白の魔女③
だいたい予想はついた。
「私のこと、どうやって治したのかしら? アムリタの輝水って何かしら?」
母上は当事者である。
疲労で意識を手放した俺と入れ替わるように意識を取り出し母上は周囲に何があったのかを確認したのだろう。
だから、アムリタの輝水の存在も知っているはず。
どこで手に入ったのかを知らないだろうからそこは誤魔化せるだろうけれど。
アムリタの輝水を知っているのはきっとお師匠様に違いない。
お師匠様は鑑定ができる。羨ましい話だ。
「そのアムリタの輝水って何ですか?」
父上には迷子になったときに拾ったことにしたので、母上にも同じように言わなければならない。
嘘を言うのは心苦しいけれど仕方ない。
「サクヤは知らないものを、私に口移しで飲ませた──ということかしら?」
「いえ。試しに自分で使ってみたら傷が治ったので母上にも使ってみたんです」
「それは本当なのかしら?」
「はい」
とにかく突き通す。
それしかないからね。
こういうときこそ六歳の子どもを全面に押し出していこう。
「そう……。しようがないわね。そういうことで納得をしておくことにするわ」
母上は小さくため息をついて言った。
ごめんなさいともありがとうとも言えないので俺は黙りこくる。
「ナサニエルにはなんて言ったのかはわからないけれど、それとなく合わせておくことにするわ。正直なことを言うとあなたが大変な目に遭いそうだもの」
私が守ってあげるわと言わんばかりに俺の頭は頬を撫でてくれた。
物分りの良い母上でありがたい。
問題はこの後だった。
母上との会話を終えて俺はマイラと私室に戻るとお師匠様が椅子に座って俺を手を取ると誘いの言葉を投げかける。
「わたくしとお外を歩きませんか?」
背の高い女性である。
俺は首が痛くなるほど見上げて冷たい手を取るとお師匠様はマイラに、
「わたくしの屋敷でお話することがありますので、外出いたしますね」
と、そう伝えて部屋を出た。
ブランの──お師匠様の冷たい手を取って俺は彼女の手で城の外に連れ出される。
つい一週間前に一人で城を飛び出して冒険をしただなんて本当に想像ができない。
こうしてお師匠様に手を引かれて外を出たので精一杯だったからね。
お師匠様に出会う前はパワーレベリングのために初級ダンジョンに連れて行かれたけど俺は置き物みたいだったし。
だからなのか、城の外──この乙女ゲーの世界で、舞台となる王都の外に、外の世界に興味を持った。
とはいえ、一人で旅に出るなんて許されないんじゃないか。
[呪われた永遠のエレジー]の舞台となるピオニア王立フロスガーデン学園には入学はすると思うけれど、王太子が正式に決まるころまで、俺の自由はそれほど認められないかもしれない。
でも、ヌリア母様の長男であるスタンリーが王位継承順位の筆頭である今なら、俺は従者が居れば多少の外遊は認められるのではないだろうか。
母上の命が助かり、俺には後顧の憂いもない。あるとするなら今の俺の年齢。
俺(朔哉)はきっとおふくろが愛した乙女ゲーの世界をより深く探求したいに違いない。
そして、俺(サクヤ)は俺(朔哉)の記憶のおかげで母上を救い後ろ髪をひかれる想いももはやない。
順当に行けばスタンリーが王太子になって俺はどこか適当な土地に封ぜられるとか城から出る運命にあるはずだ。
お師匠様、こと、白の魔女──ブラン・ジャスマインに手を引かれて王城を出た俺は思う。
かくして俺の探求の旅は第一歩を踏み出した。
王都ラクティフローラの貴族街にあるお師匠様の邸宅。
俺は玄関口しか入ったことがなかった。
ところが、いつもと違い、今はリビング。
調度品の類はほとんどなく、生活感が全く無いのはお師匠様の生活拠点がここではないことの証明。
その閑散とした部屋で俺とお師匠様は向かい合って座っている。
「聞きたいことがあるんだが──」
「何の追求でしょうか……」
今日は散々だ。
いろんなひとにあれやこれや聞かれて。
目覚めたばかりだっていうのに。こんなことならもっと休みたかった。
……なんてわけにも行かないんだよね。きっと。
「くっくっく。もううんざりって顔だね」
「ええ。父上にも母上にも根掘り葉掘り聞かれましたから」
「仕方ないよ。一人で外に飛び出して五日間も帰って来ないし、帰ってきたら酷い怪我。なのにニルダ様に薬を飲ませてサクヤの酷い怪我もあっという間に完治したんだからね」
「父上と母上は何とか誤魔化したんですが、お師匠様には正直に話さないと──ですよね?」
「そうだね。話してないんでしょう? アムリタの輝水という治療薬のことは」
母上と同じことを聞かれた。
お師匠様の言う通りでアムリタの輝水については詳しいことは話していない。
拾ったで誤魔化したからね。
「母上にも聞かれましたが、迷子になっていたら拾ったんです」
「わたくしの鑑定では──パーティーで一つしか所持できない希少アイテム。アムリタの輝水は以前、不老不死の神水として信じられていてアステル神教国に祀られていたものだったんだ」
初めて耳にする単語が出てきた。
アステル神教国って何だ?
