初級ダンジョン②
ソフロニオ・ペラルゴニーというサクヤ・ピオニアの友人キャラがいる。
彼はペラルゴニー公爵家の次男坊。
つい先日、彼はダンジョンデビューを果たしている。
俺と同じ初級ダンジョンのガーデンバーネットで。
ソフロニオの初めてのパワーレベリングは彼の父親で公爵家当主のゾルタン・ペラルゴニーとその嫡男のダリオ・ペラルゴニーに手伝ってもらったそうだ。
ピオニア王国の上級貴族は幼少期からパワーレベリングを繰り返して心身を鍛錬する。
で、パワーレベリングを始める時はだいたい家長やそれに近しい人物と内々で挑むことが多いらしい。
俺の場合は父上が国王だということがあって、デルフィニー公爵家に頼んだそうだ。
今日は俺にとって何度目かのパワーレベリングで、そのソフロニオ・ペラルゴニーと一緒にガーデンバーネットに挑む。
彼は俺と一緒にくっさいゴブリンの巣窟のガーデンバーネットにダイブしてパワーレベリングに励むダンジョンメイトとなるのだ。
王城の敷地内で彼を待つ俺と近衛騎士。
気だるそうな表情で幼い彼はやってきた。
「殿下、おはざーす」
いろいろと略しすぎだ。
俺は彼をロニーと呼ぶ。
父上の姉の次男のソフロニオは俺に従兄弟である。
彼もまた、俺の幼少期からよく知る幼馴染だったらしい。
本編でもこんな感じで気安い挨拶をする。
「ああ、ロニー。おはよう」
今回は近衛騎士が四人。
後衛にヒーラーが一人、残りの三人は前衛。
何度かダンジョンに潜っている俺は日々の鍛錬も始めていて年齢以上の実力を身に着けつつある。
このサクヤ・ピオニアの身体はとても覚えが良いのか、それとも魔力の扱いに長けているのか、特に身体強化系のスキルの伸びが良い。
ロニーはどちらかというと後衛で支援系の魔法を得意とするバッファー。攻撃系統や回復系統の魔法を多少使うことができるがどれも低階位の魔法に限られる。
これはゲーム中でも同じだった。
ゲームだったらステータスを見ることができるけど、今の俺にはロニーのステータスどころか俺自身のステータスすら見ることができないのでわからない。
ただ、レベルが上がるという感覚はなんとなく覚えつつあった。
そんなわけで、入口付近でテントを張って休んでいる冒険者たちに軽く会釈をしてから俺たちはダンジョンに入る。
ロニーはとても気安くて、俺に肩を組んで隣り合って歩くんだけど、そんなにくっついていると歩きにくい。
「ロニー、くっつき過ぎで歩きにくいよ」
「そう? 騎士たちが先に歩いてるから大丈夫っすよ。ほら」
ロニーの指す先でレッドキャップの群れと接触する近衛騎士。
俺は軽量の小型剣を構えてレッドキャップを待つ。
「殿下! 一匹そっちに行きます!」
騎士が俺に向かって叫んだ。
言葉の通り騎士たちの攻撃で少し弱ったレッドキャップがやけくそで前衛を突破して後衛に向かって突進。
俺は身体強化をしてレッドキャップを斬る。
弱って冷静さを失ったレッドキャップは動きが直線的で斬ってくださいと言ってるようなもの。
俺は遠慮なく剣を振り下ろした。
「殿下ー。俺のバフ待ってくださいよー」
一匹目のレッドキャップを仕留めたた俺にロニーが愚痴る。
ロニーの支援魔法は詠唱が長い。
俺のフィジカルを強化するつもりだったそうだけど俺は身体強化を詠唱しないで使えるので支援魔法は必要ない。
「ボクにかけるんじゃなくて、前で戦ってる騎士たちにかけてください」
「おーけー」
そう。俺に支援魔法は要らないから前衛の騎士たちにかけるべきだ。
俺の言葉を聞いたロニーは再び長い詠唱を口ずさむ。
ロニーの支援魔法でフィジカル面で多少のゲインを得た騎士たち。
「ソフロニオ様! ありがとうございます」
そんな感じで簡単に礼を伝えて戦闘は続く。
