白の魔女①
いつの間にか寝て、そして、起きた。
俺の講師になった白の魔女。ブラン・ジャスマインは随分と早い時間にやってきた。
「おはようございます。サクヤ殿下」
使用人の案内で俺の私室に来た白の魔女。
食堂で朝食を過ごしたその後である。
今日の彼女は長い髪を結わえてブラウンを基調とした服装で麗人風な装いだ。
短いジャケットから見える腰の細さよ。
胸が大きいから太く見えそうなのを短いジャケットから腰のくびれが分かるようにすることで細さを強調してる。
今日もパンツスタイルの白の魔女。かっこよき。
そんな彼女が右手を左手に添えて頭を下げる男性式の挨拶をするのだからかっこよさがひときわ。
彼女の振る舞いに俺は目が奪われた。
「殿下。いってらっしゃいませ」
横からマイラが俺にカーテシーを見せて何故か送り出そうとしてる。
「え、ボク、どこに行くんです?」
「聞いてると思うけど、わたくしが講師となりまして、城外で教える許可をいただいております」
あー、なるほど。そういうこと。
まったく、俺の知らないところでいろいろと物事が運んじゃって。
マイラが送り出すってことはそれで間違いないってこと。
だから俺は素直に見送られるしかない。
「わかりました。それではブラン様に従います。今日からよろしくお願いいたします」
そんなわけで、朝食を摂って直ぐに白の魔女に城から連れ出された俺なのだが。
「城の外は安全とは言い切れない。わたくしの手を取ってもらえるかな?」
考えてみたらダンジョンに行くときは誰かしらの馬に乗ってたから、一人で歩くということがなかった。
そういうことならと俺は白の魔女の手を取る。
ひんやりとしたその手はとても柔らかく女性の手、そのもの。
体温が低いんだな、と思いながら俺は白の魔女に手を引かれて貴族街の一角にあるこじんまりとした屋敷に入った。
「ここがわたくしの家なんだけど、別荘みたいなものでね。さて、行こうか。わたくしの手を離さないようにね」
白の魔女はそう言って何もない空間に手をかざして魔力を込める。
すると鏡のような境界が現れてその向こうには緑色の庭の景色が映し出される。
「なんですか? これ」
「便利な魔法よ。さあ、行こうか」
白の魔女は俺を引いてその境界を跨いだ。
これはファストトラベルという魔法の一種。
境界は扉の敷居を跨ぐのと同じで至って普通だった。
身体には何の負担もない。
これは楽だ。俺にも使えたら良いのに。
「良いでしょ。でも、キミにはこの魔法を使うことは出来ないの。残念ね」
下から見上げて拝む白の魔女の表情は楽しそう。
俺は人生で初めてのファストトラベルに感動。
なのに使えないって言われて、俺、可哀想。
「さあ、せっかくここまで連れてきたから、勉強をしなきゃね」
「おねがいします」
それで、勉強とやらが始まるはずだったのだが。
「その前にここの説明をしておこうか。王族を勝手に連れてきて場所を教えないのは何かあった場合に良くないからね」
白の魔女は再び俺に手を差し伸べて、俺の手を引いて周辺と家の中を案内してくれた。
「見ての通り、ここは森の中。そうだね──。ピオニア王国の王都ラクティフローラからは北北東の方角。馬車だと三ヶ月ほどかかる場所にあるわたくしの
いきなりぶっこんできた感。
そんなに遠く離れた場所に!
