エウフェミア・デルフィニー①
それから、数ヵ月──。
月に一度、または、二度ほどの頻度でソフロニオとパワーレベリングに初級ダンジョンのガーデンバーネットに潜っていたが、それ以外では代わり映えしない日常を送っていた。
このソフロニオ・ペラルゴニーという男、親友キャラは別に良いんだけど、公爵家のご子息様だと言うのに距離が近いし気安くて俺はちょっと苦手。
これがあと十年経ってロニーが俺と肩を組んで歩く姿がキラキラするんだから業が深い。
マジで勘弁してくれってなるし、このロニーは攻略難易度がとても低くてチョロいキャラなんだよな。
ともあれ、今日はロニーとダンジョンにいかず、別件の用事に俺は引っ張り出される。
デルフィニー公爵夫人が娘のエウフェミアを連れて来城するのだ。
この時点で俺とエウフェミアが結婚するということが決まっているらしくて、両家の間で正式に決定するのが十歳のとき。
俺の婚約者として大々的に表に出るのが俺が十五歳になってから。
そのエウフェミアを連れてくるということで、俺は母上と一緒にデルフィニー公爵夫人のイングリート・デルフィニーを交えてお茶会とやらをする運びとなっていた。
まあ、きっとシミオンも一緒だろう。彼を一人で放っておくことができないやんちゃ坊主だからね。
それで俺はと言うと、今朝から大げさに小綺麗な服装を着させられ窮屈ったらありゃしない。
嗚呼、ツラい。
幼女と会うだけだって言うのに──それに五歳の記憶なんてそんなに残らないだろう?
頻繁に会うわけでもなし、顔見知り程度にしかならない顔合わせなら後に回したって良いじゃん──というのは無粋か。
ともかく──。
「ごきげんよう。サクヤ殿下」
辿々しく目の前でカーテシーを見せてくれたエウフェミア(五歳)。
可愛いじゃないか!
可愛い幼女は大正義。
前世の世界じゃペドフィリアと言われて性癖異常者扱いにされただろう。
だが、今の俺は五歳。
五歳が五歳に可愛いと思うのは普通だな。
「よくいらっしゃってくださいました。本日はどうぞよろしくおねがいします」
俺もボウ・アンド・スクレープ──左手を伸ばして右手を心臓に重ね姿勢と頭を下げてみた。
「お上手ですね。サクヤ殿下」
褒めてくださったのはイングリート様。
さすが公爵家のご夫人。とても美しい。
母上やヌリア母様と比肩すると言っても過言ではない。
それ以前に乙女ゲーの貴族の女性だから美しくて当然と言える。
横目で母上を見るとエウフェミアを褒める母上の姿が視界に映った。
妹といえばヌリア母様から生まれたばかりのネレア・ピオニア王女殿下だ。
この子もめちゃくちゃ可愛い。おかげさまでヌリア母様の私室にも毎日のように俺は通ってる。
サクヤって弟妹が大好きすぎだろう。
ネレアの顔を見る度に、俺が絶対に守るッ! って心に固く誓ってるんだよな──って俺のことだけど。
「サクヤ殿下は迷宮探索のほうを順調にこなせていらっしゃるのかしら?」
イングリート様が丁寧に聞いてきた。
パワーレベリングのことだろう。
最近、レベルアップが遅い。
二階層のボスもソロで倒せたけれど、目立ってレベルが上がるのは階層ボスを倒したときだけ。
だから俺はダンジョン攻略に閉塞感を感じていた。
とはいえ、俺は身体強化に物を言わせた戦闘しか出来ないし、ロニーみたいに支援魔法でパーティを支えているという確かな貢献が俺にはない。
俺が魔物を退治する度に「殿下、お見事です」なんて言ってくれるけどお世辞の褒め言葉でしかないからな。
それでも、レベルが上っているのは確かなので順調と言える。
「おかげさまで順調に進んでおります。この間、アウグスト様に付き添ってもらってお褒めいただきました」
「そうだったわね。主人が殿下を褒めてらしたわ。五歳とは思えない強さだって」
「それは光栄です。ありがとうございます」
まあ、社交辞令だよねっていう。
ダンジョンでのパワーレベリングは上級貴族の男子として生まれたのなら大抵はヤってるらしい。
女子はヤらないのだが、それを不満に思う子もいる。
「サクヤ様、ダンジョンってどんなところでした?」
エウフェミアがそうだった。
「女性にこう言って良いのかわかりませんが、とても臭いところでした」
初級ダンジョンのガーデンバーネットはゴブリンの巣窟でとても臭い。
ダンジョンから帰ってきたらマイラに一時間みっちりと身体を洗浄されるほど。
