母上②

 重苦しい空気──。

 母上が私室から出なくなって一週間。

 父上が手配した女性医師が母上を診て、その結果を聞いたのだろう。

 晩餐の席の空気は淀んでいた。

 母上が私室に引きこもってからも俺は毎日必ず足を運んでなるべく長い時間一緒に過ごすように心がけている。

 今日も私室を与えられたばかりのシミオンと一緒に母上の看病をした。

 シミオンはまだ乳離れが出来てないので、定期的に母上のところに来て俺よりも多くの時間を一緒に過ごしてる。

 けれど、シミオンはまだ一歳と少しで、母上が病気だということを知らない。

 いや、病じゃないのかも知れないけれど……。

 女性医師によると原因不明がわからない──と、ということだった。

 医者がわからないと言うのなら、どうしようもない──んだけど、この世界には魔法があるんだよね。

 つまり、回復魔法を使うヒーラーの出番ということになるけど、その前に鑑定士という鑑定スキル持つ人間を使って母上の病状の分析からするんだろう。

 鑑定は本来、ドロップアイテムに使うんだけど、ゲーム中でも人間相手に使えると示唆されていて、対象の状態や付加ステータスなどの情報を分析が可能。

 なお、ヒロインの周辺だと攻略対象のセブラン・ハイドランジェという先生が使える。

 何度も攻略をしているとどこに何があるのかを覚えてるからゲームに精通すればするほど使わないキャラクターだった。


 とまあ、前置きはさておいて、女性医師が母上を診た更に二週間後。

 ロニーと初級ダンジョン、ガーデンバーネットでパワーレベリングをしたその日。

 ついに四階層まで到達して、その報告のために俺はマイラと母上の私室に訪れた。


「ニルダ様。サクヤ殿下を連れてまいりました」

「どうぞ」


 母上の私室の扉の前でマイラは室内に声を伝えると、母上の使用人が許可を出す。

 母上は日に日に衰弱してて今では大きな声を出せない状態。

 それで、使用人がだいたいの応対を代行していた。


「失礼します」


 で、俺が室内に入ったのだけど、中には二人の女性が母上の傍に立っている。

 一人はリリウム教に所属するヒーラーだろう。

 左胸に白ユリをモチーフとした刺繍を施した白いローブに身を包む。

 更に奥には背の高い女性が──って……。


──え?


──ええ?


