サクヤ・ピオニア②
その日の夜。
お師匠様の実家に戻ると、お師匠様の部屋のベッドにふたりで眠りについた。
お師匠様の腕を枕にした俺はいつの間にか眠りについて、朝を迎える。
暖かい部屋にひんやりとした柔らかくて優しい素肌。
胸に顔を埋めても心音は聞こえない。
目を開けてお師匠様の顔を見ると、彼女と目が合う。
「サクヤ殿下。おはよう」
そう言って頭を撫でてくれた。
「おはようございます」
真っ白なふかふかのベッド。
これが千年前のものだなんてにわかには信じられない。
昨日、見たこのレクティータの街。
そしてここはお師匠様の生家で、今、お師匠様と一緒にお師匠様のベッドに潜ってる。
この街はまるで千年の間、外界から閉ざされた別世界。
時間が止まった世界に千年の時を刻んだ外界から異邦者として俺はお師匠様と夜を明かした。
それでもなお、ここだけが千年前の空気を漂わせているようで、とても不思議な感覚だ。
「よく眠れたかい?」
「はい。とても気持ちよく眠れました。ありがとうございます」
「ん。さて、じゃあ、起きよう。ここでは食事の用意が出来ないから服を着てピオニアに戻ろう」
お師匠様の言葉に従ってベッドから出て椅子にかけた衣服を纏う。
「戻る前に顔くらい洗おうか」
と、お師匠様が言うので、水場に連れて行ってもらい、顔を洗って身だしなみを整えてもらった。
この家には水道があって、湯を沸かす魔道具もある。
浴室があり、まるで俺(朔哉)の世界のように湯おけに湯をためて温度を保つ機能を備える魔道具の浴槽。
ピオニアでも水道が通ってるしお湯も出る。
でも、浴槽に湯の温度を維持する機能がない。
色がないから味気ないけど、ピオニア王国よりもずっと魔法文明が発達しているのだと実感した。
ピオニア王国。
王都ラクティフローラ。
お師匠様の邸宅に戻ってきた。
この邸宅には食材があるので、ここで食事をとることにしたらしい。
「今から作るから待っててくれ」
いつもどおり、お師匠様が台所で料理をする。
料理ができるのを待つ間、俺は魔力を練る練習を続ける。
手を開き指先に
指先の一つ一つに異なる属性の魔素の塊を創る──。
火……土…………風………………水……………………光…………………………。
そうやって二つまでは小さな塊を創ることが出来た──が、三つ目の属性を操ろうとしたところで魔力が乱れて魔素が霧散。
それだけだと言うのに額に玉の汗が額から流れ落ちる。
魔力の消耗が激しい。
魔力が切れる直前まで何度も繰り返して覚えるしか無いか。
何度か試していると、料理が終わったらしく、お師匠様が俺に声をかけてきた。
「サクヤ殿下。朝食が出来たよ」
「はい。今、行きます」
ダイニングテーブルの椅子に座ると、目の前には二人分の食事が並んでる。
珍しい。いつもは一人で食べていたっていうのに。
「わたくしも一緒に食べてみたくて、今日は二人分用意したんだ」
「ありがとうございます」
朝食なのでパンとハムエッグだ。
「いただきます」
「ん。召し上がれ……というか、サクヤ殿下、汗がすごい。どうしたんだい?」
何度も魔法の輻輳を試したからか、汗がすごいことになっていた。
それをお師匠様が見て心配そうな顔をする。
最近、特に思うんだけど、お師匠様はとても心配性なのか表情もよく動くし、背の高い魔女と言う割に純情可憐な少女のようにも見えてしまう。
つまり、かわいい。
俺には俺(朔哉)の四十年分の人生があるから、二十代前半くらいにしか見えないお師匠様をついつい可愛らしく思ってしまう。
六歳の精神を持ちながら四十歳の記憶があるからこういうときにちぐはぐする。
そんな可愛らしいお師匠様の心配顔を解消しなければと俺は左手をお師匠様に見せて魔力を練った。
「魔法の練習をしてたんです。二つまではできるんですけど、三つ以上にすると強度が足りなくて霧散しちゃうんです」
霧散するところまで見せて左手は元の仕事に戻ったわけだけど。
「まだ六歳の子どもだっていうのに、そこまで器用に魔力を扱えるのか」
