第11話

実に素晴らしい結果と言えよう。

回帰前、俺はたくさんの荷物を持って移動をしていた。

今でもリュックにミネラルウォーターを何本も詰め込み、緊急の場合に備えている。

実際、これは移動に大きな制約をもたらす。

重たい上に、持ち歩ける量にも限界があるため、物をたくさん詰め込むわけにもいかない。


しかしインベントリーがあれば、荷物のことを気にせずに済むのである。

特典として相応しい機能であり、回帰前にも高レベルの覚醒者だけに与えられていた。


今回のように最短期間で一定のランクに上り詰めた場合に与えられることもあれば、モンスターの退治数が一定の値を超えた場合に与えられることもある。

その条件は様々であるが、回帰前の俺には縁のない特典だった。

回帰前の俺はそんな特典をもらえるような優秀な覚醒者ではなかったのだ。


インベントリーのことを思い浮かべると、すぐにシステムウインドウが表示された。


[システムインベントリーをアクティブにしますか?]


心の中で頷くと、たちまち何も入っていない空っぽのインベントリーが現れた。


[システム“インベントリー”]

[レベル制限:1品目につき、100個まで保存可能]


同じ物であれば、100個まで保存できる。

レベル制限というのは、レベルが上がれば制限が解除されるという意味だろうか?

とりあえず、使ってみることにした。

俺は手に持った手斧を見ながら“インベントリー”を思い浮かべる。

するとインベントリーウインドウに手斧の項目が追加され、手から手斧が消えた。


[インベントリー]

[手斧 レベル5]


回帰前に高レベルの覚醒者たちから聞いた通りだ。

ただ物を見ながらインベントリーを思い浮かべるだけで、物を保管できるのである。

武器以外の物も保管できるため、実に革新的な機能と言える。

携帯を諦めていた寝袋や、より多くのミネラルウォーターを保管できるようになったのだ。

最高過ぎる。

コンビニにある食料はほとんどがダメになっていたので、それほどたくさんの物は持っていけないだろうが、それでもリュックに比べれば、保管できる量が月とスッポンである。


D級になったことよりも、インベントリーを手に入れられたことに満足しながら、俺はコンビニに戻ってきた。

再び作業に取り掛かった俺は、コンビニのドアが開かないように商品棚を使って固定し始める。

誰かが入ってきたら大きな音が鳴るようにドアに仕掛けを施すと、夢綺渚が近づいてきた。


「パパ、お片付け終わったよ!」

「ああ、ありがとう」


夢綺渚が散らかっていたゴミを片付けてくれたので、あとは寝袋をセッティングするだけだ。

俺はポケットからスマホを取り出す。

しかし今では全く使い物にならず、そのまま床に放り投げた。

幸い電気はまだ通っている。

どうやら数日ほど管理しなくても供給には支障がないようである。

とはいえ、そのうち途切れてしまうだろう。


これから到来するのは暗黒とモンスター時代である。


俺は隅に置いておいたリュックからコッヘルを取り出す。

モンスター時代だろうが何だろうが、食べていなければ生きていけない。

コンビニに置いてあるものの中で、一番お腹が満たされるものと言えばインスタントラーメンだろう。


***


翌朝。

昨夜はろくに眠れなかった。

そもそも眠れるわけがなく、断続的に仮眠を取っていた。

何人かで交代で見張り番をしながら眠りたかったものだ。


夜の間、探索を発動しても特に変わった様子はなく、青い点も黄色い点も確認されなかった。

しかし、小さな物音に何度も目が覚めてしまった。


俺がいる郊外の方はまだ静かだが、昨夜の間に人類は滅亡という大きな局面を迎えたことになる。

こんな状況の中でも、夢綺渚はスヤスヤと寝息を立てながら眠っている。

寝袋から右手を出したまま俺の寝袋を掴んでおり、その姿がなんとも可愛らしい。


俺は起き上がり、床に転がっていたミネラルウォーターを取って飲んだ。

それから再びコンビニの中を探り始める。

この先、まともな状態のコンビニやスーパーはなかなか見つからないはずだ。

そういった場所には人が集まりやすく、モンスターも集まってくるのである。

しかしここは郊外で、しかも山の近くに位置した場所だ。

モンスター時代が始まって丸1日しか経っていないとはいえ、このコンビニにはまだたくさんの物品が残っているのだ。


ひとまず、リュックに入っているコッヘルセットとミネラルウォーターをインベントリーにアイテムとして保管することにした。

リュックにはミネラルウォーターをせいぜい10本しか詰め込めないが、インベントリーを使えば、重量を感じることもなく、大量に持ち歩けるのである。


[コッヘルセット]

[ミネラルウォーター 15本]

[ガムテープ 2個]

[インスタントラーメン 10袋]


さらにお菓子を始め、まだ使えそうな必需品はすべてインベントリーにアイテムとして保存しておいた。


しかし何もかもいちいちインベントリーに保存するわけにもいかないし、リュックに全部詰め込んでからリュックごとアイテム化した方がよさそうだ。

品目ごとに100個まで保管できるので、スペースにはまだまだ余裕がある。

インベントリーがなかった時には諦めていたシャンプーや石鹸類、歯ブラシセットなどもアイテム化しておいた。

回帰前、清潔や衛生に無頓着になりがちだったことを考えれば、かなり豪華な生活を営めるはずだ。


それから俺はタバコに目を向けた。

タバコ棚は破壊され、半分以上がぐちゃぐちゃになっているが、それでも損傷していないものが銘柄ごとに10箱ずつはある。

俺はタバコを吸わない。

だが、お金がただの紙切れになってしまった今、物々交換は非常に重要な取引手段であり、回帰前の世界でもタバコはかなり重宝されていた。

俺はタバコ100箱をアイテム化し、インベントリーに保存した。


「パパ……?」


そうこうしていると、夢綺渚がモゾモゾと上体を起こした。

彼女は擦っていた目を薄く開けて俺の存在を確認し、目から手を離す。


「おはよう。よく眠れたかい?」

「うん……」


ぼーっとした顔で頷く夢綺渚の頭を撫でた俺は、彼女にミネラルウォーターを渡した。

起きてすぐに飲む水は健康に良い。

俺は夢綺渚が水を飲んだのを確認し、彼女を抱いて起き上がらせる。


「ほら、起きて。朝ですよ」

「ううん……?」


寝ぼけているのか、まだぼーっとした顔で瞬きを繰り返している。

そこで俺はある手段に出ることにした。


「しゃがんでみて」


夢綺渚をしゃがみ込ませた俺は、空のペットボトルに入れておいた水道水で彼女の顔を洗い、手を彼女の鼻に近づける。


「さあ、鼻もかんで」

「ふんっ!」


鼻をかみ終えると、夢綺渚の顔色がようやく明るくなった。

身なりを整えてあげると、夢綺渚はようやく目が覚めたのか、俺に話しかけてきた。


「パパは?」

「え?」

「パパも顔洗わないと!私が手伝ってあげる!」


顔を洗うと急に元気になった夢綺渚は、そう言って手で促す。

俺は夢綺渚に言われるがまましゃがみ込んだ。

そうやって娘に洗顔を手伝ってもらった後、俺はコンビニの周辺を少し偵察してみた。

まだここから得られるものがあるので、急いで移動する必要はない。

俺は特典の24時間のクールタイムが終わるまで、とりあえず待つことにした。


カチッ──カチッ──

それから周辺の偵察をしたり、夢綺渚にこの世界について説明をしたりしながら時間を過ごしているうちに、ついにクールタイムの終了時間を迎えた。

ただ特典を得るだけのために待っていたわけではない。

万が一の場合に備え、再び特典が使えるようにしておく必要があったのだ。


次の目標のために、俺は日差しに当たりながら昼寝をしている夢綺渚を呼ぶ。


「夢綺渚、そろそろ起きようか。次の場所に出発しないと」

「うん……?」


俺の声に、夢綺渚は目を擦りながら起き上がる。

そんな夢綺渚の手を握り、俺はホテルの方に向かって再び移動を始めた。

次の目標は、ホテルの別館に停まっている15トンの大型ダンプトラックである。


「わあ、あの車、すっごく大きい!」


そう、まさにあの車のことだ。


昨日、5トントラックを見た時から思っていた。

もっと大きなトラックなら、さらに効果も期待できるのではないか、と。

そして、以前このホテルに泊まった時にスタッフから聞いた言葉を思い出した。

ただ今別館工事中のため、ご了承ください、と。

俺は夢綺渚が指差した車を見つめる。


15トンダンプトラック。

思わず笑ってしまう。

このトラックなら、当然5トントラックよりもさらに強力な威力を発揮できる。

もはや武器ではなく、殺傷兵器と呼ぶべきかもしれない。


「デカいだろ?今からあれに乗るよ」

「えっ、本当に?」


生まれて初めて目にする巨大なダンプトラックに、夢綺渚は目を輝かせる。

大人の俺でも初めて見るような大きさで、彼女が興奮するのも無理はない。

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