白の魔女⑤
「わー、真っ白……」
レクティータに入る門を潜ると真っ白な建物が所狭しと建ち並ぶ。
ゲームだと上から見下ろすタイプだったし、こうして実物を目にすると壮観。
「どうしてこんなに真っ白なんです?」
「それは、わたくしが白の聖女と呼ばれていたくらいだったから……」
神聖魔法顕現させた天使たちの祝福とアシュタルテの呪いの副作用らしい。
市街地にはところどころに悪魔が居て何体か倒したけど、これまでよりも魔物も悪魔もずっと少ない。
「さあ、ここから城に行くのは面倒だから飛んでいくね」
お師匠様が俺を抱えて宙に浮く。
浮遊はまだ調整が難しくて思ったように使えていない魔法の一つ。
空を飛びながらゆっくりとレクティータの中心──レクティータ王城を目指した。
──のだが。
「お師匠様! ちょっとまってください! あそこに何か見えます」
わざとらしいけど重要なアイテムなのだ。
武器や防具もあるけれど、ここにある貴重品のいくつかは入手しておきたい。
「ん。見てみようか」
お師匠様が聞いてくれて、俺が指示した場所に降下。
おお、あったあった。
俺はサクッと宝箱を開ける。
「ま、待って! 罠とか大丈夫?」
この宝箱には罠がない。魔物も出てこない。
知ってたから開けた。
「あった!」
宝箱の底にあった一つの鉱石。
賢者の石。
お師匠様が早速鑑定していたようで。
「賢者の石!? そんなものがどうしてここに?」
「わかりません。でも、これボクがもらっても良いですか?」
「サクヤ殿下が見つけたのだからそれは構わないけど、それにしても賢者の石か……」
叡智と命を授ける奇跡の石である。
ゲーム内では装備すると知力が上がって使うとHPとMPが回復するという便利なアイテム。
これをゲットしたから次に入手するアイテムはお師匠様に捧げよう。
もう決めてある。
再び、お師匠様に抱かれて宙に舞い次の目的地へ。
ラストバトルの直前──城門前広場噴水。
ここにセーブポイントがあり、そして、うんざりするほど長いカットシーンが流れる場所だ。
ゲームじゃないからカットシーンはないし、俺はまだ誰のものにもならないのでカットシーンのようなことには絶対にならない。
「ここに何があるの?」
噴水前に下りた。
ここに下りる前に「何か見えました。下りてもいいです?」と聞いたのだ。
噴水の南正面。
その縁にそれはあった。
──ソウル・オブ・フルル
ヒロインの最終装備の一つ。
知力と精神の上昇と消費MPの軽減、それと、魔法を短い詠唱で連続して使えるという効果のあるアクセサリー。
別名、聖女の魂とインベントリの詳細画面では表示される。
そのソウル・オブ・フルルを見たお師匠様はみるみるうちに顔が歪み、表情を隠すために両手で覆った。
「あ……ああっ………」
ここに来るまでの間に聞いたお師匠様の身の上話。
それでピンときたのだ。
「お父様……お母様……」
お師匠様は涙こそ流さないものの、嗚咽を漏らした。
泣いてるのだと分かる。
まるで少女のような彼女はとても可愛らしくて、背が高い彼女だけどやっぱり女の子なんだと実感。
「お師匠様。これはお師匠様にあげます」
「でも、サクヤ殿下が見つけたものなのに……」
「そういうことなら、ボクからの贈り物ということで受け取ってください」
「──ありがとう」
千年経って元の持ち主の手元に戻ったというだけのことだな。
だったら感謝される謂れはない。
お師匠様の気持ちが落ち着くのを待つ。
それから再びお師匠様に手を引かれて──今度は歩いて──お城に入った。
城の中は凄かった。
当時の栄華がどれほどのものだったのか想像するに容易い。
ピオニア王国なんてゴミのよう。
千年前の建造物だと言うのにピオニア王国の数百年先を行っているような意匠が所狭しと施されていた。
「サクヤ殿下に見てほしいものはこの先──」