俺に感心するお師匠様。心配そうな表情から興味深そうに俺の顔を覗く。
きっと鑑定スキルを使っているんだろう。
「サクヤ殿下はこういうことがしたいのか」
お師匠様はそう言って俺に左手を見せて魔法を使う。
火、土、風、水。
人差し指から小指の先に顕現させてみせた。
「お師匠様。すごい」
「ん。わたくしはこう見えて千年を生きる魔女だからね。出来て当然さ。でも、わたくしでも四指に創るのがせいぜい。それでも結構な魔力を使うからね。密度の高い魔力を練り、魔力の操作は極めて繊細。五本の指で実現するのは難しいけれどサクヤ殿下にならできそうだ」
そう言って笑顔を見せてくれる。
お師匠様は努力することに否定をしない。
やろうと思わなければできないし、やろうと思えるのはそれがいつかできるようになるからなのだと常日頃、言い続けている。
お師匠様の家で見つけた魔導書を読んで覚えた魔法もお師匠様は一緒に読んでくれたり見守ってくれる心優しい女性なのだ。
そうしてできたときに一緒に喜んで褒めてくれる。
子どもながら、そんなだからお師匠様に懐いたんだよな。
ゲームの世界でもこうして育っていたとしたらサクヤは白の魔女とどんな想いで戦ったんだろうって気になる。
とはいえ、俺がお師匠様と戦う未来はもう無いと断言できる。
もし、ヒロインに同行してレクティータに行ったとしても、その原因を知ってしまったから戦う理由が俺にはない。
優しい笑顔を向けてくれるお師匠様を前に、俺はどうしてもあの封印を、幾重にも重ねられた呪いを解きたいと心に強く誓った。
「冷める前に食べよう」
お師匠様が俺の顔を覗き込んで、食事を催促。
せっかく作ってもらったから冷める前に美味しいうちに食べよう。
お師匠様に「はいッ」と元気良く返事をしてパンとハムエッグを頬張る。
パンと卵を咀嚼しながら、俺は目の前で綺麗な所作で食事をするお師匠様に見入った。
古の貴族のご令嬢で、亡国のお妃様になる予定でもあったのか。
それで行儀作法が身についているのだろう。
俺は口の中の食べ物を飲み込んだのを忘れてお師匠様に見惚れた。
しばらくして、お師匠様の声で我に返る。
「ん? どうした? わたくしの顔に何かついてた?」
「い、いえ……。お師匠様の食事の様子があまりにも美しくて見惚れてました」
お師匠様の不安げな表情に俺は思わず本音で答えた。
「や、ちょ……。わたくし、人と食べるのが本当に久し振りで……。慣れていないの。だから、褒めるのとかでも恥ずかしいから言わないで……」
お、お師匠様が可愛い。
ほんのりと赤くなるお師匠様。普通の人が見てもわからないだろうけど、真っ白な肌が微かに薄い桃色に染まる。
しかし、お師匠様のあまりにも初々しい表情と姿に何故か居た堪れない気持ちに。
「ご、ごめんなさい。つい……」
「良いよ。だって褒めてくれたんでしょう? わたくしが慣れていないだけだから」
目を伏せて横を向き口元を隠すお師匠様。
それでも、食事は進んでいた様子で。
「お師匠様、美味しく食べられてますか?」
気を取り直して話を変えよう。
「わたくしが作っ料理だから美味しいかどうかはサクヤ殿下に任せるとして。こうしてサクヤ殿下と向かい合って食事をしてる今はとても楽しいよ。恥ずかしいけど悪くない。これからも気が向いたらサクヤ殿下と一緒に食事をしようと思う」
「ボク、お師匠様と一緒のご飯を食べるの楽しみにしますね」
「くっくっく。期待しすぎないようにね」
お師匠様の笑顔が元に戻った……ような気がする。
とりあえず良かったのか。
硬さが取れて言葉遣いも普段どおり、でも、行儀作法の美麗さは流石に目を奪う。
「今まで食べてなかったけど、わたくしの料理、悪くないのね」
お師匠様は自分で食べないからレシピに忠実だったらしいからそれが良かったんだよな。
冒険好きな料理家になるのは良いけれど自分で食べないなら改善出来ようはずがない。
