第6話
***
長い説明を終えた後、俺と夢綺渚はしばし仮眠を取った。
目を覚ますと、夢綺渚が俺の膝を枕にして眠っていた。
スヤスヤと眠っている彼女を見ていると、胸が締めつけられた。
『パパ、私も覚醒者になりたい。パパを助けてあげたいの』
回帰前、困難の中で成長していた夢綺渚は、自分が覚醒者でないことを残念がっていた。
そんな夢綺渚だったが、今は覚醒者になっている。
回帰前の夢綺渚の姿を思い浮かべた俺は、二度と彼女を死なせないと決意を固める。
そのために、彼女にもとことんレベルアップを目指してもらうつもりだ。
こんな天使みたいな子を死なせてしまうとは。
回帰前の記憶が恐怖として蘇(よみがえ)ってきた。
あんな恐怖はもう二度と味わいたくない。
「パパ?」
俺が物音を立てると、夢綺渚が目をこすりながら起き上がった。
まだやるべきことがたくさんある。
「夢綺渚、もう少し休んでなさい」
俺が立ち上がると、夢綺渚も一緒に立ち上がる。
そんな夢綺渚に向かって、俺は首を振ってみせた。
まだ明るいうちに、たくさん準備しておかなければならない。
油断していては最悪の結果を招きかねない。
目標はただただ強くなること。
そして、夢綺渚と一緒にS級になること。
その新たな目標のためには、これ以上休んではいられない。
「パパはあそこにあるスーパーの入口を見てくるよ。多分モンスターと戦うことになると思うけど、さっきみたいに倒してやるから心配しないでね。それと、反対側の道から誰か来ないかよく見ておいて。もし山の方から誰かが近づいてきたら、すぐに大きな声でパパを呼ぶんだ。それが人でもモンスターでもね。分かったかい?」
「分かった!怪物をやっつけちゃってね、パパ!」
「ああ、もちろんさ」
連携を使えば夢綺渚のレベルを上げることもできるが、今は2人ともレベルが低い。
どう転ぶか分からない状況だし、危険を冒すわけにはいかない。
とりあえず、今は安全第一だ。
少なくとも今のところは。
拳をギュッと握りしめる夢綺渚を後にして、俺はキャンプ用の手斧を持った。
ホテルと居住区はレベルアップとは別に、この先に進むために一度見ておかなければならない。
何度かモンスターを倒すところを見たからか、夢綺渚の眼差しは俺への信頼に満ちている。
俺はそんな彼女の眼差しをしばし見つめ、商品棚でコンビニの入口を塞いでから外に出た。
俺はステータスウインドウを表示させる。
まずHPを確認しておく必要がある。
現在、俺のHPは500。
それにしても、レベルアップしているからか、手斧が前よりずっと軽く感じる。
攻撃速度が上がった分、重さを感じにくくなったのだろう。
前に進んでいくと、やがてホテルの入口が現れた。
一本道になっているので、コンビニがよく見える。
夢綺渚にもこちらがよく見えるはずだ。
反対方向にある山に誰もいないことを確認できているとはいえ、コンビニが視界に入らないと安心できないので、距離的にちょうどいい。
俺はホテルの入口に視線を戻す。
他の覚醒者たちがまだ知らない情報。
一度認識した人間だけを追いかけ続けるというモンスターの習性。
そして、視野が狭いというF級モンスターの特徴。
それらを利用して居住区の方にいるモンスターを誘(おび)き寄せ、片付けるつもりだ。
ホテルの入口に近づくや否や、モンスターが視界に入る。
ホテルも居住区も人が集まる場所だ。
モンスターがいない方がおかしいだろう。
先ほど襲いかかってきたモンスターたちも、居住区に向かおうとしていたのだろう。
ゲートが開かれたのは、人通りの少ない夜だった。
突然現れた怪物たちから逃れ、人々は闇に包まれた山より人が多い街へと向かった。
走る者も、車で移動する者もいた。
しかし皆、モンスターに喰われてしまった。
モンスターは人を丸ごと飲み込み、胃の中で圧縮してエネルギー源にする。
つまりモンスターに喰われると、跡形もなく消えてしまうのである。
蛇が自分よりも大きな獲物を飲み込んで、ゆっくりと消化させるのと似ている。
一般人の場合、頭から吸い込まれるように飲み込まれ、そのままモンスターの体内で圧縮される。
一方で、システムとHPを持つ覚醒者の場合、殺された後に喰われる。
この時、血痕や肉片が現場に残るはずだが、ここにはそんなものが見当たらない。
覚醒者が誕生したのはつい数時間前のことで、この居住区がモンスターに襲撃されたのは昨晩のことである。
この居住区が襲撃された時点では、覚醒者はまだこの世界に存在していなかったのだ。
つまり、一般人しかいなかったということだ。
人々は丸呑みされてしまい、辺りはモンスターで埋め尽くされている。
[F級モンスター]
[F級モンスター]
[F級モンスター]
[F級モンスター]
……
[F級モンスター]
今俺がいるのは裏の入口の方で、山からまだ近い場所である。
正面入口の方よりモンスターは少ないはずだ。
高ランクのモンスターたちは知能的な動きを見せることがある。
モンスターを追い払い、拠点を作るために戦った時のことを思い出す。
その殲滅戦でモンスターたちはまるで兵隊のように動いていた。
それは後々考えるとして、今はホテルと居住区にいるモンスターたちの動きを注視すべきだ。
入口の奥にいるモンスターに近づいた俺は、すぐに身を翻して走り始める。
案の定、俺の存在を認識したモンスターたちが奇声を上げながら追いかけてきた。