そうして入った大ホール。
神聖さと邪悪さが入り混じった空間。
ここに確かに魔界門があった。
漆黒の扉と、それを縛る光の鎖。
その光の鎖に結界で覆われた脈打つ心臓が聖気を供給している──と、俺にはそう感じられた。
「これが──」
「ええ、あれがわたくしの心臓……」
お師匠様は魔界門を封印し、お師匠様は心臓を封印されている。
見た感じではそう思えた。
封印されているから、お師匠様の時間は千年前から止まっている。
しかし、魔界門の封印を維持するためには聖女の権能を維持する必要があったのだろう。
魔女に堕ちたお師匠様は世界を守るために聖女を贄とし続けた。
そうしてお師匠様は心臓と封印を維持してる。
世界の均衡をお師匠様の心臓が保ってる。
これが[呪われた永遠のエレジー]の世界なのか。
サクヤ攻略ルートでは最後にこの大ホールもサクヤの最終魔法で吹き飛ばされる。
跡形もなく消し飛ばして何一つ残っていない。
その絵を見た覚えがある。
そう考えたら、最後ってめっちゃ雑だったんだなって。
ということはこれを壊せば良いんだろうけど今の俺にそこまでの魔法も魔力もない。
いつか壊せるときが来るのかもしれないけど。
「もう終わらせたい。そう思っていたんだ。もしサクヤ殿下が成長して力をつけたら、その時は──」
「イヤです」
お師匠様の言葉を遮って断る。
それはお師匠様ごと殺せという言葉に繋がるからだ。
「どうして?」
「ボクがイヤだからです」
どうしてもこうしてもないんだよね。
お師匠様は困惑しても、そんな思いつめた顔じゃ伝わらないだろう。
だからこのままこれを理解しておいて、封印を解く手段が分かった時に考えたら良い。
「まあ、今じゃなくても良いさ。いつかわたくしの気持ちが殿下に伝わった時に再考してくれたら良い」
お師匠様は諦めてくれたようで諦めていない。
俺は六歳の男児だからね。先のことはまだ後回しにして良いけど、この場のことを知っておいてほしいと思って連れてきたんだろう。
お師匠様の心の変化がどこかにあったということに他ならない。
ならば、今のお師匠様の気持ちには応えてあげつつ、俺の気持ちも押し通す。
俺が二十三歳になったときにお師匠様の時間が再び動き出せるように俺が力を蓄えたら良いのだから。
なぜ二十三歳かって? それは二十三歳の誕生日で時間が止まっているお師匠様と同じ歳になるってことだからね。
その時にお師匠様の呪いを解いてやるんだ。
そうとなれば俄然、やる気が出る。
そう。俺は王子としての序列が下がり、これまでは逆ハーレムエンドだけは絶対に避けたいという目標だけだったのが、お師匠様の秘密を知ったことでそれだけじゃなくなった。
「わかりました。ボクが大きくなったら、その時の気持ちをお伝えします」
先のことを今考えても仕方ないけど、今決めた気持ちはまだ明かしたくない。
だから大人になったときにお師匠様に伝えたら良い。
そうして出た言葉にお師匠様は微笑みながら頷いてくれた。
話の区切りがついたところで再び、魔界門と封印に目を向ける。
俺の視線の先に気が付いたお師匠様は口を開く。
「そういえば、キミはここに居て気持ち悪くなったりしない?」
「気持ち悪くないですけど、不思議な場所ですね。同じ空間に悪魔の魔力と聖女の魔力が渦巻いてぶつかり合って」
「わかるのか?」
「なんとなくですけど、魔力は読み取れるようになったと思います」
お師匠様の修行の成果である。
今では魔法もある程度使えてるし、体外の魔力を感知できる。
聖女の魔力は光属性で悪魔の魔力は闇属性。
光が聖で闇が邪悪ということなのだろう。
俺(サクヤ)にとってはどっちも等しく属性を帯びた魔力でしかない。
俺(サクヤ)には俺(朔哉)の記憶がある。
終盤までは最強のお助けキャラだったしね。