きっと育った環境で行儀作法にも通じているお師匠様だから、料理のレシピもアレンジすること無く忠実に従ったんだろう。
「お師匠様の料理、ボク、好きですよ。美味しいですし」
「なら、良かった」
向かい合って食事をして、笑顔を向けてくれるお師匠様。
質素なダイニングで二人、向かい合っているわけだけど。
「わたくしに子どもが居たらこうだったのかもしれないな」
まあ、そうですよね。俺はまだ子どもだもんな。
俺(サクヤ)の記憶の中の俺(朔哉)はさぞがっかりしてることだろう。
俺(朔哉)の記憶に引っ張られてる俺(サクヤ)も同じかもしれない。
子どもとしてお師匠様と過ごしているよりも、お師匠様の隣に立てる男になりたい。
俺(サクヤ)は子どもながら強い憧憬を向けるお師匠様に恋心があったのかもしれない。
きっと、俺は[呪われた永遠のエレジー]の世界でも白の魔女に師事して同じように憧れて恋をしていたんだろう。
なんとなくそんな気がする。
でも、もう[呪われた永遠のエレジー]のストーリーをなぞって進むようなことはないはずだから、俺は早く大人になりたい。
俺(朔哉)の記憶になかったお師匠様にかけられた呪いの正体を見てしまったから、俺は誰よりも強くなってお師匠様の呪いを解いて隣に立とう──と、強く思った。
朝食を終えて、お師匠様と並んで歯磨きをした後、お師匠様の邸宅を出て王城に向かう。
一国の王子をパワーレベリングという名目で連れ出したので、その報告を国王である父上にするために謁見の間に通された。
「ただいま戻りました」
「よく、戻った」
玉座に座り大仰に大きく太い声を響かせる父上、ナサニエル・ピオニア。
「サクヤのレベルはどうなった?」
「はっ。現在はレベル72となっております」
お師匠様が報告すると左右に控える臣下たちが唸りを上げた。
それもそのはずで、ピオニア王国周辺でレベル72まで上がることはありえないとされている。
信じられないという様子がどこからも伺えた。
父上も当然そうで、お師匠様にどこでレベルを上げたなどの確認をする。
「どこでそこまでレベルを上げられるのだ?」
「恐縮ですがそれは問わないという約束のためお答えしかねます」
「そうであったな。しかし、レベル72……。もし、頼めるならスタンリーのレベリングも頼みたいところだが……」
「それはサクヤ殿下の類稀な才能のため、お約束したとおり、わたくしはサクヤ殿下以外にお仕えするつもりがございませんので、約束の通りスタンリー殿下のレベリングはお受けできません」
「んむ。仕方あるまいな。余が約束を違えるわけにはいかぬ」
「はっ。感謝いたします」
「だが、レベル72などとは俄に信じることはできん。よって後日、第三者に依る鑑定を行うよう手配しよう。そのときにブランの同席を願いたい。良いな」
「はっ。かしこまりました」
父上との謁見はこれで終わり、俺とお師匠様は俺の私室に向かう。
「マイラ、戻りました」
「おかえりなさい。殿下。ご無事で何よりです」
ちょうど部屋の掃除をしていたマイラ。
俺がいなくてもこの部屋はマイラが世話を焼いてくれている。
給金をもらっているからそれが仕事というならそうなんだけどね。
「ブラン様もおかえりなさいませ」
「サクヤ殿下をお連れして戻ってまいりました」
「殿下もブラン様もお変わりがないで旅が安全だったと安心しました。荷物を置いたらニルダ様のところに伺って旅の無事を報告いたしましょう」
休む間もなく、それほど多くない荷物をマイラに預けると直ぐに、三人で母上の部屋に移動。
母上の部屋に何故かネレアが待っていて、部屋に入るなり──。
「おにぃッ! おにぃッ!」
抱きつかれてそれからずっと離れずに大変な目に遭ったような……。
それでも、母上は、
「おかえり、サクヤ。頑張ったのね」
と、優しく抱き寄せて頭を撫でてくれた。
そんなときでもネレアは俺にしがみついて離れなかったという──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます