第2話
とある町の大工の家に双子が生まれた。兄の名をロイ、弟の名をアトスと言う。
その子供が生まれてすぐに賢者が現れた。そしてその賢者は夫婦にある物を渡してこう言った。
「10歳の誕生日にこれを渡しなさい。これが二人の運命となるだろう」
賢者は二枚の色の違う板を渡してそう告げると去っていった。
という場面をロイは聞いて覚えていた。まだ生まれたばかりのはずのロイはそのことを覚えていたのだ。
「……さて、あれは一体何だったのか」
3歳になったロイは生まれた時のことをずっと考えていた。そして、生まれる前のこともずっと考え続けていた。
生まれる間。別の世界の記憶。その世界でロイは血の繋がらない娘を庇って妻に刺されて死んだ。
そして、生まれ変わった。ロイと言う大工の息子の双子の兄の方にだ。
ロイの父親は町でも有名な腕のいい大工だ。名前をエルドと言う。母親は料理上手で体つきの良いいかにも丈夫そうな女性で、名前をミーシャと言う。ロイの上には8歳ほど年の離れた兄がいる。名前をリドと言う。
兄のリドはすでに父親と一緒に大工として働いていた。まだ11歳と幼いながらもかなりセンスがいいようで、将来は腕のいい大工になると期待されている。
そんなロイ達家族は城壁外の一軒家に住んでいる。生活は裕福とも貧しいとも言えないが、双子の片方を養子に出さなくてもよいほどには生活は安定していた。
そう、そう言う話も出ていた。ロイが1歳の頃、両親やその親戚がそんな話をしていたことをロイは覚えている。
ひどい話だ、とロイの前世の常識ならばそう思うかもしれない。だが、こちらの世界ではそれは普通のことらしい。経済的に裕福ではない場合や産後の母親の健康状態が良くない場合など、双子を育てられない状況であれば片方、もしくは両方を養子に出すのはよくあることのようだ。
「まあ、養子の話は今もあるようだが……」
養子の話は1歳の頃の話だ。しかし、その時その話はお流れになった。どちらかを選ぶことができなかったという面もある。
できるならば優秀な方を手元に置いておきたい、ということだろう。ロイは両親が、もう少し大きくなってから考える、と言う話をしていたことも覚えている。
大工の息子。父親も大工なら祖父も大工、そして曾祖父も大工という、ロイの家は代々大工の家系だ。すでに家を継ぐのは長男のリドに決まってはいるが、ロイ達も将来は大工に、と父親は考えているのだろう。
さて、自分にその才能があるのだろうか。とロイは考える。
前世では体力には自信があった。肉体労働は苦にならなかった。
だがしかし、今はまだ3歳だ。自分に大工としての才能があるのかないのかを見極めるにはまだ早すぎる。
と、思われるのだが。
「ロイは本当に頭がいい。もうすでに読み書きと計算を覚えてしまいました」
ロイの父親であるエルドは大工であると同時に家具職人でもある。大工組合から仕事を受けることもあれば、個人でオーダーメイドの家具の注文を受けることもある。
そんなエルドの口癖は「学がない奴は食い物にされる」だ。どうやらエルドは若い頃に相当痛い目を見たらしく、そのことをまだ3歳のロイ達に耳にタコができるほどに言い聞かせていた。そして、子供たちには自分の二の舞にはさせないとロイ達に読み書きや計算を学ばせていた。
エルドは知り合いの商人に頼んで商人見習いの子供たちと一緒にロイとアトスに読み書きや計算を学ばせていた。
そのおかげでロイは3歳でありながらほぼ完璧に読み書きと計算ができるようになっていた。それもそのはずでロイは転生者なのだ。体は3歳児であっても中身は立派な大人で、前世の知識や経験をもとにすれば異世界の読み書きや計算を習得するのは比較的簡単だった。
それに対してアトスは3歳児らしい3歳児だった。
そうアトスは見た目も中身も子供だった。しかもアトスはロイと双子の兄弟だった。
だから仕方がないことだったのだ。比べられてしまうのは。
「えらいわね、ロイ。あなたは本当に賢いわ」
リーシャはロイをほめた。
「アトスもがんばりなさいね。双子なんだからきっとできるから」
リーシャはそう言ってアトスを励ました。
ロイは勉強熱心だった。転生した世界のことを学ぼうと必死で、そんなロイに両親は感心し、6歳の頃には彼に家計の管理や大工の仕事を少しずつ手伝わせるようになった。
そこでもロイは才能を発揮した。
「この細工が考えたのか? すごいじゃないか」
ロイは手先が器用だった。おそらくこの才能は前世からの物だ。ロイは前世で趣味としてプラモデルなど作っていたし、工場では細かな金属部品などを扱っていたことが影響しているのだろう。