もちろん、これはやつらを誘き寄せるための行動で、これ以上逃げる必要はない。
やがて足を止めた俺は向きを変え、こちらに向かってくるモンスターに突進する。
現在、俺のレベルは3。
F級モンスターを恐れる必要は全くない。
互いに向かって突進していたため、すぐにモンスターと対峙(たいじ)した。
俺は先頭にいるモンスターの腰に向かって手斧を振り下ろす。
そしてすぐにやつの腰に刺さった斧を引き抜き、再度振り下ろした。
攻撃速度が上がっていることが強烈に実感できる。
腰に刺さった斧を引き抜き、再び攻撃を繰り出すまでの動作が非常にスムーズだった。
斧を引き抜くのにほとんど力が要らず、流れるような連撃ができるようになっている。
おかげで、たった2発でモンスターを倒すことができた。
以前の戦いで頭を割るために何度も手斧を振り下ろしたことを考えれば、レベルアップの効果は実に素晴らしいものだった。
威力を増した攻撃力を基に、俺は勢いに乗って次のモンスターの胸に連撃を叩き込む。
モンスターが倒れると、また次のモンスターが俺の首目がけて襲いかかってきた。
[HPが5低下しました]
すべての攻撃を躱せるはずがなく、些細なダメージは気にしないことにした。
しかし防御力が高くなったことに加え、相手はF級モンスターであるため、ダメージは5しかない。
この程度であれば、HPの心配をする必要はなさそうだ。
自信がついた俺は、立て続けに攻撃してくるモンスターの胸に再び連撃を浴びせる。
手斧が刺さった時の打撃感、そしてやつの体から噴き出る粘り気のある液体。
これは現実なのだと改めて感じた。
その時、別の場所から合流してきたモンスターたちの気配を感じる。
今度は2匹同時に襲いかかってきた。
[HPが5低下しました]
[HPが5低下しました]
HPは十分あるし、2匹をまとめて相手にする必要はない。
1匹だけに標的を絞った俺は、右側のモンスターの頭に手斧を何度も叩き込んだ。
ドスッ——!ドスッ——!ドンッ——!
やつの頭が割れ、粘り気のある液体が飛び散る。
まるでスイカを割るような軽快な打撃感である。
攻撃を受けたモンスターは、気味の悪い液体を流しながら倒れていった。
[HPが5低下しました]
その瞬間、もう1匹のモンスターと駆けつけてきたモンスターたちが俺を囲んで攻撃を仕掛けてくる。
[HPが5低下しました]
[HPが5低下しました]
モンスターの頭を真っ二つに割り、別のモンスターに視線を移したその瞬間、視界が回転し、世界が逆さまに映る。
痛みはないものの、血が頭に集まっていくのが分かる。
生々しく不思議な感覚だ。
頭を攻撃されてもケロッとしている俺を見て焦りを感じたのか、モンスターは俺の脚を掴んで持ち上げたのだった。
モンスターはそのまま俺を口に運ぼうとする。
当然、そうさせるわけにはいかない。
腹筋を使って上半身を起こした俺は、やつの腕に手斧を振り下ろした。
ドスッ——!
腹筋がプルプルする。
若い頃に腹筋を鍛えておいた甲斐がある。
何はともあれ、その結果、重力によって俺の体とモンスターの腕が地面に落ちた。
ドサッ——!
大きな音とともに地面に落ちた俺はすぐに立ち上がり、木を切り倒すかのように、腕を失ったモンスターの腹部に斧を叩き込み始める。
自衛隊にいた頃によくやっていたので、身についている動きだ。
俺を持ち上げていたモンスターは、その攻撃によって絶命した。
もちろん、これで終わりではない。
俺は周囲にいるモンスターたちも同様に力づくで倒していった。
周りを取り囲んでいたモンスターたちを片付けたものの、まだ全部倒したわけではない。
その時、奥にいた4匹のモンスターが一斉に俺に襲いかかってきた。
俺はやつらの背中に一撃ずつ斧を叩き込む。
それから一番奥にいるモンスターを連撃で仕留めた俺は、フェンスを蹴って跳び上がり、別のモンスターたちの背中にまたも一撃ずつ斧を叩き込んだ。
もちろん、最初から戦いに慣れていたわけではない。
モンスター時代になって5年間、無理やり戦わされるうちに戦い方が身についたのだろう。
その時の経験が回帰した今、大いに役立っているのは間違いない。
[HPが5低下しました]
[HPが5低下しました]
何はともあれ、俺の勝ちだ。
これ以上襲ってくるモンスターはいない。
先ほど俺の存在に気づいたモンスターは、全部で10匹だった。
ここと違って、正面入口の方にはモンスターがうじゃうじゃしているに違いない。
俺はしばし立ち止まり、呼吸を整える。
すると、メッセージが現れた。
[モンスターを退治しました]
[経験値を獲得しました]
[レベル4になりました]
[レベル5になりました]
[レベル6になりました]
[おめでとうございます。E級覚醒者になりました]
[E級覚醒者の特典:スキル“探索”を習得しました]
[スキル:探索を獲得しました]
[キャンプ用の手斧のレベルが1上がりました]
レベルアップのメッセージを確認した俺は、能力値の配分を始める。
攻撃力に20、防御力に60を割り当てた。
防御力が上がれば、HPへの負担が減るということを身をもって知ったのだ。
現在のレベルは6。
レベル6から20までがE級である。
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