った。
先生が今日の予定を一通り説明し終わると十分の休み時間。
クラスメイトの各々が試験の準備をテキパキと始めていた。
皆、今日は授業がないというのに教科書をちゃんと持ってきていて一時間目の語学の試験の前に予習を始めている。
さすが、自領で教育を受けてきた貴族の子弟。
俺は感心しながら机に鉛筆と消しゴムを置いた。
それを見ていたのが隣の席の幼馴染。
「サクヤ殿下は予習など大丈夫ですの?」
エウフェミアはテスト直前だというのに勉強する様子のない俺を慮った。
「今日は試験の結果を問われないんでしょう? それにボク、大丈夫ですし」
「それはそうですけれど、皆さんちゃんと事前に確認してますよ? 殿下は皆さんのお手本にならなければならないんですから少しだけでも──」
そうか。余裕だからとだらけては行けないんだね。
シャキッと姿勢を正して試験を待つ。
それが気に入らなかったのかエウフェミアは、はあっと小さく息をついた。
「成績、抜かれても知りませんよ?」
という言葉をため息に載せて。
一時間目──。
語学の実力試験は有り体に言えば余裕過ぎた。
開始十分で全項目を埋め尽くした。
残り三十分以上、俺は何をしていたかと言えば、何もすることがなくてウトウトしてこっくりこっくり船を漕ぐ。
チャイムの音で覚醒した俺は答案用紙をレジーナ先生に回収されて一時間目の試験は終わる。
そして──。
「殿下、うたた寝してらしたようでしたが、試験は大丈夫でしたの?」
隣の席の幼馴染の声。
なんだかちょっと冷たい感じで背中にゾクリと悪寒が走った。
「あ、うん。一応全問終わったので、試験が終わるのを待っていたらいつの間にか寝てました」
「随分と余裕があるのね──」
吐き捨てるような言葉に冷たい視線。
何故だ。解せん。
しかし、彼女はこう言葉を続ける。
「いくら余裕があるからって居眠りは感心できません。何れこの国の王となるんですからもっと威厳を持っていただきたいんです」
エウフェミアのこんな言葉はゲームでもよく聞くことが出来た。
サクヤがソフロニオとつるんでいる時。
サクヤがヒロインとつるんでいる時。
サクヤはそうでもないのにソフロニオの軽薄さとヒロインの身分の低さから来るらしい言動に付き合っていたらエウフェミアに怒られるシーンが多々あった。
この頃からかよ──と、そう思ってみたけど、俺はそもそも初等部ではエウフェミアと同じクラスだったんだろうかと疑問に感じる。
まるで何かと乖離しているんじゃないかと、胸の奥深くで澱のように留まる疑念があった。
俺(朔哉)の記憶があるから俺(サクヤ)がそっちに引っ張られている部分は間違いなくあるだろう。
それが俺(サクヤ)にどれだけの影響を与えているのか。
それが胸の奥深くで燻る違和感なのか。
王族としての威厳──。
そう言われてハッとする部分は当然あった。
「エウフェミアの言う通りだね。わかりました。気をつけましょう」
口煩い母親のようだと思いながらも、エウフェミアの言うことには一理あると思ったからこれからは気をつけよう。
俺(サクヤ)は俺(朔哉)に引っ張られすぎている。
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