 俺は目を疑った。

 言葉を失っている俺に母上が話しかけてきた。


「おかえりなさい。サクヤ。さあ、こっちにおいで」


 母上の言葉に誘われて俺は母上の傍に。

 そう。俺は彼女たちの直ぐ傍に近寄った。


「こちらの女性は私を診てくださってたの」

「そ、そうだったんですね。見ない方がいらっしゃっておりましたので驚きました」

「そう。なら、紹介しておくわ」


 母上が紹介するより先に彼女たちがそれぞれに名を名乗った。


「私はライラ・ルベールと申します。リリウム教、キャンディダム教院に所属する回復術士ヒーラーにございます」


 少しだけ背が低い彼女は凹凸に乏しい体型の妙齢の女性。


「わたくしはブラン・ジャスマイン。鑑定士として雇われて本日は尋ねさせていただいております」


 長身で凹凸が素晴らしい、俺(朔哉)好みの女性──。

 モノトーンに纏めた服装で身体のラインがよく分かるパンツスタイルの服装。

 真っ直ぐに伸びる白銀色の長い髪を垂らして、真紅の瞳が妖艶に煌めいている。

 彼女はラスボス──白の魔女、ブラン・ジャスマインだった。

 なんでラスボスがこんなところに……。


「ほら、サクヤ。名乗ってくださったんですからあなたも挨拶なさい」


 呆気にとられていたら母上に注意された。


「ボクはサクヤ・ピオニアと申します。本日は母上のためにお尋ねいただいてありがとうございます」


 俺は名乗って右手を胸に当てて頭を下げる。


「あら、とっても良い子」


 白の魔女の声はとても艷やかで、俺の心を鷲掴み。

 鼓動が早まってまるで全身が早鐘を打つかのよう。

 恐怖とかそういうのではない。

 俺は彼女を知っていて最後に戦う相手だと言うのに全身に熱い血が駆け巡って精神が昂ぶった。

 俺が魔女から目を離せずにいると彼女の目がキラリと光る。

 そうか、鑑定か……。

 俺は彼女に視られたのだ。

 しかし、こうして目の前にしてみるとずいぶん若い。

 マイラよりも少し年下に見えるほどだ。

 背が高いからそれで年が上に見られるのかな。

 そんなことは口にできないけど、スタイルの良さと相俟って、本当に圧倒される迫力と美貌。

 白の魔女だとはいえ、ここで「この人、魔女です!」なんて言えないし、こんなことで波風を立てたら父上にも悪い。

 大人しくしよう。

 俺は母上が心配で──相手が魔女だし、何か悪いことされてないかと──


「母上、お加減はいかがでしょう?」


 改めて見ると昨日よりいくらかは顔色が良い。


「少し楽になったわ。これからしばらく、ライラ様が来てくださって、治療を施していただけるからサクヤは心配しないで良いのよ」


 ニコリと笑って俺の頭に手を伸ばした。

 なので、俺は靴を脱いでベッドに上がり、母上に近寄る。


「今日の迷宮探索はどうだったかしら?」

「はい。今日は四階層まで進めました」

「あら、素晴らしいわね。頑張ったのね」

「ロニーの支援魔法が騎士を助けてくれていたのでそのお陰です。ボクは恥ずかしながらいつも見てるだけですので……」


 ダンジョンでは基本的にパワーレベリングなので俺は後ろから見てるだけ。

 瀕死のゴブリンにトドメを刺すときだけ俺は行動する。

 でも、一緒にパワーレベリングをするロニーことソフロニオ・ペラルゴニー。ペラルゴニー公爵家の次男坊は魔力が高く得意の支援魔法で同行の騎士たちの戦闘に貢献していた。

 ロニーは度重なるパワーレベリングで成長し、魔力量が増して支援魔法に磨きがかかっている。

 俺には全くそういった物がない。

 強いて言うなら今回も階層ボスを倒したときの身体強化だけが俺の武器だった。

 だと言うのに、今回は階層ボスを倒してもそれほど強くなれた実感がない。

 結局のところ、俺は貢献なく労せずに階位素子──経験値を得てレベルを上げているのみで、それでもう初級ダンジョンでは経験値が得られないほどに見かけだけは成長している。

 それが俺の現状なのだ。情けないことに。


「そんなことないわ。あなたは立派にやり遂げてるの。文句を言わずに頑張ってるじゃない。まだまだこれからなんだから、その時をゆっくりして待っていれば良いのよ」


 そんな情けない俺を母上は諭してくれる。

 ああ、惨めだよ。力のない俺が。母親に慰められている俺が。


 その日を境に母上の体調はライラが治療を施す度に順調に回復──しているように思えた。

 で、とある日の晩餐。


「サクヤに話がある」


 俺は父上に呼び出された。

 食事の後にマイラと一緒に父上の私室に入って話を聞く。

 滅多に入らないこのお部屋。

 エッチな臭いがして、どうやらこの部屋で父上は様々な女性たちと組んず解れつとしているのだろう。

 少しくらい気を使えば良いのに。

 前世の記憶があるっていうのは良い面もあれば悪い面もある。

 たとえばこの臭い。ある意味、ゴブリンの巣窟──ガーデンバーネットよりも酷い。

 そんなことはさておいて、顔が紅潮してテカテカした若い使用人が椅子に座る俺にお茶を用意してくれた。

 俺の後ろにはマイラが立っていて鼻で息をして臭いを確認してるかのようで……。

 お茶を一口、口に含んで飲み込んだタイミングで父上が俺の正面に座る。


「待たせたな」

「いえ、お忙しいところ、お呼び頂いて恐縮です」

「ん、良い。ところでダンジョンでのレベリングは順調だと聞いている」

「そうですね。現在四階層でレベリングを行っているところです」

「それは随分と早い。俺が五歳のときなんてまだ三階層に入るか入らないかであった」


 今、パワーレベリングでは俺がトドメを刺していて、ボスは俺が一人で戦って倒してる。

 ロニーは常に支援魔法をかけていて戦闘に貢献しているからか経験値が多めにもらえていて、俺はトドメを刺したときの経験値ボーナスと階層ボスを単独で倒した時の経験値でレベルが上っているという状態。


