白の魔女⑦
マトリカライア王国の王都レクティータ。
壮健な王城の城門前は大きな広場となっていてここでは長い長いカットシーンが流れていたのを覚えている。
真っ白な建物。
真っ白な噴水。
真っ白な石畳。
真っ白な並木道。
何もかもが白く浄化された滅びの楽園。
そういったものを背景に壮絶なラストバトルが繰り広げられた。
ヒロインによる多彩で強力な援護で攻略対象サクヤ・ピオニアは強力な壊滅魔法で白の魔女と戦い、HPを削り切る寸前で発生するクイックタイムイベントでレクティータは消し飛んだ。
ぶっ壊れてんなと思わせたサクヤの性能。
サクヤの魔法やスキルは全てオリジナルで誰一人として持っていないユニークなものだった。
だからスキルや魔法の名前とその効果や性能を覚えるのが大変で。
俺はそんなことを思い出しながら城門から広場に出ると空を見上げた。
真っ青な空。
ここから見える数少ない白以外の色。
「ここがわたくしの家。わたくしはここで生まれ育ったんだ」
広場近くには四つの大きな邸宅があった。
どれも庭が広く確保されていてとても貴族街にあるようなものではない。
だけど緑地らしい場所まであってどの家も立派なものだった。
「こんなに大きな家なんですね」
「驚いた?」
「はい。ラクティフローラでは貴族のためにこれほどの広さの土地を確保してませんから」
ピオニアの貴族は屋敷こそ立派だけど王都の家はそれほどでもない。
貴族は領地に立派な居城を拵えるべきだというのがピオニア王国ではそう考えられているからだ。
「さあ、入ろうか」
お師匠様は格子の門の扉を解錠して開く。
魔道具だ。これはもともとのものでおそらく千年以上もの間、使い続けられているのだろう。
「今回は特別だからね」
そう言って手を差し伸べるお師匠様。
俺はお師匠様のこの大きな屋敷に足を踏み入れる。
広いエントランスは、やはり真っ白で、それでも権威の高さを伺わせる重厚な作りと調度品の造形だった。
「すごいですね。ボクの城よりもずっとすごいじゃないですか」
白しか色のない家。
家具もカーペットも、調度品の数々も全てが白い。
でも、優雅さは色を失ってもその造形が物語る。
レクティータの街並み、王城、そして、貴族の屋敷。
これだけ見るとマトリカライア王国の文明の高さがよく分かる。
というよりもしかして千年前のほうが発達していた?
「この国が存続していた頃は、魔道具が発達していたからね。サクヤ殿下が使う魔法もそう。千年で魔法文明が衰退して、魔道具の質も低下している」
「そうだったんですね。お師匠様の家の魔導書など読ませてもらって薄々感づいていたんですけど、こうして目の前にしてみると納得できました」
お師匠様の家にある魔道具や魔導書には千年以上前のものと思われるものがたくさんあって、それらを何度も読み漁った。
それまでの俺はピオニア王国は──[呪われた永遠のエレジー]の世界は魔法文明が発達して高度な社会を築いているのだと思っていたんだよな。
千年の間、眠り続けている滅びの楽園。
レクティータにはまだ生きている魔道具が存在する。お師匠様の家の照明もそう。
ピオニア王国で見る照明よりも少ない魔力しか使わないのにずっと明るい。
魔道具の一つ一つが高度で効率的。
俺は見入ったね。例えば扉ひとつでも、施錠の魔道具が備えられていて、登録された
ピオニア王国やその近隣諸国にも施錠の魔道具はあるがこんなに小さくないし作りも雑だ。
詠唱して魔力を流さないと開かないのが現代の施錠の魔道具。
現在の施錠の魔道具は詠唱を模倣すれば誰にでも開くことができるある意味ノーセキュリティみたいなもんだ。
でも、ここの施錠の魔道具も似たようなものなのかもしれない。
「お師匠様。この部屋に入ってません」
「そこはわたくしの──」
大きな屋敷をぐるっと回ったのに一つだけ入れてもらえなかった部屋があった。
俺はそこの扉に手をかけて、お師匠様に聞く。
「開けてみても良いです?」
「鍵がかかっているから無理だよ」
他の部屋はお師匠様が開けてくれたのに、この部屋を開けるつもりはないらしい。
察してはいたんだ。
でも、俺(サクヤ)は六歳。
子どもであることは最大の武器である。
俺は無邪気を装って鍵を開けることにした。
この時代の魔道具は面白い。
この鍵のパターンはお師匠様のものだろう。
魔素のパターンを合わせて微細な魔力を取っ手に流す。
──カチャリ。
心地の良い金属音。
「え? どうして開くの?」
お師匠様は驚いた。
「少しだけ魔力を流すと要求する魔素のパターンがわかるんです。型さえ分かれば後は解錠に必要な魔力を注ぐだけなので難しくはありません」
俺は開いた扉から、お師匠様の部屋と思しき一室に侵入。
お師匠様の匂いがするのかと期待したけどそうではなかった。
でも、調度品やベッドが綺麗に整えられていて部屋は女性らしさで溢れている。
真っ白だけど、それも悪くない。
唖然として俺を見るお師匠様をよそに、タンスを漁る。
タンスの中には純白の衣服と下着が納められていた。
すごい!
