白の魔女④

 お師匠様の部屋の庭に到着。

 俺には使えないファストトラベル。お師匠様には使えるファストトラベル。

 羨ましい。

 俺(朔哉)の記憶では異世界転生といえばワープと無尽蔵に物が仕舞えて永遠に鮮度を保てるマジックバッグが定番。

 なのに、異世界から転生した俺にではなく、お師匠様がファストトラベルを使う。

 ヒロイン──主人公はファストトラベルを使えるのだろうか。[呪われた永遠のエレジー]ではインベントリと呼ばれるマジックバッグがあるのだろうか。

 まあ、ないものねだりをしてもしようがない。


「わたくしの準備は出来ているから、さあ、行こう」


 お師匠様は俺に手を引いて北に向かって歩き出した。


「ファストトラベルはしないんです?」


 道すがら、俺は気になった。

 お師匠様なら一度行った場所に瞬時に行ける。

 なのにどうして歩くんだろうかって。


「歩いても半日程度だし、サクヤ殿下には覚えていてほしいからね」


 身長差がありすぎて並んで歩いていると表情がよく見えない。

 だからお師匠様の冷たい手の微妙な変化で感情を汲み取るしかなかった。

 で、それで何でも分かったら俺は神になれるよねってなるわけで。


 この道は何故か記憶に存在する。

 俺(朔哉)の記憶だろう。

 朽ちた小屋から北に向かう道。

 [呪われた永遠のエレジー]のサクヤ攻略ルートで通る道。

 あのとき、サクヤは一瞬止まる。


『・・・・・・・・』


 テキストウィンドウに表示された。意味ありげな連続する中点。

 どうして覚えているのか。

 ゲームで通った覚えのある道。

 そして、この道を北に向かった先にある石碑の封印をヒロインが解かなければならない──のだが。


「ここは、この石碑に結界が施されていて〝聖女〟として生まれた人間でなければこの先に進めないんだ」


 ということはその結界を弱めて──封印を解いて先にすすめるということは……。


「こう見えても、わたくしは昔、聖女として多くの民に親しまれていたの。今では想像もつかないだろうけどね」


 お師匠様は冒険しやすいパンツスタイルで、上着はポンチョ。腰には細剣をぶら下げている。

 確かにこれでは聖女にも魔女にも見えない。ただの女性の旅人だ。

 白銀の髪の毛と真っ赤な瞳が特徴的なお師匠様。

 お胸の立派が過ぎてポンチョの胸部を過剰に押し上げてるから太って見えてちょっと残念感を醸し出してる。

 だけど、細くスラリと伸びる長い美脚で分かる人には分かるという感じの見目。

 だと言うのに歩く姿を見ると百合の花のようで目を奪われる。

 俺(サクヤ)と俺(朔哉)の理想を現実にした姿の持ち主がこの世界のお師匠様だった。

 俺(朔哉)の記憶の白の魔女はアートブックの艶やかに描かれたイラストやドット絵だったからね。

 そうして、俺はお師匠様の隣を歩いて結界の石碑を通過した。

 ここから先は魔物が多く、そして、強い。

 出現する魔物は高位の魔獣と悪魔系。レベルは六十くらいとラスダン前らしい強さである。


「早いな。もう来た」


 お師匠様はそう言って俺から手を離して細剣に手をかける。

 目の前に現れたのはスイギュウに似た見た目を持つ魔獣、センティコア。

 大きく鋭い牙が特徴的な魔獣だ。

 俺も腰に巻き付けたミスリルショートソードを抜いて応戦体制を取った。

 正面には二頭のセンティコア。


「来るぞ。弱ったらサクヤ殿下に送るから、その剣で首の骨を打て」


 突進してきたセンティコアをいなしながらお師匠様は俺に指示を送る。

 まず、一頭。

 お師匠様は魔法──風の刃エアカッターでセンティコアの四肢を切断するとつんのめって俺の前に巨大なセンティコアが滑り込んできた。

 俺はその胴体に回って首の骨を突き刺す。

 動かなくなったセンティコア。

 だが、それで休んでるわけにはいかない。もう一頭。

 お師匠様が細剣でいなしながらやりすぎないように調整して魔法をぶつけている。


「打てそうなら打て!」


 俺にはお師匠様から教えてもらった魔法があった。

 お師匠様がセンティコアの胴体を土魔法で打ってよろめいた隙に俺も魔法を放つ。

 氷の刃アイスブレイド──。

 断頭台の刃に見立てた氷の魔法を俺はセンティコアの頭に目掛けて上から落とした。

 センティコアの頭は胴体から切り離されたが、血が吹き出ることなく傷口から氷結。

 汚れない良い魔法だ。後からの血抜きがめんどくさそうだけど。


「よくやった」

「ありがとうございます」


 お師匠様からのお褒めの言葉である。

 ひんやりした手で俺の頭を撫でてくれた。

 氷魔法を使ったせいで周囲の気温が低下しているからかほんのり温かく感じたけれど。


「最初に倒したのは見事だったけど、二頭目はあれでは食べ物にできないよ。血抜きをしないで凍らせると解凍した時に傷んで臭くなるからね。今後は気をつけるように」