と思わせようとしてるんだろうが俺には前世の記憶があって、ファストトラベルを使用してここまで来たということは知っている。
でも、驚いたふりはしておかなければ。
「そんなに遠くに──一瞬で……」
「そう。これが魔法ってやつさ」
ブランはそう言って手のひらをくるくると回して火を起こしたり、水を浮かべる。
確かに魔法──。
「これはそれほど驚かないのね」
「弟のスタンリーが土属性魔法でよく見せてくれるんです」
「なら驚かないのも納得ね。わたくしが教えたら、サクヤ殿下もあっという間に使えるようになるはずよ」
魔女はそういうけれど、俺は魔法を教わっても一度たりとも発動したことがない。
だから諦めて最初から使えた身体強化だけで魔物と戦った。
「そうなら良いんですけど……。ところでさきほど仰ってたマトリカライアとかレクティータって……」
「ちゃんと拾ってくれていたのね。そのうちに教えてあげるよ。次、行こうか」
ブランは俺の手を引いて庭を歩き、井戸の近くて立ち止まる。
「水はここね。けど、魔道具で水を汲み上げてるから使ってないの」
使ってないと言うなら何故ここに。
そう思うのは野暮だと思って口にしない。
だって、俺、五歳だから。
「さ、家に入りましょう」
またもブランに手を引かれた俺は、ついに、彼女の家に足を踏み入れる。
外から見た時はこじんまりとしてて大きすぎず小さすぎない家だったけど、中はいたってシンプル。
そして、壁一面に本が収められていた。
「凄い……」
「何に驚いたのかな?」
「本です。こんなにたくさん──」
「本なら地下にもたくさんあるの。見せてあげる」
地下室に連れて行ってもらったら、そこは更に本がびっちりと詰まっていた。
明かりが差し込まない地下室だけど、魔道具の照明で本が読めるほど明るい。
王城の薄暗い照明とは偉い違いだ。
「ここにあるのは昔、魔導書と呼ばれていた古い本。わたくしが教えることの中にはここの本を読むためにマトリカライアの言語を教えるわ」
「あ……ありがとうございます」
埃っぽい部屋だけど、宝の宝庫にしか見えない。
これだけの明るさでこんなに本があったら眠れない時でも退屈しなさそう。
「さ、勉強しましょう。ここで」
ということで、俺は白の魔女、ブラン・ジャスマインの私邸の地下で勉強をすることになった。
その日、魔女に教わったのは貴族の子弟が教わるような行儀作法や教養、武芸全般、地下室の本を読むための語学、それにこれから教わろうとしている魔法。
昼食は簡素なものをいただいたけど意外と美味しかった。
「めったに作らないから口に合わなかったら捨てて良いよ」
なんて言ってたけど「とても美味しい」と伝えたらはにかんで喜ぶ。
そんな魔女を何故か可愛らしく感じてしまった。
それと驚いたのは教わった何もかもが高い水準で、しかも、わかりやすい。
俺に合った内容を考えたんだろうけど、武芸なんかは専門外だろうに、それでも近衛騎士団で教わった内容より格段にレベルが高く模倣しやすい。
まったくとてつもない講師を見繕ったものだ。
父上に感謝かもしれない。
白の魔女──というのことをさておけば、俺はずっと強くなれるのかも知れないと思わせてくれる。そんな内容のカリキュラムだった。
「さて、次は魔法ね。家の中じゃ危ないから外に出よう」
ブランは移動のたびに俺の手を取り、手を繋いだまま歩く。
冷たいブランの手。どうしてこんなに冷たいのか。そう思ったりもするけど決して色艶が悪いわけじゃない。
だから、体温がただ低いだけなんだと思うことにした。
魔法の勉強は今の窓から外に出たところの屋根付きのテラスでする。
二人がけのガーデンチェアに座って、きっと、外野から見たら仲睦まじい親子のように見えることだろう。
「始めまようか」
「はい。お願いします」
「では、最初に。サクヤ殿下は魔法が使えない。でも、ダンジョンの階層ボス──低階層のボスなら一人で倒せる能力があると伺ってます」
魔法の授業だと言うのにそこからか?