大きな胸を覆うブラジャー。
よく伸びて最小限の生地面積の小さなパンツ。
スケスケの純白のネグリジェ。
「さッ! サクヤ殿下! 何をご覧にッ!」
我に返ったお師匠様が俺とタンスの間に割って入る。
お師匠様の顔が微かに赤い。
「ごめんなさい。興味があってつい開けて見ちゃいました」
てへっと誤魔化してみる。
「全く。油断も隙もない。サクヤ殿下はたまにそういうところがあるのが厄介だね。少し教育が必要みたいだ」
腕を組み、上から見下ろす蔑みの眼差し。
イヤそうな顔をした目をしたお師匠様が教育をしてくれる。
俺はその言葉にゾクゾクした。
これが性癖を刺激されるというやつか。
俺(サクヤ)は何かに目覚めてしまいそう。
でも、こういうものを見てしまうと、また一つ興味を唆るわけだ。
好奇心を満たしたくてお師匠様に頼んでみる。
「これ、着けてるお師匠様を見てみたいです」
言葉にしたら、お師匠様のイヤそうな顔が俺に向けられた。
お師匠様もこんな顔をするんだね。
ところがお師匠様からは予想だにしない言葉が出てきた。
「大人の女性をからかわないように。それにサクヤ殿下はまだ子どもだろう? そういうのは大人になってから気のある女性に投げかけるものだ」
完全にNGというわけではないようだ。
ならば俺が大人になってからまた挑戦しよう。
その頃には俺の背がお師匠様よりも高くなっているはず。
そうしたらお師匠様は俺のことを大人の男として考えてくれるのかな。
「わかりました。でしたら、大人になったらまたお師匠様に頼んでみます」
「それまでサクヤ殿下の気が変わらなければ──ね。なにせわたくしは千年を生きる魔女ですし。ただのおばあちゃんですから」
お師匠様はきっと俺はお師匠様に憧れているだけで本気じゃないと言っているのだろう。
でも、俺(朔哉)は本気だ。そして俺(サクヤ)も。
目の前の女性は歳を取らないのだ。十年後に俺が十六歳になってもお師匠様は二十三歳のまま。
俺が二十三歳になってもお師匠様は二十三歳のままだ。
俺に優れた能力があるのもここに来てよく分かった。
この発達した魔法文明によって生み出された魔道具でも、俺は魔力を少し流すだけでその構造を理解することができる。
あの魔界門も、お師匠様の呪いも同じ理論で解くことができるはずだ。
でも、お師匠様の呪いと魔界門の破壊は同時に行わなければならない。
お師匠様の呪いを解いたら魔界門の封印が解けて、魔界門を破壊したらお師匠様の呪いが解けて封印が消える。そしたら心臓のないお師匠様は死んでしまうだろう。
いくつもの魔法を輻輳させた上で魔界門の破壊とお師匠様の解呪、祝福の除去を全てを同時にやり遂げなければお師匠様を救えない。
当然、今の俺では絶対に無理なので、お師匠様の教育をしっかりと受けて日々の研鑽を積み上げていくしかない。
もうすっかり優しい表情のお師匠様。
タンスを開けて漁ったときに見せたあの目を……。
ゴミを見るような目をまた見たい。
俺(サクヤ)の性癖は歪んでしまったのか。
眉目秀麗なお師匠様、ブラン・ジャスマインの名の白の魔女の色香で。
とはいえ、俺(朔哉)の記憶と違わない見目の持ち主の彼女。
だけど印象は真逆で俺には聖母のようにすら思えた。
強く凛々しい彼女に俺は憧れている。なにせ俺は六歳だからね。
「そんなこと言わないでくださいよ。ボクの夢を壊さないでいてもらえます?」
「言われてみたらそれもそうね。幼いキミが大人の女性に憧れを持つのは当然だものね」
納得してもらえたのか?
