第7話

一気にE級まで昇格することができたが、ここはひとまず引き返すことにした。

コンビニに戻ると、夢綺渚が手を振りながら飛び出してくる。

ダダダッ——

そして、そのまま俺に胸に飛び込んだ。


「パパ!」

「しっ!何があるか分からないから、こういう時は声を小さくしてね。大声を出すのは緊急の時だけに」


俺の言葉に、夢綺渚はただ頷くばかりだ。

ちゃんと分かってくれたのだろうか?


「パパ、かっこよかったよ!走りながら怪物たちをバンバンって!」

「そうかい?」

「うん!パパがこの世で一番強いもん!昔、パパが悪いおじさんをお仕置きした時からそう思ってたんだ!学校の男の子たちが信じてくれないから、喧嘩しちゃったけどね」


夢綺渚が目を輝かせながら俺を褒めてくる。


悪いおじさんって誰だろう?

多分ひったくり犯を捕まえた時のことを言っているのだろう。

無駄に正義感が強く、そんな行動を取ったこともあった。

過去5年間、情けない人生を送っていたせいで、忘れていた若かりし頃の記憶である。


だからといって、この世で一番強いというのは誇張が過ぎる。

とはいえ、これからそうなるのだから、あえて訂正する必要はないのかもしれない。


夢綺渚を守るために最強の覚醒者になる。

それこそが今回の人生で、俺が最大の目標としていることだ。


「でも、パパがモンスターに持ち上げられちゃった時は、じっとしていられなかった。もうちょっとで外に飛び出すところだったよ」

「なんだって?それはダメだよ!夢綺渚の判断だけで勝手に出ちゃいけないからね。分かったかい?」


驚きのあまり座り込みそうになった俺は、腰を落としたまま夢綺渚に言い聞かせる。

夢綺渚は唇を尖らせながらも頷いた。


「うん」

「パパは夢綺渚を置いて死んだりしないって。だから、くれぐれも危険な真似はしないでね!約束だよ?」

「ふーん、分かった」


髪の毛をいじりながらそう答えた夢綺渚は、そのまま背を向けてコンビニに入っていった。

俺も彼女の後に続く。


もちろん、今日の戦いはこれで終わりではない。

もっとレベルアップをしておく必要があるのだ。

そして、新たに獲得した探索というスキルがそれを可能にしてくれるはずだ。


回帰前、E級覚醒者になったのは覚醒者になって半年が過ぎた頃だった。

しかし、今回の人生ではたった1日でE級覚醒者になっている。

回帰前とは明らかに違う。


E級になると与えられる探索は、非常に有用なスキルだ。

約300メートル半径内にモンスターがいる場合、それを知らせてくれるスキルで、とある漫画に出てくるドラゴンレーダーのようにモンスターの位置を確認することもできる。

残念な点と言えば、モンスターのレベルや強さまでは知ることができないというところだ。


[広塚詠至]

[E級覚醒者]

[レベル:1]

[HP:650]


[スキル]

[5秒ルールの連撃3/3]

[情報][連携]

[探索]


[使用武器]

[キャンプ用の手斧 レベル3]

[攻撃速度+3+1]

[攻撃力+30+5]


[能力値を配分してください。80]

[攻撃力:40-?]

[防御力:80-?]