「お父様から聞きました。サクヤ様はそれでもダンジョン攻略に真剣で素晴らしい人だと──」
「それはありがとうございます」
臭いという言葉に嫌悪感を示すかと思ったらどうやら違った。
アウグストが俺の話をよくしているらしく、俺が真面目にダンジョン攻略に挑んでいるという尾ひれを付けたせいでお世辞が強い。
俺はそんな実力者じゃないから、魔物相手に怯まないようにするだけで精一杯。
身体強化だって数回使っただけでしばらく身動きが取れなくなるほど消耗してしまう。
その度にこれではダメなんだと強い劣等感に苛まれた。
強くあらねばならない。強くならなければならないんだ。
ロニーを見ても一緒に遊ぶ弟のスタンリーを見てても俺よりもずっと有用な魔法をたくさん使う。
彼らは俺と違ってずっと高みを目指せる人間だ。
だから俺は彼らよりも研鑽に励まないとならない。
俺がダンジョン攻略に真剣なのはレベルを速く上げて強くなりたいから。
五層構造のガーデンバーネットの迷宮ボスをソロで倒せたなら王都の地下水道の攻略を始められるはずだ。
当座の目標はこれ。ソロで地下水道の攻略に挑む。
今の弱い俺ではどれだけ褒められようとお世辞にしか聞こえないし、王位継承順位が筆頭だからおべっかしてご機嫌取りに来てるだけ。
弟たちのほうが見込みがあると知れば、すぐにそっちに靡くことだろう。
そんなことを思っているからエウフェミアにはぶっきらぼうに見えたのかも知れない。
エウフェミアとの会話が途切れてしまった。
まあ、俺も弟や生まれたばかりの妹のことなら太陽が何度出入りしたって言葉が途切れないほど騙り尽くすだろう。
だって可愛いからね。
とはいえ、目の前のエウフェミアも可愛いんだよ。
大きな椅子の前側にちょこんと座って小さいお口でちびちびと茶を啜る姿。
やっばいんだこれが。
性癖が歪みそう。
異世界素晴らしい。
いや、乙女ゲーが素晴らしいんだ。
女性は美しくてキラキラしたものを好むという観点でこういうデザインなんだろう。
生身なんだけど、生身なんだけど、生身なんだよな?
素晴らしいッ!
このエウフェミア。
ゲームでは最初から悪役令嬢として傲慢に振る舞ったけど、目の前のエウフェミアはどうもそうじゃない。
ただ、何かを隠している。そんな気がした。
スタンリーに似た空気を感じるんだよね。
ということは魔法だな。
ボスとして戦う時だって高火力な魔法を連発してたもんね。
一ターンに三回攻撃、それも強力な全体攻撃魔法とか。
会心が連発するとそれだけで死人が出て何度かリトライするほどの強敵だった。
ヒーラーのヒロイン、アンヌ・フレアベインが死んじゃったら取り敢えずリセットとかいう運ゲー要素盛り沢山。
その片鱗が現れているということだろうね。
エウフェミアをじっと見ていたら視界の端で母上がトーンを下げて会話を始めた。
どんなことを話すのか気になったけど、何だか聞いちゃいけないような気がして、俺は席を立つ。
「エウフェミア様、お城の中をご案内しましょうか?」
エウフェミアを誘ったら、母上が口を挟む。
「危ないところにいっちゃダメよ」
「はい。もちろんです」
心配は当然だよね。人様の娘をお連れするわけだし。
「お誘い。光栄です。よろしくおねがいいたします」
俺が手を差し伸べたらエウフェミアが俺の手を取った。
いったいどこで覚えてくるんだ? こういうやり取り──ていうのは置いておいて。
「では、城内を見せてきます」
「お気をつけて」
俺が言葉にイングリート様が反応してくれた。
この人も本当に綺麗だな。
俺とエウフェミアの二人だけじゃなくて従者のマイラも一緒だ。
何も言わないけど俺のあとについてきてくれることだろう。
最初に連れて行ったのは中庭。
ここではスタンリーが泥遊びというなの土属性魔法の練習をしている少年がいる。
「こちらが私たち王族が主に使用する中庭です。お茶会の直ぐ側ですけど、いつもボクはここで弟のスタンリーと遊んでるんです」
で、スタンリーと目が合った。
「お兄様ー!」
スタンリーは四歳。俺も五歳。エウフェミアも五歳。
スタンリーに反応したらスタンリーのところに行くよね。
「あ、スタンリーくんだ」
どうやら二人は顔見知りらしい。
初対面じゃないんだな。
「お姉様!」
スタンリーも知った仲らしい。
姉様というくらいだから俺とエウフェミアの間柄より親しいのでは?