「それに、階層ボスを一人で倒せるほどだと聞いて驚いたものだ」


 というのが父上には伝わっていた。

 それもそうかと話を聞いてないわけじゃないからね。


「ですが、ボクはそれしかできないので……」

「ん。魔力や体力は年齢的なものもあるから仕方あるまい。貴様が近衛騎士団に良い刺激を与えてくれているお陰で士気が非常に高く、日々、良い訓練が出来ていると騎士団長がサクヤに感謝を述べていた」

「そうでしたか。それは光栄です」

「それでだ。サクヤはここ最近、伸び悩んでいると伝え聞いた。それは本当か?」


 おお。何もかもが伝わってるんですね。

 さすが陛下。

 これは隠し通せないな。


「最近は階層ボスを倒してもレベルが上がる感覚がありません」

「やはり……か。では、もうパワーレベリングはやめることにする。良いな」

「わかりました」

「で──だ。話はこれからが本題である」


 ここまでの会話を見越して準備していたかのような前フリだ。

 こんな回りくどいことをしなくても良いのに。


「お前に専属の講師をつけることにした。日中はそのものにお前を預けてお前の教育を担当させる」

「はい。わかりました」

「講師は先日、ニルダを鑑定したブラン・ジャスマインという女だ。お前を預けるに足る鑑定能力と知識の持ち主だというのは確認済みだ。彼女がお前に充分な教育を施したいという申し出があったのでな。試験と面談を行って検討した結果、講師にすることを決めた」


 なるほど。そうですか。既に決まってたんですね。

 って、魔女じゃん。なんで俺に?


「承知いたしました。その方に教わるのはいつからになりましょう」

「明日からだ」


 それはまた随分と性急な。

 いろいろ考えたいけど、それは先ず部屋に戻ってからだな。


「話はそれだけだ。部屋に戻るがよかろう」

「はい。ありがとうございました」


 と、そんな感じでエッチな臭いが漂う父上の私室から出た。

 部屋から出て直ぐ、マイラが健全な空気を求めて深呼吸を繰り返したのを俺は見逃さない。


 部屋に戻ってマイラが終業して自宅に帰った後の夜。

 俺はベッドに横たわりながら考える。

 前世の記憶ではゲームの世界だったこの世界。

 俺(サクヤ)は確かに今、五歳の男児。だけど、記憶の引き出しからいろんなことを考えられる。

 で、今考えるのは白の魔女。ブラン・ジャスマインという女性だ。

 未来の彼女を情報を知ってる身としては彼女が何故、ここに来るのか。

 それに彼女はヒロインに呪いをかけた張本人である。

 五歳の俺の講師になるという白の魔女は十三年後──十八歳の俺に殺される。サクヤ攻略ルートのトゥルーエンドでは。

 でも、そのブランという女性が何故、俺の講師になるというのか。

 考えても考えても答えがわからない。

 もし、これが物語の中でもそうだったのなら、俺が十五歳になるまで一体何があったんだろう。

 ともあれ、俺の目標は十五歳の誕生日に王位継承権を放棄すること。

 で、シミオンが王位を継いでも誰一人死なせない。

 俺(朔哉)が知ってる[呪われた永遠のエレジー]のハッピーエンドはただひとつ。

 サクヤ攻略ルートのトゥルーエンドとなる逆ハーレムエンド。

 俺にとっては望まないエンディングだ。

 どう考えたって逃げ出したい俺が逃げないように国王に据えてヤりたい放題ヤるつもりなんだろう。

 一人の女の子を囲んでしっちゃかめっちゃかするなんて気持ち悪い。

 そういうのが好きな人には良いけれど、俺にはムリだ。

 それなりに人気のあったゲームだったことを考慮すると、女の子はこういうのが好きなんだろうなって思う。

 そうじゃなかったら、ああいう終わり方にはならないもんね。

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