 怒られた。

 食べられる狩り方というのがあるのか。

 次からは気をつけよう。


「ごめんなさい」

「いや、良いんだ。わたくしは食事を摂らないし、必要なのはサクヤ殿下の分だけだしね。血が回る前に肉を削いで必要分だけ持っていこう」


 俺のミスリルショートソードでセンティコアの皮を剥いで必要になりそうな分だけの肉を削いで入手。

 お師匠様が魔法で温度を下げて紙に包んで袋に仕舞った。

 ゲームでは見ない光景──というか、ゲームではイベント以外で食べるという行為はなかったから。

 寝るという行為はHPなどを回復する目的で宿屋に泊まるほか、ヒロインと攻略対象がベッドで朝まで過ごすというイベントがあったのに、食事や料理というものはほんの数回のイベントだけ。

 ちなみに攻略対象がパーティーにいる状態で宿屋に泊まると『ゆうべはおたのしみでしたね』と言われたりする。

 なお、攻略キャラが複数人同じ部屋で休むと『ゆうべはとてもはげしくおたのしみでしたね』と副詞がついて強調したセリフを言われるので、まあ、察し……。

 それがあと十年後──俺に関してはまだ更に二年くらいの猶予があるのだが一人の女性を共有するというのは絶対にイヤだ。

 と、関係のないことは置いておいて──。

 あれから何度も戦闘を繰り返して夜を迎える。

 お師匠様と初めての外泊──だけど、俺は六歳の男児だからね。

 飯を食ったら寝て終わりだ。

 ただ、お師匠様は一緒に食事をしないし「寝て良いぞ」と寝かせられた後、朝までお師匠様が休んだ形跡がなかった。

 ずっと思ってた。

 何故、彼女は食べないんだろうって。それに夜もおそらく一睡だってしていないのだろう。なのに目の下にクマができたりしない。

 白の魔女とされる俺のお師匠様、ブラン・ジャスマイン──。謎が多い。


「さあ、行こう。もうすぐだよ」


 彼女は俺に朝食を食べさせて片付けまですると、出発を促した。

 俺(朔哉)はこの場所を知っている。


──滅びの楽園・レクティータ


 [呪われた永遠のエレジー]のサクヤ攻略ルートのトゥルーエンドを迎えるためのラストダンジョン。

 緩やかな坂を上りきった先にその全景を一望できる。

 ゲームではアニメーションで見られたけれど、目の前に広がるその光景は儚くていびつ。


「すごい……」


 けど、その景色は絶景で思わず声を漏らした。


「この大陸──いや、この世界でもここまでのものは稀有だろう。尤も、この街に人がいた頃はこんなんじゃなかったんだけどね」


 お師匠様は俺の手を引いて、何やら騙り始める。


「ここは昔、マトリカライア王国という国の王都でレクティータと呼ばれていた──」


 魔法が高度に発達し、人口も多く、大陸南方のアステル神教国と栄華を競い、このフラウ大陸の二大国家とされていたらしい。

 王国の栄華は三百年に渡って続き、お師匠様はジャスマイン公爵家の長女として生を受け、類稀な才能とスキルにより王国の聖女として名を馳せた。

 そんなお師匠様は王太子の婚約者として王城に住まいを移し聖女としての研鑽に励み、王国の象徴とされ、白の聖女として祀られ王国の繁栄の道標とまでされたらしい。

 しかし、長きにわたる王政は年月の経過と共に腐敗が進み、やがて滅びの道へと歩む。


「わたくしが二十三歳の誕生日を迎えたその日のこと──。今でも鮮明に覚えているよ」


 レクティータ王城の大ホールでそれは起きたという。

 俺は今、お師匠様に手を引かれて、その王城に向かって歩いているけど、とても大きくて目を瞠る。

 ピオニア王国のラクティフローラ王城の何倍もの大きさで壮大。

 ゲームでは左右に広く奥行きはわからない。なにせ2Dマップで斜め上から見下ろしてただけだったから。

 この巨大な城は俺(サクヤ)が十八歳のときに壊してしまうんだよね。跡形もなく。

 ゲームの俺はぶっ壊れ性能が過ぎる強さだった。

 そんなお城の大ホールだからさぞ広く立派なことだろう。

 で、話はお師匠様の二十三歳の誕生日を迎えたその日。

 結婚を控えたお師匠様の誕生日を祝うパーティー会場──王城の大ホールに、不正を疑われ免職された大臣が乗り込んできた。


『お前ら全員道連れだぁーーーーッ!!』


 大臣はオーブに魔力を注ぎ魔界門を出現させる。

 魔界と現界が接続されて、門からは続々と悪魔が湧き出した。

 悪魔たちはあっという間に大ホールの王侯貴族たちも殺していったが、ブランのもと、多くの貴族や騎士が悪魔に抗い、悪魔の侵攻を防ぐ。

 とは言え無限に湧き出す悪魔たちにいつまでも耐えられないことを皆、感じ取っていた。


『フルール様! ここはお逃げください。もはや皆、死んでしまいました。この国は終わりです。ですが、フルール様がいらっしゃれば──聖女様が生きてさえいれば民はいくらでも立ち上がりましょう』