お師匠様に答えるより、お師匠様の口から出た単語に疑問を持っているうちに、お師匠様は言葉を続ける。
「そんなものが『拾ってきました』で、済ませられるようなものではないモノだとをわたくしは知っているの」
つまり、続いてくる言葉はきっとこうだ。
「さあ、どこで入手したのか洗いざらい話してもらおうじゃないか」
お師匠様には隠し通せないと思った俺は素直にラクティフローラ地下水道の十階層に行った話とそこでアムリタの輝水を入手したことを打ち明けた。
話を聞いたお師匠様は俺にこう言った。
「どうして、そこにアムリタの輝水があることを知っていたんだい?」
それはご尤もな質問だな。
前世の記憶がある──そう伝えられれば良いけれど、それを伝えたら未来に何が起こるか分かってしまうし、そこにお師匠様が密接に関わっているところもある。
だから、これだけは伝えてはならない。
「それは言えません……」
俺はそう答える。
お師匠様「そうか……」と短く小さく返答をして、しばらく黙りこくった。
しばらくの静寂。
家具が少ないこの部屋は外からの音がよく聞こえる。
鳥の鳴き声。
通りすがる人の声や足音。
どのくらい黙っていたのかわからない。
その静かな空間に声を発したのはお師匠様だった。
「わたくしのこと──。いいえ。あなたに見てもらいたいものがあるの。だから、サクヤ殿下の数日をわたくしにくださらないかしら?」
「わかりました。しかし、数日の外泊となると父上の許可がおりるかどうか……」
「そうよね。だったら、わたくしから陛下に許可をもらうことにするよ」
「お願いします。ボクのほうからも母上を通じて伝えておきますので」
そんなに簡単に許可が下りるわけがない。
俺はそう思っていたけど、俺が母上に言うより早く、その日のうちに許可が下りた。
翌朝、母上が、
「サクヤは良い講師に恵まれたわね」
と言っていたので、おそらく俺を送り届けた後に何かあったのだろう。
それでも、俺とお師匠様だけの外泊が許されたのは不思議でならない。
それから三日後──。
旅の準備を済ませて迎えた朝。
お師匠様が俺を迎えに来た。
「殿下、ブラン様が参りましたよ」
使用人のマイラはお師匠様が部屋に来たことを報せる。
「おはようございます。お師匠様」
「おはよう。サクヤ殿下──」
旅に適していると思われるローブを纏ってお師匠様の前に出た。
するとお師匠様は俺を見てたけど俺の装備品を確認してるのか。
「あのショートソードはどうした?」
「物騒だと言われたので仕舞ってあります」
「そうか。サクヤ殿下がお持ちしていたショートソードを持っていこう」
「承知しました」
俺が武器を携帯していないことに気が付いて俺に剣の所持を促した。
剣は見つかると怒られると思ってマイラに相談して仕舞ってもらっている。
「マイラ様。あの剣をお願いします」
「はい。承りました」
俺の手が届かない場所にある剣をマイラに持ってきてもらった。
「殿下。お持ちしましたよ。危ないので気をつけてくださいね」
マイラは俺にショートソードを手渡す。
「ありがとう」
「いいえ。それにしても、短いとは言え剣なのにとても軽いんですね」
俺は剣を受け取り、腰帯に括り付けた。
その最中にマイラは剣を持った時の感想を口にする。
「そのショートソードはミスリル製。この国ではミスリルは魔道具でもそう使われていない希少金属でね。軽量で魔力の通り良くて武器だけじゃなく防具や魔道具によく使われるんだ。現在ではミスリルを打てる人間が少なくなってしまったが──」
