第5話
再会は意外と早く訪れた。
「ちょっと付き合いなさい」
ロイが父の使いで城壁内の大工組合のところへ行った帰り、数日前にエルドの工房に現れたあの魔法使いが声をかけて来た。
「……やっぱり、そっくりだ」
「は?」
「い、いえ。えっと、何か御用でしょうか?」
顔は確かに娘の千佳とそっくりだが相変わらず不機嫌そうな顔をしている。しかし、それでもロイは嬉しかった。もう二度と会えないかもしれないと思っていた娘と再会できたような気がして、本当に嬉しかった。
「何笑ってんの?」
「あ、えっと。ちょっと、いい事があって」
「ふーん。まあ、どうでもいいわ。ちょっとこっち来なさい」
ロイは魔法使いに手を引かれて人気のない路地へと連れ込まれる。
「いろいろと確認したいことがあるの。もう一人はどこに行ったの?」
路地に連れ込まれたロイに魔法使いはいきなりそんな質問を投げかけた。
「もう一人、とは」
「あなた双子でしょ? もう一人よ」
「えーと、話してもいいですが。まずはあなたが何者なのか教えてもらえますか? 人に物をたずねるならまずは名乗るのが礼儀なのでは?」
「……生意気ね」
その魔法使いは不機嫌そうに舌打ちをする。どうやら彼女は千佳に顔は似ているが性格は似ていないようだ。
「エリーニャ。はい、名乗ったんだから質問に答えて」
「エリーニャさん、ですか。わかりました。嫌です」
「……はあ!? ちゃんと名乗ったじゃない!」
娘によく似たエリーニャと言う魔法使い。娘によく似た彼女と話せたことはとても嬉しいことだが、しかし全く礼儀がなっていないし、何よりも怪しすぎる。
「名前はわかりました。ですがどこの誰かはわかりませんし、信用できません。なのでお断りします」
「そう、いい度胸ね」
「暴力ですか?」
「違うわ。魔術で自白させることなんて簡単なのよ」
エリーニャは得意げにニヤリと笑う。どうも前世の娘である千佳よりも年上だが精神年齢は低いようだ。
ただ、ちょっと、なんとなく反抗期を迎えた娘を相手にしているようで、ロイは態度の悪いエリーニャの相手をするのが少しだけ嬉しかった。
「魔術を使わないと人から話も聞き出せないということですか?」
「……あんた、ずいぶんと煽るじゃない」
「そうですか? ならちゃんとボクが話したくなるように態度を改めてください。そうしたらボクも素直に話します」
「……わかったわよ」
エリーニャは大きなため息をつくと真剣な表情を作って改めて名乗る。
「私は賢者アドレの弟子エリーニャ。あなたたちに力を与えた者の弟子よ」
「力って、あの鉄の板ですか?」
「そうよ。これでいい?」
「はい。こちらも無礼な態度をとって申し訳ありませんでした」
ロイは改めて名乗ったエリーニャに深く頭を下げてから顔を上げてにこりと笑う。
「それで、先ほどの質問なのですが」
「そうよ。あなたの兄弟はどこにいるの?」
「えっと、1年前に出て行きました」
「出て行った? どこに?」
「さあ? 手紙だけ置いて、行先までは……」
「……面倒ね」
エリーニャは困ったように顔をしかめて腕組みをする。
「まあ、いいわ。それで、あなたはどっちを選んだの?」
「どっらとは?」
「赤と青、どっちを選んだかってこと」
「ああ、そういうことですか。選びませんでしたよ、どちらも」
「……はあ!?」
エリーニャは驚いたように声を上げた。ようにというか驚いていた。
「選ばなかったって」
「二枚とも弟のアトスに譲りました。なのでボクは何の力も持っていません」
「あんた、馬鹿なの?」
「まあ、そうなのかもしれませんね」
馬鹿。まあ、馬鹿なのだろう。目の前に特別な力を得られるチャンスがあるのにそれを手にしなかったのだ。馬鹿と言われても仕方がない。
だが、本当に欲しいと思わなかったのだ。今の自分には必要ないと思ったから両方ともアトスに渡した。
「……師匠は、この状況も予想してたのね」
そんなことをぼそりとつぶやいたエリーニャは何かを取り出してロイに見せる。
「黄色い鉄の板、ですか」
「そうよ。これには」
「特別な力が秘められてるんでしょう? いりません」
「そう言うわけにはいかないの。師匠には無理矢理にでも渡せって言われてるんだから」
どうやらエリーニャの師匠アドレはこの状況も読んでいたようだ。だが、ロイにとってはそんなことなどどうでもいい。
どうでもいい、と思ったのだが。
「……もしかしてこれ、法術彫りですか?」
自分の目の前に差し出された鉄の板にロイは釘付けになった。
「そうよ。よく知ってるわね。これは師匠が彫った物で。って、今はそんなこと」
「あ、あの。あなたも法術彫りができるんですか?」
「ん、まあ、できるけど」
「やり方! やり方教えてください!」
「ちょ、ちょっと、いきなり何興奮してんの?」
ロイはエリーニャの手のひらの上にある黄色い鉄の板を凝視する。子供の手のひらに収まる程度の長方形の金属板には緻密な彫り物が施されており、ロイはその美しさにうっとりと見惚れていた。
「これ、これ貰っても。ああ、力はいらないので、この板だけ」
「無理に決まってるでしょ。あんたが手にしたら消えるようにできてるんだから」
「そんな! じゃ、じゃあ、ボクはどうすれば」
「ああ、めんどくさいわね。いいから大人しく貰っときなさい!」
エリーニャはロイの額に黄色い鉄板を押し付ける。しかし、何も起こらない。
「おかしいわ。なんで何も」
エリーニャが不思議に思っているとロイの額に当てている手の中て何かが割れるような感触があった。
エリーニャはロイの額から手を離す。するのその手からボロボロと砕けた真っ黒い鉄の板がこぼれ落ちた。
「何これ、いったいど」
「あ、あああああ!!」
「うるさいわね!」
「どうして! どうしてこんなこと!」
「騒ぐんじゃないわよ。まったく」
「うわああああああ!」
ロイは慌ててしゃがみ込み地面に落ちた真っ黒な鉄屑を掻き集める。
「ひどい! ひどいですよ!」
「騒がないでよ。人が来るでしょ」
エリーニャは周囲を確認する。何事かと気になった人間が数人路地のほうを覗いているのが見えた。
「ったく、行くわよ」
「むごほっ」
エリーニャはロイの口を塞いで無理矢理黙らせ、ロイを連れて路地を去る。
「まったく、こんな奴が本当に救世主なの?」
ロイを引きずるように人気のない路地を進むエリーニャはそんなことを呟き、それから深いため息をついたのだった。
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