 悪魔たちの猛攻に騎士たちはブランを逃がそうとした。

 フルールという呼び名はブラン・ジャスマインの本当の名前。

 長身美麗な彼女の真名。

 ブランは騎士たちの説得をなかなか聞き入れなかった。


『それでは皆が──戦うものたちが居なくなってしまいます。このままではこの国は滅びましょう。せめてここでわたくしが悪魔たちを封じることができれば──』


 ブランは神聖魔法を使って魔界門を閉じようとした。

 天使に請い──神に祈る──。

 だがその時、魔界門から一人の強大な悪魔が現れた。

 魔界の王アシュタルテ──。


『神の使徒か──どうりで門が広がぬはずだ』


 聖女は神の祝福を受けて誕生した加護の持ち主。

 アシュタルテが顕現して、アシュタルテから滲み出る毒気に当てられた騎士たちは次々に息絶えた。

 それでも、加護を持つブランには効果が無く──。


『このまま封じます!』


 それはブランの命を触媒にした魔法。

 だが、それを見ているだけの悪魔ではなかった。


『させるか!』


 アシュタルテはブランの胸に手を突き刺して心臓を取り出した。

 しかし、寸でのところでブランの魔法は発動しており、このままでは魔界門どころかアシュタルテすらも消し去ってしまう。


──何とかなった……。


 薄れていく意識の中で封印魔法の発動を見たブランは勝利を確信した。

 ところが、魔法は途中で止まってしまう──はずだったのだが。


『これでは余もただでは済まぬか……。仕方ない。貴様の心の臓を触媒に……。いつか再び相見えようぞ』


 アシュタルテは魔界門に消え、残されたのは心臓と傷一つ無い身体──そして、閉じた魔界の門。

 ブランの心臓にブランの魔法が宿り、心臓に宿った魔力が魔界門を封じた。

 残った身体は魔法とアシュタルテの呪いの効果で時間が止まったかのような状態となり、ブランの身体は二十三歳の誕生日の日から老いること無く時を刻む。

 白金色の髪の毛は白銀色に、自慢の碧眼は真紅の瞳へと変貌を遂げていたが、その後目覚めたブランはその変化に気がつくには時間を要した。

 魔界門の封印は成功したが、残った悪魔は魔界に戻ることができず、王都レクティータの民を襲い、マトリカライア王国は滅ぶ。

 ブランは自身にかけられた呪いを鑑定すると驚愕した。

 聖女の神聖魔法が発動状態のまま封じられた心臓が魔界門から供給される悪魔の魔力とせめぎ合い、魔界門の開門を防いでいる。


「それからわたくしは聖女がこの世に生まれる度に呪いをかけて魔界門を封じ続けているの。幻滅したでしょ?」


 ブランは聖女の魂を自身の心臓に捧げ続けている。

 自分と同じ歳の誕生日に、ブランによって呪いをかけられた聖女は命を失い心臓に魂の力を──聖女の権能を注ぐ。

 そうして封印を維持し魔界門の開門と魔界門から漏れ出る邪気の拡大を防いでいた。

 そうしないと邪気が封印を弱めて魔界門が開き再び強大な悪魔が現界に恐怖と混沌で世界を支配してしまうだろう。

 お師匠様はそうやって千年のときを刻んでいる。

 魔界門を封じ続けるためとは言え、聖女の権能を失った自分では封印を維持できないから聖女として生まれた女の子を犠牲にし続けた。

 心苦しい。ゲームでは語られないエピソードである。

 俺はますます[呪われた永遠のエレジー]の世界がわからなくなった。

 だけど、これだけは言える。


「お師匠様、とても頑張ってたんですね。何も知らなくてごめんなさい」

「どうして謝るの?」

「ボク、何も知らないし──そんなに長くいろんなことがあって大変なのにボクのことを見てくれてありがとうございますという気持ちと、今までお師匠様を慮れなかったことを申し訳なく思う気持ちがあって……」

「そういうこと。気にしなくても良いよ。わたくしもサクヤ殿下と出会えてから楽しいって思えてるから」


 や、ほんと、こういう時に不意打ちみたいに嬉しいことを行ってくれるお師匠様って何なん?

 早く大人になりたい。


 お師匠様の長い話を聞いているうちに遂に到着した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る