これって期待して良いのか?
俺、頑張りますよ?
だって、ここの魔界門をどうにかしなければ俺は逆ハーレムエンドに突き進んでいきそうな気がして……。
それだけは絶対に避けたい。
一人の女を何人もの男が囲んで物理的に奪い合う趣味なんて俺にはない。
ヒロインとその他大勢の男たちで宿屋に泊まって『ゆうべはお楽しみでしたね』なんて言われる状況はイヤだ。
それを楽しめなければ真の大人になれないよと言われるなら俺は大人にならなくても良いとさえ思う。
趣味の押しつけや否定なんて最低な人間のやることだ。
俺は否定はしないけど、そこに俺はいたくない。そこに混ざりたくない。
まだ、そこに繋がる未来があるような気がして、嫌悪感で俺の感情は埋め尽くされる。
そうならないためにも、ひとりぼっちになっても良いから強大な力を付けて未来に打ち勝つしかない。
最近見た夢みたいに俺はひとりぼっちになっていないし今はこうしてお師匠様が寄り添ってくれている。
それにお師匠様は俺がお師匠様に甘えることをまだ許容してくれてるからね。
だったら頑張るしかない。
「そうです! だからボク、頑張りますから」
「なら、わたくしはサクヤ殿下の成長の助力となるよう、誠心誠意お勤めさせていただきますね」
お師匠様の笑顔は優しくて和む。
大きなおっぱいとくびれた腰に大きなお尻。
これだけ見てても寿命がどんどん伸びていく想いだ。
お師匠様の部屋を堪能しているうちにまた疑問が湧く。
「ところでここは誰も住んでいないんですか? 他の家もお師匠様の家みたいに魔道具や調度品が残っているんですか?」
「ええ、レクティータには誰も住んでいないけど、朽ちたり風化していない当時のままを保っているの。全部浄化の影響だと思うけれど。だからサクヤ殿下が使えるのなら自由に使っても良いよ。わたくしが入れない家もサクヤ殿下なら入れるでしょう? わたくしの部屋を開けたように」
何か思い出したのか、お師匠様の顔が微かに赤い。
最近、こういう機微に気がつくのはお師匠様をそれだけ良く見てるからだろう。
「ありがとうございます。では、もう少し見て回りたいです」
「ん。良いよ。行きは歩いてきたけれど帰りはわたくしのスキルを使うつもりでしたしね」
くっそ。ファストトラベル羨ましい。
どうして、俺に与えられなかったのか。
こういう物語にアイテムバッグとファストトラベルって転生者特典とかでついてるものじゃないのかよ。
ないものねだりしてもしようがないか。
お師匠様が一緒に居てくれればファストトラベルの恩恵に与れるんだし。
今回みたいにお師匠様は今まで誰にも明かさなかった秘密を俺に打ち明けている。
それは俺のことを信頼しているからだろうし、それとも、俺に対しての期待があるんだろう。
お師匠様は鑑定スキルで俺の能力やステータスを見ることができるから、こんな六歳のガキに頼らなければならないほどに逼迫した事情があるのは間違いない。
それから、お師匠様のお言葉に甘えていろいろなお屋敷を巡ったけれど、すごいの一言が連発しまくった。
お師匠様は鍵のかかった屋敷に入れなかったからお店なんかを良く回ったらしい。
鍛冶や彫金、縫製といった職人の店に入っていろいろと拝借していたのだとか。
それで魅惑的な白いローブを身にまとった白の魔女だったんだね。
でも、ゲームではいろいろと際どいコスチュームだったけど、それってどこにあったのか。
それがとても気になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます