第6話

 ロイが転生した世界には魔法が存在している。ただ、それを扱う人間はごくわずかで、一般市民の間に普及しているわけではない。


「先日は失礼な態度をとってしまい申し訳ありませでした。私はエリーニャと申します」


 エリーニャと一緒にロイは自宅へと戻って来た。そこでエリーニャは改めてロイの両親と対面し、先日のことを詫びた。


 部屋にはロイを含めて四人。ロイとエリーニャは並んで椅子に座り、テーブルを挟んで向かい側に両親が並んで座っている。


「私は彼が生まれたときにここへ来た賢者アドレの弟子です。今日はお話がありここに参りました」


 ちゃんと礼儀正しくできるんだな、とロイは嬉しくなりエリーニャの横でうんうんとうなずく。そんなロイを横目で見たエリーニャは、何してるんだ? と言うように眉根を寄せる。


「で、話ってのはなんだ?」

「彼とこの家を出て行かれた息子さんのことです」


 緊張した空気がさらに張り詰める。そんな中、ロイは横目でエリーニャのことをちらちらと見ていた。エリーニャと言うか彼女が身にまとっている衣服に施された装飾にである。


「これも、魔法に関係してるのかな? そう言えば、魔術って言ってたけど」

「ロイ、何をブツブツ言ってるの? ちゃんと話を聞きなさい」

「ご、ごめんなさい」


 リーシャに注意されたロイは体を縮めて下を向く。だがそれでも横目でエリーニャの服の装飾を見ることはやめなかった。


「単刀直入に言います。数年後、魔王が復活します」


 エリーニャの言葉を聞いたロイはエリーニャの顔を見上げる。


「それとロイ達に何か関係が?」

「はい。お二人は魔王を滅ぼす救世主なのです」


 なんとなくわかっていた。なんとなくではあるがそんなことが起こるんじゃないか、とロイは感じていた。


 前世であまりフィクションに触れてこなかったロイでも自分の境遇が非常に特別なことはわかる。生まれたときに謎の人物が現れ不思議なものを置いていく。その状況が普通ではないことはさすがにわかる。


「それがロイとアトスの運命ってことか?」

「はい。ですが、少々予定が狂ってしまいました」


 どういうことだろう、とロイは首をかしげる。


「私は師匠である賢者アドレに、二人に同行しその手助けをするようにと命じられました。ですが」

「アトスはすでに旅立っていた、と」

「そうです。しかもここにいる彼は力を受け取らず弟に両方譲ったと」


 エリーニャが隣に座るロイをジロリと睨む。


「ただ、このような事態も師匠は想定していまして、すでに彼には別の力を与えています。……おそらく」


 なにか歯切れの悪いエリーニャに三人は疑問を抱くが、それが晴れることなく話は進む。


「まあ、いい。で、それはどんな力なんだ?」

「『賢者の力』と師匠は言っていました」


 賢者の力。さて、それはどんな力なのか。とロイは考える。


「単純に言いますと特別な魔法の才能に目覚めたということです」

「魔法!」

「ロイ、いきなり大声を出すな」

「びっくりしましたよ。まったく」

「ご、ごめんなさい、父さん、母さん」


 ロイは肩を落としてうつむく。だが、ロイはしたを向きながらとても嬉しそうに笑顔を浮かべていた。


「魔法、ボクに魔法が、魔法の才能が」

 

 嬉しかった。ものすごく本当に嬉しかった。


 ただし、魔法が使えるようになったからではない。


 魔法が使える。と言うことは法術彫りができるということだ。


 さっそく彫りたい。彫刻したい。木でも金属でもなんでもいい。


 はやく、はやく、はやく彫ってみたい。


「予言では彼と彼の弟が魔王を倒し世界を平和に導く、とされています。私はお二人の手助けをするためにここにきたのですが」

「生憎、アトスがどこにいるかは知らねえんだ」

「そうですか。そうなると彼だけでも連れていくしか」

「え? 行きませんよ?」

「……あんた、話聞いてた?」


 聞いていた。聞いたうえで判断した。


「ボクはここを離れるつもりはありません」

「魔王が復活するのよ? 世界が危険に晒されるの。すでに滅びたはずの魔物の姿も確認されてる」


 魔王と魔物。普通の動物とは違う凶暴な『何か』をこの世界では魔物と呼び、その魔物を付き従える王を魔王と言うらしい。魔物は魔王と共に現れ、数百年前に魔王が倒されるとほぼ同時にこの世界から消え去ったと言う話だ。


 その魔物が姿を現している。と言うことは魔王が復活すると言う予言は本当なのだろう。


 本当なのだろうとは思うが、ロイはそんな物に付き合うつもりはなかった。


「絶対に行かないといけないんですか?」

「絶対よ。あなたが魔王を倒すの」

「ボクしか魔王を倒せないんですか?」

「そう、だと思うわ」

「理由は?」

「理由? それは、予言でそう言われてるから」

「何かボクに魔王を倒す特別な力があるとか?」

「それはさっき渡した力で」

「ボクじゃなければいけない理由を聞いてるんですが?」

「それは……」


 予言は本当なのだろう。自分が救世主と言うのも事実なのかもしれない。


 しかし、はっきり言って興味がない。それよりもやりたいことがある。


「ボクは行きません。ここで父さんたちと一緒に職人として生きていきます」


 やりたいことがある。せっかく魔法が使えるようになったのだ。法術彫りができるかもしれないのだ。それなのにここを離れるなんてとんでもない。絶対にお断りである。


「あー、エリーニャだったか。今日は帰ってくれ」

「ですが」

「俺としてはロイの意思を尊重したい。だが、あんたの言い分もわかる」

「……では、後日、また」


 エリーニャは渋々と言った感じで席を立つ。と、同時にエリーニャの腹がぐーぅと鳴った。


「……失礼」


 恥ずかしそうにエリーニャはお腹を押さえる。


「母さん、メシにするか。おもてなしもせずお客を帰すわけにもいかん」

「そうですね。エリーニャさん。あなたも食べていきなさい」

「い、いえ。それは」

「いいから、遠慮しないで」


 リーシャは席を立つと半ば無理矢理にエリーニャを席に付かせ、台所に向かって食事の準備を始めた。


「ま、難しい話はナシにしようや」

「そうです。それで、さっきも質問しましたけどエリーニャさんは法術彫りができるんですよね?」


 深刻な話はお終い、ということでロイはエリーニャを質問攻めにする。そんなロイの姿をエルドは呆れ笑いを浮かべながら眺めていた。


「そうだ。魔法についても教えてください。ボク、今まで魔法についてあまり学んでこなかったので」

「わ、わかった。わかったから、ひとつずつね」


 困惑するエリーニャ。とても楽しそうなロイ。その空間には魔王の復活や世界の危機を告げられた時とは反対の和やかで穏やかな空気が流れていた。

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