俺の心のなかで湧いた疑問は置き去りに、魔女は授業を続ける。
「わたくしは鑑定を使えるので失礼ながら覗かせてもらったの」
初めて会ったあの日のことだ。
魔女の赤い瞳が一瞬煌めきを強めて、俺の心が覗かれた──そんな感覚があった。
「わたくしがあなたの講師となることを決めたのはその時。あなたにはわたくしが魔法を教えるに足りる魔力を持っている」
「ボクに魔力? ボク、魔法は使えませんよ」
「──身体強化、使えるんでしょ? あなたのそれ、魔法よ。わからせてあげる」
ブランはそう言って俺の前に両手の手のひらを見せて、俺の手を乗せるように促す。
「手を乗せたら良いんですよね?」
魔女は静かに頷いて、俺は手を乗せた。
「ちょっとびっくりするかも知れないけど我慢してね」
ブランの言葉に俺が頷き返すとすぐ──。
両手から身体強化を使ったときと似た感覚が全身を駆け巡る。
「あら、驚かない。この程度は慣れているのね」
どういうことかと思ったけど、これが魔力だというのなら──そう考えたら合点がいく。
「これが魔力だったんですね?」
「そう。あなたの場合、過剰な魔力が体内を巡っているから、そのせいで体外への放出することが出来ずにいたの」
「それってどういう意味です?」
「膨大な魔力を制御できないから放出できない──身体が抑止してしまうの。でも、身体強化なんかは違う。身体が悲鳴をあげるまで使えるから、今のあなたでも使えていたの」
そういうことだったのか。
だから、身体強化を使った後は身体が痛くてすごくダルい。
魔力が少ないからという理由ではなく、五歳の身体が追いついていないことと魔力の調整が未熟だったからということ。
だったら、これまでのことも納得できる。
「そういうことだったんですね」
「だから、当面は身体強化は禁止。その代わり、わたくしがあなたに魔力の使い方を教えてあげる」
俺の手を乗せた手を白の魔女は握り返した。優しく包み込むその感触は柔らかく。
その手のひらは魔力のせいか、ほんのりと温かくて、まるで母上に抱かれてるかのよう。
「はい。わかりました。お願いします」
「ん。では、早速、今日から始めようね」
そんな感じで、俺は魔女に魔法を教わる。
当面は体内を巡る魔力に対する感応を高めて魔力制御を覚える。それから体外に魔力を放出できるようになること。
魔女の修行は初日とは思えないほどの厳しさだったけど、昼前の授業と同じで、俺はずっと高みを目指せると感じさせてくれる内容だった。
しばらくして、今日の授業が終わる。
「ふう。疲れたわね。今日はこれまでよ。さあ、戻りましょうか」
唐突に終業を報せて、ブランは手をかざして境界を作る。
境界の向こうは王都の貴族街にある魔女の別邸。
ブランの冷たい手に引かれて境界を跨ぐとピオニア王国の王都、ラクティフローラへと跳躍。
ブランの別邸を出て貴族街に出ると王都の景色。
便利だな。
「こうしてファストトラベルで移動してることは内緒にしてね」
「はい。わかりました」
「ちなみに、これ。スキルなの。魔法じゃないからあなたには使えないということ覚えておいてね」
だそうだ。
あると便利なインベントリもファストトラベルも、どっちもスキルで俺には使えないらしい。
ということはヒロインは使えるということなのか?
だったら会った時に見てみたい。関わるつもりがないから見られるかどうかはわからないけど。
それから、城に戻って俺の私室までブランが送り届けてくれた。
「殿下。おかえりなさいませ」
マイラはカーテシーで出迎える。
「ただ今戻りました」
部屋に入ると、今度はブランが別れの挨拶をする。
「では、また明日。サクヤ殿下」
「はい。またよろしくおねがいします」
部屋から出るブランにマイラが頭を下げていた。
マイラとふたりきり。
「今日はどうでした? ブラン様でしたっけ? とっても良い匂いですよね」
全くこの人は──って感じだけど、ぶれないんだな。
ただのショタかと思ってたけど下世話なことがどうやら好きらしい。
「今日は楽しかったです。母上に会いに行きたいんだけど良いかな?」
「ええ、もちろん。何だか話を途中でもがれた気がしますがよろしいでしょう。お供いたします」
今日は初級ダンジョンに行ったわけでないのでゴブリン臭くないから風呂に入らなくても良い。
今まで城から出るのは初級ダンジョン、ガーデンバーネットだけだったからね。
なんて爽快なんだろう。
白の魔女の家当たりは緑が豊かで空気が綺麗だったし、食事は簡素だったけどとても美味しかった。
俺は[呪われた永遠のエレジー]のラスボスと一緒だったというのに、疑ったり怖がったりすることはすでになく、すっかり絆されてしまったかのように居心地の良さに、白の魔女の印象がすっかり変わってしまってる。
明日も楽しみだ。
意気揚々として俺は母上の私室を訪ねた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます