第5話

1箱4個入りのエナジーバーが2箱。

夢綺渚のお菓子を諦めて、これを持っていくべきだろうか。

俺はしばし悩むも、すぐに結論を出す。


お菓子も結局は食料で、何よりもこれからは緊張が続く日々を過ごすことになる。

そのため、ストレスのはけ口が必要になってくる。

好きなお菓子を食べてストレスを和らげることができるのなら、当然取っておくべきだろう。

子供の夢綺渚は大人の俺よりもさらにストレスを感じるだろう。

回帰前はこんなことを悩むどころか、他人が食べているのをただ見守るだけだった。

自分も食べたかったはずなのに、夢綺渚はそんな素振りを見せなかった。

そのことを思い出すと、お菓子を諦めようなんてことは考えられないのである。


結局、俺はリュックにチョコバーとエナジーバーを詰め込んだ。

あとは缶詰くらいだろうか。

賞味期限が長く、持ち運びの際にかさばることもない。

調理の必要もないため、非常食として最も適している。

インスタントラーメンは缶詰と比べると賞味期限が短く、調理の必要がある。

もちろんそのまま食べることもできるが、それならば缶詰の方がマシだろう。


いすれ覚醒者として順調にレベルアップしていけば、食料はいくらでも手に入れられる。

今はあくまで万が一に備えて食料を揃えているだけだ。


それから救急薬も必要だろう。

どうせモンスターにやられたらその場で喰われてしまうのだから、救急薬は意味をなさないかもしれない。

しかし夢綺渚が移動中にかすり傷を負ったり、転んで怪我をしたりすることだってあり得る。

準備しておいて損はない。


絆創膏と包帯、消毒薬、胃腸薬、傷薬、テーピングテープなど、必須品を詰め込むとリュックがパンパンになった。

この重さが限界で、これ以上は背負って走れない。

食料を確保したところで、俺は食事を取ることにした。

調理できるうちに食べておこうと思い、俺はコッヘルとバーナーを取り出してコンビニの床に置いた。


しかし、米がないのが大問題である。

ましてやチンご飯もない。

米、麺類、レトルト食品などは1つも残っていなかった。

ソーセージ、カニカマ、ハンバーガー、おにぎりのような、調理済みのものも当然残っていない。

食べられるものと言っても、床に転がっているスライスチーズ1袋と、リュックに入り切らなかったツナ缶とコーンビーフだけである。


コーンビーフとチーズをどう組み合わせれば——


その時、途方に暮れている俺の目に最高のアイテムが映る。

食パンだった。

食パン、チーズ、コーンビーフ。

今この状況で作れる最高の料理に違いない。

フフッ。


閃(ひらめ)きを得た俺は目を輝かせてバーナーをつけ、フライパンを温め始める。

それからコーンビーフの缶を開けて中身を取り出し、薄切りにしてフライパンで焼いた。

ジイイイ——ジュウジュウ——

やがて香ばしい匂いが漂ってくる。

これは食パンと相性抜群に違いない。

俺は食パンの袋を開け、コーンビーフの油がついたフライパンに食パンを乗せた。

ジイイイ——

再び幻想的な音が鳴り響き、香ばしい匂いが辺りを包む。

俺は食パンをこんがりと焼き上げ、その上にチーズを乗せた。

そして、その上にコーンビーフを乗せる。

同じ手順を何度か繰り返すと、それっぽい見た目になってきた。

卵とジャムもあればよかったのだが、仕方がない。


その時、俺の視界に赤い容器が入ってきた。

あれは!


ガタンッ——


急いで起き上がったせいで商品棚にぶつかると、商品が次々と落ちてきた。

まっすぐ当たったものの、痛みは感じない。

物にダメージを受けても、ダメージとしてカウントされないのである。


覚醒者の体はHPが0になって死なない限り、痛みを感じることもなければ怪我を負うこともない。

その代わり、レベルが低いままだとモンスターに一撃で殺されてしまうことがある。

HPを管理しなければならず、一般人より面倒な体をしているのだ。

覚醒者のシステムは一長一短を持っていると言えよう。


何はともあれ、イチゴジャムを手に入れることができた。

俺は焼き上がった分をフライパンから取り出し、食パンをもう1枚乗せて熱が通ってきたところでイチゴジャムを塗る。

そして、それを先ほど取り出しておいた食パンのチーズとコーンビーフが乗っている面に重ねた。


「パパ、パパ!これは何の匂いなの?」


お腹に手を乗せたまま気絶するように眠っていた夢綺渚が、匂いに釣られて目をこすりながら近づいてきた。


「ご飯の匂いだよ」


俺は先ほど見つけたキッチンペーパーの袋を開け、キッチンペーパーを適当に切り取る。

そして、その上にトーストを乗せた。

それからもう一度同じ手順を繰り返して、同じトーストを作った後、火を消した。

コンビニを家みたいに使うのもなかなか悪くない。

キッチンペーパーを丸めてフライパンを拭いた俺は、目をキラキラと輝かせている夢綺渚にキッチンペーパーを差し出す。


「これで掴んで食べなさい。お腹空いてたよね?」


こんがりと焼かれたコーンビーフと少し溶けたチーズの匂い。

そして、何よりも温かい食べ物。

幸せそのものだ。

飢えていた胃袋が歓声を上げる。


「足りなかったら、もっと作ってあげるからね。いっぱい食べて」

「うん!」


元気よく返事をした夢綺渚がトーストにかぶりつくのを見て、俺もトーストを口に運ぶ。


ガブッ——


コーンビーフの塩気。

イチゴジャムの甘み。

チーズの香ばしさ。

そして食パンの満足感。


美味しそうにサンドイッチを食べていた夢綺渚は、なぜか急にしょんぼりとした顔になる。

すると、俺の方を見つめてきた。


「パパ、どうして急にこんな世界になっちゃったの?おうちには帰れるの?」

「ああ……信じられないだろうけど、さっきみたいなモンスターが世界中に現れたんだ」

「……でも」

「うん?」


夢綺渚が笑い始める。

ついさっきまでしょんぼりしていたのに、どうしたんだろう?

感情が読めない。


「でも、パパが一緒にいてよかった。私はパパがいないとダメだから!もし学校にいる時にこんなことになってたら……どうなったんだろう?」

「そんなことを考えてたのかい?」

「うん!」


夢綺渚が勢いよく頷きながら油がついた指をキッチンペーパーで拭く。

そして、俺の上に座って体を寄りかけてきた。

俺は夢綺渚の頭をそっと撫でる。

ずっとこうしていられたらどんなにいいか。

だが、現実はそう甘くない。


この地獄のような世界でただ休んでいるわけにはいかず、回帰前とは違って覚醒者になってしまった娘に多くのことを教えなければならない。

覚醒者になったからには、何も知らないまま俺と一緒に行動するわけにはいかないのである。

そして生き残りを図るためには、レベルを上げていかなければならない。


俺は深刻な表情で口を開く。


「夢綺渚、これから大切な話をするからよく聞いて欲しい」


夢綺渚に説明すべきことはたくさんある。

中にはシステムの使い方も含まれている。

慣れておけば、生存に有利になるだろう。

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