探索を獲得したことで、モンスターを倒すための戦略を立てられるようになった。

近くのモンスターを確認し、戦略を立てられるのは大きなメリットである。

夢綺渚の安全を守る上で、大いに役立つはずだ。


俺は飲みかけのミネラルウォーターを飲み干し、しばし座ったまま考えにふける。

すると夢綺渚が小さな指を伸ばし、俺の体のあちこちに触れ始めた。

上着をめくってお腹を見てみたり、足を突っついてみたり、髪の毛を触ってみたりしながらあれこれと観察する。


「夢綺渚、何してるんだい?」


訳が分からず理由を尋ねると、夢綺渚が俺の髪の毛から手を離して口を開く。


「じっとしてて!パパは患者なの。患者かもしれない人!怪我をしてないか確認してるの!」

「なるほど、そうだったんだ」


激しく頷いた夢綺渚は俺に抱きつくと、今度は胸をつつき始めた。

ちゃんと理由がある行動だったわけだ。


激しい戦闘の後だけに、娘は俺の体を心配しているのだろう。

ああ、なんて愛おしい子だ。

ギュッと抱きしめたいところだが、せっかく診てもらっているのだから我慢しないと。


「ありがとう、夢綺渚。パパは大丈夫だよ。お医者さんみたいだね。将来本当にお医者さんになったりして……」

「うーん、お医者さんじゃなくても、怪我を治せる人になりたいなあ。だって怪我してるとこを突っつかれたらすっごく痛いもん」

「そういう経験があるのかい?」

「うん、膝を擦(す)り剥いた時!」

「パパは大人だし、我慢しちゃうかもしれないだろ?」

「えっ、パパ、我慢したの!?どこ!?」


夢綺渚は目をまん丸にして小さな拳で俺の胸を叩き始める。


「いやいや、冗談だよ。大人でも怪我したところをツンツンされると、我慢できないくらい痛いんだ」

「そうよね」



すると自分の診察に自信が持てたのか、夢綺渚はえっへんと頷く。

忍耐強い性格であれば、我慢できる人もいるだろうが、そんなことを言っても彼女の不安を煽るだけだ。

それに、覚醒者の場合、死ぬことはあっても怪我することはないのである。


「パパ、すごい!あんな怪物と戦っても怪我一つしないなんて」

「ハハッ、まあね」


嘆声を上げる夢綺渚をよそに、俺は再び立ち上がる。


「パパはもう外の様子を見てくるから、夢綺渚は中で待ってなさい」

「また?」

「ああ、もし誰か出てきたら、大きい声でパパを呼ぶんだ。それからトイレに入って鍵をかけなさい」


こんな世界では他人は信用に値しない。

この付近に人間が残っているとは思えないが、念のため俺は必要な説明をしてから外に出た。

夢綺渚はコンビニの商品棚によじ登り、ガラス越しにこちらを見つめていた。

俺はそんな彼女に手を振ってから、周辺の様子を確認するために山の方に向かって歩き出す。


[探索を使用します]

[探索地点を指定しますか?]


探索には2つの機能がある。

まず、俺がいる場所を起点に半径300メートル以内にいるモンスターを確認することができる。

そして近くにある特定場所を指定し、そこから半径300メートル以内の状況を逐次確認することもできる。


これからホテルの敷地内に入っていくため、コンビニの状況を随時確認できず、モンスターの奇襲だけでなく、夢綺渚の安全にも備えておく必要がある。



先ほどはコンビニが見える場所で戦っていたので、同時に夢綺渚の状況を確認することができたが、これからは違う。

かといって、レベルアップを諦めるわけにはいかない。

レベルアップを諦めてしまっては、回帰前と同じく夢綺渚の死を招くことになりかねないのだ。


そのため、ここで探索の2つ目の機能が必要になってくる。

俺はすぐさまコンビニを特定場所に設定した。


探索を使うと人間は青い点、そしてモンスターは黄色い点で表示される。

この機能のおかげで、俺は戦闘の間にも夢綺渚の状況を確認できるようになった。


次の問題は戦闘方法だ。


地形上、山から繋がる一本道はかなり幅が広く、両脇にセメントの擁壁が建っている。

山を削って道を作り、山崩れを防ぐために両脇に擁壁を建てたように見える。

そこからまっすぐ進んだ場所に空き地があり、さらに進むと再び道の両脇に擁壁が現れる。

そしてそこを通れば、主に住民たちが利用するこの小さなコンビニにたどり着くのである。

またここからさらに下った場所にはホテルがあり、高い塀に囲まれている。


俺は再びホテルの裏門の方へと移動していた。

しばしホテルの裏門を眺めていた俺は妙案を思いつき、探索を発動する。


[探索を使用します]


すると、目の前に表示される地図にモンスターの位置が示される。

ホテルの方に黄色い点がうじゃうじゃと動いている。

このホテルの構造はある程度理解している。

大きな地下駐車場を備えており、裏門から入れば地下駐車場に繋がる通路に出るはずだ。

そして、地下駐車場から正面入口の方に抜けることもできる。

一方で、地上はすべて徒歩で通行できるようになっており、庭と噴水もある。


ひとまず、俺は地下駐車場にいるモンスターから片付けることにした。


昨晩、ゲートが開かれた直後、周辺の人間たちはモンスターの餌食となってしまった。

俺が山から下りてきたのはそれから1日が過ぎ、白い光が現れた後である。

その時点で、ここに人間はもう誰も残っていなかったのだ。


探索の場所をコンビニに設定し直し、夢綺渚の状態を目の前に表示させた俺は一旦引き返した。

先ほど思いついた妙案を実行するためである。


コンビニを通り過ぎ、再び山の方に走っていく俺に、夢綺渚が手を振ってきた。


「パパ!」


口に人差し指を当ててジェスチャーをした俺は、そのまま走り続けた。

もう少し進んだところに俺の愛車を止めてある。


車に逃げるのはモンスターを引き寄せることになりかねず、難しいだろうが、車を武器として使うのであれば話は別だ。

今の状況からして、使うタイミングとしてはピッタリだろう。


俺は車のドアを開け、運転席に乗り込む。


[4輪駆動SUVを装備しました]

[キャンプ用の手斧が装備解除されました]


助手席に手斧を置くと、自動でメッセージが現れた。


[4輪駆動SUV レベル2]

[時速70キロ以上で攻撃力+100]

[時速30キロ以下で攻撃力0、攻撃速度0]


スピードを出した状態では立派な武器になるが、それ以外ではただのガラクタに過ぎない。

時速30キロ以下のスピードではモンスターにダメージを与えることができないようだ。


急いで車を飛ばした俺は、とりあえずコンビニの前に車を停めた。


「パパ、車で行くの?」


俺を見つけてコンビニから出てきた夢綺渚に、俺は首を横に振ってみせる。


「いや、車を使ってモンスターを倒そうと思ってね。すぐに戻ってくるから、中で待ってなさい」

「そうなの?うん、分かった。気をつけてね、パパ!」

「ありがとう。夢綺渚も気を付けるんだよ!」


夢綺渚がコンビニの中に入ったのを確認した俺は、再びエンジンをかける。

俺はバックをしてから、一気にアクセルを踏んだ。

ブォオン——!

時速40キロ、時速50キロ、時速60キロ——

車の速度が徐々に上がっていく。

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