レッドキャップの群れとの戦闘は俺とロニーで二匹ずつトドメをさした。
今日は一階層のボスを倒すところまで進んで、二階層で少しレベルの高い魔物との戦闘を経験するのが目標。
俺は身体強化を使ってそこそこ戦えるけど、大人たちみたいに長い時間は戦えない。
そこまでの持久力がないし、身体強化を維持できる時間だって長くない。
なにぶん子どもなんでね。
そうして俺たちの迷宮探索は続く。
ガーデンバーネットの一階層のボスはホブゴブリン。
レッドキャップよりも屈強な人型の魔物。
俺もロニーも初めての階層ボスである。
ま、俺はゲームでの知識があるから知ってるけど。
そんなこんなで何度も魔物を狩り、パワーレベリングを続けていたら、レベルアップが鈍化する。
ロニーはまだ数度だけしかダンジョンに入っていないから、まだ、レベルアップの余地があるはず。
だけど、どうやら次のレベルアップまでが遠いらしくて今日は一度もレベルアップした感覚がない。
つまりレベルが上がらない。
要するに俺のレベルはガーデンバーネットの一階層の適正レベルを遥かに上回ったということだ。
早く次の階層に進みたい──と、俺が思ったとしてもここにはロニーが居るし俺の一存で決められるわけがない。
そんなわけでトドメはロニーに譲る。
「サクヤ殿下。トドメを刺してないようですがよろしいのですか?」
瀕死になったゴブリンライダーを後衛に流した騎士の一人がどうやら気づいたらしい。
俺は突進してきたゴブリンライダーをいなして身動きを封じ、ロニーにトドメを譲る。
ロニーは心臓に目掛けて剣先で刺し、絶命するまでそれを繰り返す。
なんて効率の悪い。と思ったが口にするのはやめておいた。
専門家でも何でもない俺が言うことじゃない。何かあれば俺が斬れば済む。それだけのこと。
「どうも、もう強くなれそうな感覚がなくて──」
「わかりました。では、予定より少し早いですが二階層に入りましょう」
騎士は合点がいったみたいな顔をして少しにこやかになった。
退屈なんだろうな。ガキのおもりで何の糧にもならない雑魚モンスターでパワーレベリング。
ポケ●ンならみねうちとかいう便利なワザがあるのに、ここでは自分で武器のランクを落として相当手加減しないと瀕死にならない。
「良いんですか?」
「大丈夫でしょう。ソフロニオ様だってそこまで弱いわけではありませんし、支援魔法でも戦闘に介入していたらトドメをさすほどではありませんが階位素子が流れてきますから問題ないでしょう」
なのだそうだ。
ゲームと違うのはパーティのメンバーとして戦闘に参加したか否からしい。
トドメをさす必要があるのは俺が介入したことにならないからかもしれない。
ロニーは前衛に支援魔法をかけてるから、そのときは階位素子と呼ばれる経験値が流れ込んできてレベルアップへと繋がるようだ。
ちなみに、敵を倒した時、トドメを刺したメンバーにはフィニッシュボーナスで経験値五十%アップ、それに加えて、オーバーキルボーナスなんていうのもある。
余剰ダメージ分の三十%が経験値に加算されていたと記憶している。
レベルの上限は999だったけど百以上は趣味の世界。ダメチャレし続けるような廃人だけがたどり着ける無我の境地。
そんなセーブデータもおふくろの携帯型ゲーム機に残っていた。やったのは俺だけど。
おふくろが「私のゲームのタイトルにもサクヤとアンヌが並んでる絵が良い」と言うからだ。
レベルの上限に達した猛者だけがサクヤとアンヌが仲睦まじく寄り添うタイトル画面が映し出される。
前世の俺だって朔哉だっていうのにね。あれは苦行だった。
そして、これもある意味苦行。
臭いダンジョンでレベルが上がらないレベリング。