「くっくっく。子どもの成長というのは凄い。わたくしの予想の遥か上を行くんだね。アムリタの輝水の件と言い。サクヤ殿下には驚かされっぱなしだよ」
などと言ってケラケラ笑うお師匠様。
でも、一つだけ。
「目の前でむき出しの人間の心臓が動いてるのはちょっと怖いですよ」
「千年もの間、たゆまず働いているわたくしの心臓だよ? 愛らしいじゃない」
結界で覆われているから劣化すること無く動き続けてるのだ。
お師匠様が聖女にかけつづけた呪いののおかげであるんだろうけど、それで犠牲になってる聖女がいるわけだから責任を感じて、罪を命で償いたいという気持ちがあるのはやはりお師匠様の性格なのかもしれない。
それにしても、見慣れれば可愛らしく見えるのかも──と、言いたいところだけど俺はグロテスクなものが苦手だった。
「それでお師匠様の体温は低いんですね?」
目の前で動いているのがお師匠様の心臓。
つまりお師匠様の身体には血液を循環させるためのポンプがないのだ。
くっついた時に心音がないのも、遠く離れた場所にあるから。
「そうみたいね。でも、切り傷が出来たら滲む程度だけど血は出てくるし、体温だって全く無いってわけじゃないでしょ? 痛みだって感じるし、悲しかったりしたら涙が出そうになるし……」
お師匠様の言う通りでほんのりとしたぬくもりがあるから死体ではないはず。
でも、身体は二十三歳から時間が止まったかのように老化も成長も停止してると言ってた。
悪魔の呪いと天使の祝福がこの大ホールで混じり合い、聖女の権能を捧げることで均衡を保っている。
濃厚な魔力が魔物を増強させるのかと言えばそうではなく、天使の祝福と聖女の神気で周囲を聖域化して悪魔に類する生物の侵入を阻んでいた。
それでレクティータ城とその周辺の聖気を嫌う悪魔が寄り付かない。
ゲームでも滅びの楽園レクティータというダンジョンの中盤以降に魔物とエンカウントすることがなかったのは、白の魔女が白の聖女と呼ばれていた時代の彼女の切り札の影響で悪魔に類するものの存在が許されなかったからか。
そう考えると腑に落ちる部分がたしかにある。
長尺のカットシーンが流れていたからシナリオの都合なのかと俺(朔哉)は思っていたけど、そうじゃかなったってことだね。
だったらひとまずは安心。千年以上もの間、整然とした街並みを維持し続けられていることがその証明と言える。
そして、この街並みを人が居なくなってからの千年をお師匠様はこの都とともに生きてきたのだろう。
鼓動を続ける目の前の心臓を眺めながらお師匠様は言葉を続けた。
「あれから千年……気が遠くなるほどの時間を生きているけれど、ここに誰かと来たのはあなたが──サクヤ殿下が初めてね」
「そうですか。それは光栄です。それに、ここに連れてきてもらっていろいろと腑に落ちました」
お師匠様から出てきた初めてという言葉に嬉しく感じつつ、目の前のこの状況はゲームでは触れられなかったエピソードに触れた気がして──ストーリー中では語られなかった伏線を目の当たりにして胸が熱い。
きっとお師匠様の過去を掘り起こせば、この世界をもっと深くまで知ることができるだろう。
このゲームに悪い人は居なかったのかもしれない──俺はそう思った。
お師匠様は千年もの間、聖女として生まれた女の子に呪いをかけて回ったけど、そうしなければこの世界を維持することができなかったのだ。
陰で自分を犠牲にしながら人々のためにひとり、心を殺して活動してきたお師匠様。
しかし、それがどうして、俺の講師をすることにしたのかが気になった。
「腑に落ちたって……。サクヤ殿下は六歳の子どもだっていうのに本当に……」
お師匠様は俺の頭を撫でる。
まるで眩しい太陽を見るかのような眼差しを向けて。
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