第3話
赤と青の二つの細長い金属の板。10歳の誕生日を迎えたロイとアトスの前に両親はそれを差し出した。
「あなたたちが生まれたとき、賢者様が現れてこれを置いていったの」
この二枚の金属の板には強い力が宿っている。それは二人に特別な才能を与えるものである、と賢者は言っていた。
「このどちらかを選びなさい。これがあなたたちの運命を決める」
運命。さて、それはどんなものだろうか、とロイは考えた。
生まれてすぐのことだからかなり記憶は曖昧になっているが、ロイは賢者が言っていたことを思い出す。
ロイとアトスは予言の子である。この二枚の金属の板にはそれぞれ違う力が与えられている。
赤は王者の力、青は聖者の力。とかなんとか言っていたなぁ、とロイは思い出す。
ロイは考える。はてさて、どちらがいいのか、と。
そもそもあの賢者は本物だったのだろうか、とロイは考える。運命だ力だと言っていたが、そんなものが本当に存在するのか、と。
ただ、この世界には魔法や魔術が存在しているらしいというのをロイは知っている。簡単な魔術なら見たことがある。ただし、使える人間はかなり限られているようで、ロイが見たことがある物もコップ一杯の水を出したり、ライター程度の火を出したりする程度の物だった。
となるとあの賢者はおそらく本物だろう。いやしかし、魔法が存在するからと言ってあの賢者が本物とは限らない。
というかそもそもそんな力が必要なのか。正直、特別な力は必要ない気がする。とロイは考えた。
ロイはある意味特別だ。前世の記憶を持ち、子供の見た目だが精神年齢はかなり大人だ。手先が器用で彫刻の才能が有り、今では父親と家具に彫り込む彫刻のデザインの相談などもするようになっていった。つまり父親に認められていると言うことだ。
十分すぎる。十分自分は満たされている。とロイは感じていた。
では、アトスはどうなのか。
いろいろなことを考えた。いろいろと考えてロイは自分なりの結論を出した。
「両方ともアトスに渡してよ。ボクはいらないから」
ロイは自分の将来がなんとなく見えていた。このまま彫刻師として父や兄と一緒にやっていくのもいいかもしれない、とそう思っていた。
だが、アトスはどうだろうか。彼はいまだに自分の才能ややりたいことが見つからずにいる。
「てめえ、俺に同情して」
「違う。ボクじゃなくてアトスのほうがふさわしいと思っだけだよ」
正直、手に余る。あの賢者が本物でこの鉄板に本当に特別な力が籠められているとしたら、きっとこれからのいろいろと大変なことになるだろう。
前世のロイはあまりマンガを読んだことはないし、ゲームなどもそれほど熱心にプレイすることはなかった。それでもなんとなくこれからの展開がわかるような気がしていた。
王者の力と聖者の力。もしその力を得たとしたら、もしかしたらこれから魔王を倒したり世界の危機を救ったりすることになるかもしれない。
ロイの精神年齢がもう少し若かったら、それこそ中学生や高校生ぐらいだったら、特別な力を与えてやると言われたら喜んで飛びついただろう。
しかしロイの精神年齢は成人男性。しかも中学生の娘がいるぐらいの大人だ。正直言って特別な力と言われてもワクワクよりも不安が勝ってしまう。
「二つともアトスが持っていたほうがいい。ボクよりも体が大きいし、力も強い。きっとアトスがこの力を手にしたら立派な英雄になれると思う」
これは本心だ。適当なことを言っているわけではない。
確かにロイとアトスの関係は険悪だ。けれど、それはアトスがロイのことを嫌っているだけで、ロイはそうではなかった。
アトスは本当は良い人間だ。ロイと比べられて少し歪んでしまっただけで、本来は心優しく正義感の強いそんな男だ。
だから相応しいと思った。二つともアトスが持っているほうがいいと本気で思ったのだ。
「アトス。キミが英雄になるんだ」
ロイはアトスの目を真っ直ぐ見つめる。アトスはロイを睨みつける。
「……本当にいいんだな?」
「ああ」
「後で返せって言っても」
「言わないよ」
「……わかった」
アトスは両親から二枚の鉄の板を受け取った。するとそれを手にしたアトスの体が光り始め、光が治まったと思うと鉄の板は跡形もなく消えてしまっていた。
こうしてアトスは王者の力と聖者の力の両方の力を得たのである。
それからの生活は本当に変わった。特にアトスの生活は一変した。
「ま、まいった。降参だ、降参」
「へっ、衛兵ったって大したことねえんだな」
アトスは剣が扱えるようになった。それ以外の武器も達人並み扱えるようになった。今まで一度も剣術など習ったことなどないのにである。
アトスは魔法を使えるようにもなっていた。もちろん魔法など習ったことなどない。アトスは火、水、風、土の四属性に加えて治癒魔法なども扱えるようになっていた。
まさに神の力だ。奇跡の力である。
そんな強大な力を得たアトスは変わってしまった。力を周りに自慢し、その力で周囲を威圧するようになっていった。
増長していくアトスを周囲は煙たがるようになっていった。両親も扱いに困り、リドもどう接していいのか戸惑っているようだった。
けれどロイだけは違った。
アトスが力を手にしてから一年が経過し、二人が11歳の誕生日を迎えてから数日後、ロイは手に入れた力でやりたい放題しているアトスにこう言った。
「その力はそんな下らないことをするためにあるのか?」
下らない。本当に下らないことにアトスは力を使っていた。そんなアトスにロイは真正面から向き合った。
「キミはそんな小さい男じゃない」
ロイはアトスに真正面からぶつかった。アトスはそんなロイを力で脅して黙らせようとした。
「テメエ、怪我したくなかったら」
「英雄がこんなところでグズグズしていていいのか?」
ロイは動じなかった。そんなロイを前にしてアトスは黙ってしまった。何も言わず、何も言えなかった。
「ボクはアトスが英雄になると信じてる」
それがロイがアトスに送った最後の言葉だった。
ロイがアトスと言葉を交わした翌日、ロイは置手紙をして姿を消した。その手紙にはこう書かれていた。
『一生クソみたいな町でくすぶってろ。じゃあな』
そんな手紙だけ残してアトスは町から姿を消した。
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