それでもイケメンロニーという親友キャラでサクヤ攻略ルートをクリアした暁には穴兄弟となる友だ。
そんな映像を思い浮かべるだけで悪寒が走る。
その不快感を俺は一階層の階層ボスにぶつけた。
「ボクに行かせてくださいッ!」
階層ボスの部屋に入ると俺は騎士たちにそう声をかけて、身体強化を最大限に使う。
戦える時間は数十秒とないだろう。
それでもここまで我慢した。
一人で──誰の介入もなくソロで討伐したらそれなりの経験値になるのかもしれない。
今は六人パーティだから、経験値が六倍でトドメを刺したら更に五十%アップ──実質九倍。
これは前世のゲームでの記憶に依る計算でもあった。
雑魚相手に経験値がもらえないならその階層のボスは余裕で倒せるはずだ。
ホブゴブリンは決して弱い魔物ではないが、強敵と言うほどではない。
瞬殺とまではいかないけど二ターン三ターンで倒せるのだ。
そう思っていたら初撃で会心。
ホブゴブリンの喉元に目掛けて伸ばした剣先がクリーンヒットした。
サクヤの身体強化のおかげだな。
「お見事です!」
騎士たちに称えられたが、俺はもう限界。
一気に階位素子と呼ばれる経験値が流入した感覚があるものの、スキルの発動に全振りした五歳の俺は魔力の消費量の多さで気怠く身体が重い。
それに身体強化に身体の成長が足りてないからか、ズキズキと身体に軽い痛みがある。
とはいえ、痛みの奥では身体の中から生じるエネルギーが、いくつかのレベルが上がったことを実感させる。
「ありがとうございます。みなさんのおかげです」
とりあえず一人でヤらせてくれた近衛騎士の皆様に感謝だ。
「いえいえ。良いものを見させてもらいました。少し休んだら二階層に参りましょう」
ダンジョンの旅はまだまだ続く。
一階層のボス──ホブゴブリン戦で魔力を大量消費した俺は、二階層ではトドメのみに徹した。
パワーレベリングである。ロニーの三倍くらいの遅さでレベルが上っていく実感があるのでまあ良し。
出現する魔物そのものに変化はないが強さだけは増しているように思う。
だって、前で戦ってる騎士たちが簡単そうに遊んでるとしか思えない戦い方だからね。
そんなわけで夕方近くまでかけてレベリングをして王城に帰ったのは日が落ちてから。
俺はそうでもないけれど、ロニーは二階層でかなりレベルが上ったみたいだから成果は充分だったんじゃないかな。
俺の方と言えばホブゴブリンを単騎で倒してなかったら成果に乏しいパワーレベリングだった。
城に戻って最初にするのは入浴。
俺の身体からゴブリンの臭いが消えるまでマイラの手で余すところ無く洗浄された。
女の子、怖い。
何がって? や、もう男児の身体を洗う手付きと表情っすよ。
「可愛らしい」
なんて時折呟くんだから余計に。
何を見て可愛らしいと思っているのか問い詰めたいところだけど、俺はまだ無知で純朴な五歳の少年である。
余計なことを口にして波風を立てるのは止めておこう。
ということでマイラ様は今日もごきげんに俺の身体を洗ってくれた。
湯浴みが終わったら、いつもの通り、母上とシミオンに会いに行く。
もう夕食時だから食堂かなと思ったけど、まだ、部屋に居たようだ。
今日も母上はベッドの上でシミオンと遊んでいた。
最近、ベッドから出てる母上の姿を見る機会がめっぽう減ってる──そんな気がする。
気のせいだろう。
で、母上の部屋に行く度に、俺にベッドに上がるように催促して俺の無事の確認なのかギュッと抱きかかえる。
母上の甘い香りにクラクラするけれど、慈しみ深い眼差しはどこか意味がありげで、俺は不安を持ち始めていた。
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