ならばなんで俺と婚約などするのだろう?
今考えても仕方ないな。
周囲を見るとスタンリーの近くに彼を見守る使用人の姿があるが彼女は過度に干渉しない。
時間になったら泥だらけのスタンリーを抱えて湯浴みに行くのだ。
この二人のやり取りは見ていて楽しい。
「これ、魔法よね?」
「そうだけど、内緒だよ?」
エウフェミアは一発で泥人形が魔法で出来たものだと見破った。
スタンリーの泥遊びは初めて見たようだ。
どうして顔見知りなのに分からなかったのか疑問に思ったが、これでエウフェミアがこの年齢で既に魔法が使えるということが確定した。
だって、魔法だって分かるのは魔法を使うからだもんね。
「男の子だから怒られないの?」
泥人形のことだろう。
どろんこに汚れてるから、エウフェミアは怒られると思っている。
だけど、ここは王城だし、俺の親たちはこういうことで怒ったりしない。
教育そのものは厳しいけれど自由な時は自由を謳歌させてもらってる。
デルフィニー公爵家ではそこが違うのだろうね。
「うちに女の子はいない──じゃなくて、いなかったからわからないかな。あ、そうだ」
次に連れて行ったのはヌリア母様の私室。
中庭から階段に上がり俺の私室とスタンリーの私室のある二階から更に三階へ。
それから廊下に出たところにある部屋。
ヌリア母様の私室は父上の私室から二番目に近い場所にある。
父上の私室に一番近いのは母上の私室。
「マイラ様、良いかな?」
「大丈夫だと思いますよ」
よし、じゃあ、行ってみよう。
ということでヌリア母様の部屋に行ったらあっさりオーケーをもらい部屋に入室。
ベッドの上で第一王女のネレアと一緒に横たわっていた。
「ネレア、遊びに来たよ」
俺が近くにいくとキャッキャキャッキャとはしゃいで手を伸ばす。
可愛い。
俺が手を伸ばすと指を握られてキュウキュウと力を込める。
「あら、ユフィじゃない。元気だった?」
ユフィというのはエウフェミアの愛称だ。
ヌリア母様とイングリート様は親しい間柄らしく顔見知りだった。
「ヌリア様、お久し振りです」
まあ、五歳だから挨拶くらいが精一杯か。
それでも物珍しそうに可愛らしいネレアの顔を覗き込む。
まだ首が座っていないから動かしたりするのは憚られるけれど、ネレアは見慣れないエウフェミアにおどおどした様子を見せた。
「ふぇ……うぇ……んぎゃあっ……んぎゃあっ……んぎゃあっ……んぎゃあっ」
エウフェミアと目が合うとネレアが泣いてしまった。
俺の指を握る力が強くて口に引き込もうとする。
「ボクの指、汚いよ?」
なぜ俺の指をしゃぶろうとする。
隣に母親がいるじゃないか!
「大丈夫よ。ネレアはサクヤに甘えたいのよ」
ヌリア母様の声で俺は抵抗をやめるとネレアが俺の指を躊躇無くしゃぶり始めた。
──泣き止んだ。
「泣き止んだ……。私、怖いのかな……」
なんて、泣きそうな顔をするエウフェミア。
「ユフィ。違うの。ネレアがサクヤを好きすぎちゃってるのよ。スタンリーでも泣いちゃうんだから。サクヤだけが特別なのよね」
一体に俺に何があるって言うんだ?
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