そう言って俺を訝しげに見るお師匠様。
要するにアムリタの輝水だけじゃなく、このミスリルショートソードも疑惑の対象だったんだろうね。
「そうなんですね。そんな貴重なものを殿下がお持ちであられることに驚きです」
「だから、マイラ様やサクヤ殿下の身内であっても他言無用で頼むよ。サクヤ殿下の御身のためにも」
「そうですね。そのような希少なものなら、間違いがあってもおかしくありませんものね」
お師匠様はマイラに口外しないように約束をした。
そうして準備は滞りなく。
そんなタイミングで母上とシミオン、それから、ヌリア母様にネレアまで俺を見送りにきた。
「おにいっ! おにいっ!」
とたとたと不器用に歩いて俺にすがりつくネレア。
シミオンは母上にぴったりと寄り添っていた。
「見送りに来たわ」
母上が言う。
「ブラン様。サクヤをお願いいたします。予定では三日間と伺っておりますが旅のご無事をお祈りいたします」
「ええ。わたくしがついておりますから、ご安心ください」
「よろしくおねがいいたします」
母上は頭を下げてお師匠様に俺を託した。
それから母上は膝を折って姿勢を下げると俺を抱き締める。
「サクヤ、三日間も顔を見られないと思うと心苦しいわ。ブラン様の言うこと、良く聞くのよ」
「はい。母上。行ってまいります」
耳元で声を出すものだからとても擽ったい。
横ではネレアが俺に縋り付いてるし、ヌリア母様は何やらお師匠様とお話をしていた。
母上が俺から離れると、ヌリア母様が俺の傍に来て、
「サクヤ殿下。気をつけて行ってらっしゃいね。何かあったらネレアが悲しむわ」
と、ヌリア母様も俺を抱きしめてくれた。
「では、行ってまいります」
俺から離れたくないと縋り付くネレアを抱き上げたヌリア母様。
それから母上、シミオンと挨拶をして俺はお師匠様に手を引かれながら送り出された。
俺の私室から近い階段から一階に下りて、お師匠様は俺を謁見の間につれていく。
滅多に入らない謁見の間は二階にあり、俺の私室からは廊下を挟んだ壁の向こう側。
とても近いのに一旦、一階に下りてからでないとたどり着かないという間取り。
なんでこんな作りにと思うけれど居城だからそういうもんかと思うことにしている。
「うむ。では、行ってまいれ。くれぐれも気をつけて行って来るのだぞ」
お師匠様と玉座の父上が簡単に言葉を交わして出発の挨拶とした。
どうやら俺はパワーレベリングの一環としてお師匠様と修行することになっているらしい。
もし、そうなら、王位継承順位は下がったとは言え王子であることには変わりないのにパワーレベリングの付き添いが一人ということはないだろうから、どこかでお師匠様は実力を見せつけてしまったのかもしれないな。
俺のレベル的には[呪われた永遠のエレジー]の終盤に差し掛かるときに挑むダンジョンでないと階位素子と呼ばれている経験値を取得できない。
なので、お師匠様のような強者と一緒に高レベルのダンジョンを攻略する他ないが、ピオニア王国ではそこまでレベルの高い人間がいないから、王国の誰かが付き添っても足手まといにしかならないとでも結論付けたのだろう。
そうして、俺とお師匠様は二人で城を出て、貴族街のお師匠様の家からファストトラベルでお師匠様が本住まいしている北の辺境へと移動した。
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