最初はエルドの作業場にこっそり忍び込んで彼の作る家具の彫刻などを眺めていた。そして、次第に自分もやってみたくなり、作業場に転がっていた木の端材に花や思いついた文様をスケッチし、それを釘などで彫るようになった。刃物を使うのは危ないと思ったので、ノミや彫刻刀を使わずに鋭い釘の先で木の切れ端に彫り物をするようになった。
それをエルドに見つかった。
最初、ロイはエルドに怒られるかと思った。勝手に作業場に忍び込んだのだ。けれど、エルドは最初こそ注意したが、ロイが彫った彫刻を見てすぐにロイの才能を見抜いた。
ロイは手先が器用で目が良く、細かなことが得意だった。エルドはそんなロイの才能を素直に認め、エルドは7歳になったロイに専用の道具を与えて使い方を教えた。
「将来は立派な彫刻師になるかもな」
と父であるエルドが期待するほどだった。
それに対してアトスは年相応だった。勉強をするよりも遊ぶ方が好きで、よくいたずらをして母であるリーシャを困らせていた。
「どうして悪さばかりするの。少しはロイを見習いなさい」
リーシャはそう言ってアトスを諫めた。おそらくそれも悪かったのだろう。
「なんで、ロイばっかり……」
少しずつ少しずつ積み上げられていった。ロイや家族、周りの人間たちに対するアトスの不満が少しずつ積み重なり、月日が経つごとに層を成していった。
次第にアトスはロイにきつく当たるようになっていった。ロイに意地悪をし、ロイのやることを邪魔するようになっていった。
「アトス! いい加減にしなさい! どうしてあなたはいつもそうなの!」
「いいよ、母さん。ボクは気にしてないから」
ロイはアトスに何をされても笑って受け流した。子供がすることだからとそれほど気にしなかった。
そんなロイの態度がアトスの神経をさらに逆なでしたのだろう。
アトスはだんだんと心を閉ざすようになっていった。そんなアトスにロイは気が付いていた。
気づいていながらロイは何も言わなかった。自分が何を言っても逆効果だろうと考えたのだ。
だからと言って放ってはおかなかった。ロイはアトスの良いところを見つけ、両親やリドにそのことを教えた。アトスが何か良いことをすれば積極的に両親に伝えてアトスをほめてあげるようにお願いした。
ロイは考えた。きっとアトスは不安なのだと。両親や周りの者たちが自分を見てくれていないのではと感じて心細いのだと、そう考えた。
だからロイは積極的にアトスの良いところに目を向けて、それを両親や周りの者たちに告げて、アトスが褒められるように認められるようにと働きかけた。
だが、逆効果になってしまった。
「調子に乗んじゃねえぞ!」
確かにアトスには良いところがたくさんあった。兄であるロイよりも身体能力は優れていたし、力も強かった。友達も多かったし、何よりも明るく元気が良く、本当は素直でいい子だった。
そして、本来ならそう言うところを両親が見つけて褒めてあげなければならなかったのだ。だが、アトスの良いところを両親が見つける前にロイが先回りしてしまったのだ。
「ふざけんなよ! なんでお前なんかに! お前なんかに!」
8歳の時だった。ロイがリーシャと話しているところをアトスが聞いてしまった。アトスが小さい子を慰めて一緒に遊んでいたことや、いじめられていた子を助けたことや、その日にアトスがやった良いことを母親であるリーシャに話しているところをだ。
その場面に遭遇したアトスは悔しそうに唇を噛んでいた。
同情されている、と思ったのかもしれない。馬鹿にされていると感じたのかもしれない。
ロイとアトスは双子だった。けれど、8歳になる頃にはその違いがはっきりと現れていた。
アトスはロイよりも体の成長が早かった。最近では年上の子供とケンカして勝つようにもなっていた。
それに対してロイはアトスよりも体が小さく力も弱かった。ケンカをしても弟に勝ったことがなく、単純な力では太刀打ちできなくなっていた。
「やめなさいアトス!」
「うるせえ! ロイ! ロイ! ロイばっかり! なんでロイばっかり褒められるんだよ!」
アトスは暴れた。その際、近くの棚を倒してしまった。
「ロイ?!」
ロイはその棚の下敷きになり怪我をした。
幸い、その怪我はひどいものではなかったが、これをきっかけにロイとアトスの間に深い溝が生まれてしまった。
そして、月日が流れロイとアトスは10歳になった。
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