第8話

 兄のリドが結婚する。相手は幼馴染のサーニャと言う女性だ。


 サーニャは父であるエルドと昔なじみの大工仲間の娘だ。この結婚はかなり以前から決まっていたというか、なんとなく結婚するんだろうな、という空気は子供の頃からあったのでロイは驚かなかった。


 そんな兄への贈り物をする。エルドが作る椅子にロイが装飾を施した物を二脚。背もたれとひじ掛けに同じデザインの彫刻をした椅子である。


 ロイはやる気満々だ。大好きな兄のためにと張り切っている。


 ただ、そんな兄に対して少しばかり言いたいことがあった。


「……結婚結婚て、ちょっとうるさいんだよなぁ」


 リドが結婚する。その様子は本当に幸せそうだ。


 まあ、それはいい。ロイも幸せそうにしているリドを見るのはとても嬉しい。

 

 だが、それとこれとは話が別だ。


「お前もいずれ結婚するんだ。良い人を見つけろよ」


 とリドは顔を合わせるたびにロイに言うのだ。大きなお世話だ。


 正直、結婚はこりごりである。ロイは前世で手痛い目に合って死んだのが少しばかりトラウマになっている。


 確かに結婚はいい物だろう。信頼できる相手と愛し合って一緒になるというのは素晴らしいことだ。

 

 だが、そんな信じていた相手に裏切られ、しかも刺し殺された。そんな経験をしてしまうと、すべての結婚が悪い物ではないとわかってはいても、体が拒否反応を示してしまうのだ。


 それに良い人と言われてもまったく思い当たらない。


 実はロイは友達が少ない。外で遊ぶことがなくいつも工房に籠っているが勉強をしているので、同年代の友達と言うものが極端に少なかった。


 いや、仲のいい人はいる。ただそれは年上の大工や職人さんで、友人と言うか彼らに可愛がられていると言ったほうが正確だろう。


 ただ寂しくはない。前世での友人たちとの記憶が寂しさを紛らわせてくれる。


 そう寂しくはない。寂しくはないはずだ。とロイは自分に言い聞かせながら兄への贈り物の制作をしていた。


「他にも何かないですかね?」

「なんで私に聞くのよ」


 エリーニャはロイ達の家に居候していた。どうにかロイを連れて行こうと説得しているが、未だに効果がない。


「何かこう、派手にお祝いできる方法とかないですか? 魔術で」

「あんたを吹き飛ばせば派手になるんじゃない?」

「それ、面白いと思って言ってます?」

「……本当に吹き飛ばして欲しいみたいね」


 ロイはこんな風に冗談を言い合いながら法術彫りや魔術のことを教わっていた。


「でも、そうですね。……吹き飛ばす。いいかもしれませんね」


 閃いた。パッと。


「あの、炎の色を変えたりすることってできますか?」


 ロイは考えた。結婚式のときに花火を上げよう。式は昼間の予定だが、花火なら昼間でもそれなりに派手にお祝いできるはずだ。


 いつもお世話になっている兄のお祝いなのだ。精一杯お祝いしてあげたい。


「まあ、できると思うけど」

「ありがとうございます。じゃあ、さっそく教えてください」


 こうしてロイはエリーニャに教わりながら魔術の花火の制作に取り掛かった。もちろんリドへの贈り物の制作も同時にだ。


 とても、とても充実していた。幸せだった。お前もいい人を見つけろよ、とリドは鬱陶しかったが、それを帳消しにできるほどにロイは楽しい毎日を過ごしていた。


 そして、完成した。魔術の花火だ。


 その構造はとても単純だ。法術彫りを施した木の板を魔術で上空に打ち上げて、そこで爆発させる。


 事前の試し打ちも成功した。空に打ち上げた木の板が音を立てて爆発し、青や赤の火花を散らして燃え尽きた。


 本当に嬉しかった。青い空に広がる花火を見上げてロイは泣きそうになっていた。


 もっとたくさん作って、たくさん上げて、たくさんお祝いしよう。ロイはそう意気込んで魔術の花火の量産に取り掛かった。


 けれど、そんな幸せな時間は唐突に終わりを告げた。


「……見つけた」


 それは突然のことだった。作った魔術花火の試し打ちをしている時だった。


「……何よ、あれ」


 キーン、という甲高い耳鳴りのような音が聞こえた。ロイとエリーニャが人気のない場所で魔術花火の試し打ちをしていた時だった。


 二人は慌てて耳を塞ぎ、その音がどこから聞こえてくるのかを探した。


 その時、見つけた。


 空が割れ、その割れ目から『何か』がこちらを見ていたのだ。その何かを見た二人はあまりの恐ろしさに思考が停止し、呼吸をすることも忘れるほどだった。


 空に無数の亀裂が入る。亀裂から無数の黒い腕が現れる。


 そして、その腕が町を襲い始めた。


「戻るわよ!」


 二人は走り出した。町に近づくにつれ叫び声と破壊音がはっきりと聞こえて来た。


「父さん母さん兄さん!」


 空から地上に伸びた巨大な黒い腕が町を握りつぶし、人を叩き潰し、すべてをすり潰していく。


「ロイ! 無事だったか!」


 二人は何とか家に辿り着いた。ちょうどロイの両親とリドが町から避難するところだった。


「早く逃げるぞ! ここはも」


 潰された。最低限の荷物を持って避難しようとしていた両親と兄がロイの目の前で巨大な黒い拳により家ごと叩き潰された。


 ロイの目の前で。


「とう、さん?」


 黒い腕がゆっくりと地面を離れていく。その跡に残っていたのは、少し前まで両親と兄だった物だった。


「う、あ、あ……」


 何が起きたのかわからなかった。目の前の光景をロイは認識できなかった。


「逃げるわよ!」


 エリーニャがロイの手を引く。ロイは足をもつれさせてその場に倒れこむ。


「何してんの! 早く立ちなさい!」


 エリーニャはロイの脇に腕を入れ無理矢理に立たせようとするが、ロイの体に力が入っておらず立ち上がらせることができない。


「しっかりしろ!」


 エリーニャはロイの頬を思い切り張り飛ばす。その衝撃で何とか正気を取り戻したロイは震えながらつぶやいた。


「とう、さんが。かあ、さんが、兄さんが、あ、あ、が」


 再び正気を失いそうになるロイの頬をエリーニャはもう一度引っぱたこうと腕を振り上げる。


 その腕が止まる。そして上を見上げる。


「クソッ、こんなとこで!」


 黒い腕が空から真っ直ぐロイ達の頭上に伸びてきている。二人を握りつぶそうと巨大な腕が下りてくる。

 

 その腕が二人を掴もうと指を曲げる。しかしその手は何かに弾き飛ばされた。


「早く立て! あんたが死んだらなんにもなんないでしょうが!」


 エリーニャの防御魔術が黒い腕を防いでいる。だが、それも長くは持ちそうにない。二人を覆う目に見えない障壁を黒い手が掴み、その障壁にヒビが入り始めていた。


「こんなとこで、こんなとこで死んでたまるかっての!」


 握りつぶされる。エリーニャが展開した防御魔術ごと握りつぶされる。


 その間際、エリーニャは呪文を唱えた。


 町が殺されていく。町が死んでいく。


 平和が死んでいく。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神の手を持つ彫刻師 甘栗ののね @nononem

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